衝撃の事実
「……やはりそうか」
報告を受けた麟は、いつになく険しい表情を浮かべていた。同時に、このタイミングでの式神の配備は間違いではなかったと確信する。
仕事を終えて、居住区へ戻ってきた麟は、その足でひなの部屋に来て今に至る。
麟の前に座っていたひなは、彼の後ろに立っている二人にちらっと目を向ける。見た事が無い二人。彼らがさっき獅那が言っていた残りの式神の二人なのだろう。
痩身の表情が読めない寡黙な男性に、快活そうな筋肉質の浅黒い肌の男性。この二人からも、攻撃的な雰囲気はまるで感じない。
「ひな、腕を見せてごらん」
「うん」
ひなは包帯を解き、麟に見せる。
痣の付いた腕を見つめる麟は、何かに勘づいたように微かに目を見開く。そのほんの僅かな変化にひなが勘づくも、すぐに元の麟の表情に戻った。
「……麟さん?」
「……」
麟はふっと短く息を吐き目を閉じた。そして薄く目を開いてひなの腕から手を離し、真っすぐに彼女を見る。
「ひな」
「はい」
「君に言わなければならない事がある」
改まって話す麟の口調はいつになく固く、彼の表情もいつもと違って固い。
そんな彼の雰囲気で、いつもは穏やかな空気が流れているはずのこの部屋の空間までもが、張り詰めたような緊張感に包まれている。
ひなはその空気に、自然と自らも背筋を正した。
「君の夢を介して接触をしてきた黒い男と言うのは、阿修羅と呼ばれる男で間違いないだろう」
「阿修羅……」
初めて聞くその名前に、不快感が胸に蘇る。
今思い出しても、あの男の不気味さは異常だった。
嫌悪感をあらわにしているひなに、更に衝撃の強い事実が突きつけられる。
「そして、その男こそが……君の実父だ」
「!」
ハッキリとそう告げられたその言葉に、ひなは目を見開き、瞬間的に呼吸が止まった。
あの黒い男が、自分の本当の父親……?
ゾワリとした寒気が全身を駆け抜け、全ての音が遠のいて聞こえる。
落ち着いていた心拍数が上がり始め、呼吸が乱れる。信じたくない思いが腹の底から湧き上がり、頭が真っ白になってしまった。
「う、嘘……」
薄々は、分かっていた。だが、その相手は阿修羅ではなく、もっと違う形の父を描いていた。
良い人ではない事は覚悟していたが……。
「……っはぁ」
ショックのあまり、息の仕方さえ忘れてしまう。
胸に手を当てて顔を俯かせ、座っていた体勢が僅かに崩れる。
それを支えたのは、獅那だった。
「ひなさん。ゆっくり息を吐いて……」
背中を擦られる暖かい感触に、呼吸を思い出す。
深く吸い、ゆっくり吐き出して整えている内に、ひなは冷静さを取り戻しはじめた。
頭の中が鮮明になるに従い、理解した事が一つある。
母の言う「罪」の意味。それは……。
阿修羅との間に子を設けてしまった事。そして、阿修羅の危険因子を持ったひなを消せなかった事。
ポロッと涙が一つ零れ落ちる。
「……だから夢で、お母さんは私を殺そうとしていたんだ」
口の中が渇き、喉が酷く乾く。ひなは冷汗を流しながら、膝の上の手を固く握りしめた。
雪那の罪を理解すると、自分の中にある強い力が阿修羅から引き継いだ物だと言う事も理解できる。
「夢で……阿修羅は、私を迎えに来ると言っていたの……」
ひなは震える自分の身体を抱きしめる。
いつもなら、麟はそんな彼女に寄り添い、落ち着くまで抱き寄せる事をしていた。だが、今回は一人の幽世の番人としての威厳の元、口を開く。
「ひな。あの男は必ず君に接触をして来る。今はまだ、君の夢を介してでしか接触を図れないようだが、いずれ君の前に現れるはずだ。全ては……」
そこまで話すと、麟は一瞬言葉を飲み込んで目を閉じる。そして視線を僅かにそらしたまま、薄く目を開いた。
「全ては、君に移った自分の力を取り戻すため。そして、私を消すため」
麟のその言葉に、微かにヤタが反応を示す。だが、それは誰にも気づいていない。
ひなは悲壮な面持ちで目を見開き、食い入るように目の前にいる麟を見つめる。
自分だけではなく麟の命をも狙っているとは、彼女の予想の範疇を大きく超えて来た。
「何で……麟さんまで……」
「あの男の望みは、全ての破壊だ」
「そんな……」
「君があの男の元に渡れば、事態は最悪な方へ転がる事になる」
きゅっと目を細める麟の眼差しは、射貫くような鋭さが秘められている。
「そのために、今回眠らせていた式神を起こし、配備させた。彼らと八咫烏は過去に阿修羅と一度対峙している。あの男の癖や戦い方はある程度体で覚えているだろう」
ひなが麟の隣に座っているヤタに視線を向けると、彼を筆頭にその背後に四人の式神達が折り目正しく座している姿が見て取れた。
先ほどあどけない笑顔を見せていた糾卯も、空間を鋭く見据える勇ましさを見せている。
「八咫烏」
「はい」
麟に名を呼ばれたヤタは、いつものような砕けた言葉ではなく凛々しい返事を返し、片手を畳みに着いて小さく頭を下げ、そして真っすぐにひなを見つめた。
「獅那、糾卯、狒猿、把蛇は俺の指揮の元、これより警戒態勢に入ります」
「小さなことでも随時報告を頼む」
「承知いたしました」
ヤタは再び頭を下げた。そして再びひなへ視線をやると、僅かに表情を緩める。
「ひな。心配するな。俺たちが守ってやる」
「……」
ぎゅっと胸が掴まれるような気持ちだった。
守ってやると言われて、素直に喜べない。ひなの胸中は酷く複雑で大きく揺れていた。
「……ひな」
俯きかけたひなを、麟は緊張感も固さも解いたいつもの柔らかい口調で声をかけて来る。その優しい声音に縋るように、ひなは視線を上げた。
「どんな時でも、君らしさを見失わないで欲しい。君が君でいる限り、私もまた道に迷う事はなくなる」
「麟さん」
「君は私の生きる道しるべだ。一人じゃない。私も君と共にある」
「……」
その言葉が、この時のひなには酷く心を落ち着かせる安定剤になった。
今まで一人で孤独と戦って来たが、今回は一緒にいてくれる。それが強い心を持たせてくれた。
「はい」
ひなもまた、しっかりとした返事を返した。




