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不安の音

11月20日現在

ここまで改稿済み

 麟と共に以前立ち寄った店を巡る。

 ひなからすればとても懐かしいような気持ちだが、麟やあやかし達にはつい最近の事。

 身長が伸びてすっかり大人びたひなは、子供時分に出会ったあやかしたちには言わなければ気付かれないほどだった。


「こんにちは。前はお世話になりました」

 

 そう言って声をかけても、皆一様に頭に「?」が浮んでいる。


「この子は前に私が連れて来た子だよ」

「お……おお! あん時のちっちゃかったお嬢ちゃんか! 全然分からなかったよ! ほんの少しの間にこんなでかくなって! 《《実体のある子》》は違うなぁ」


 麟の言葉の付け足しにようやく気付いて、やはり同じように皆反応を示す。だが串焼きをくれた主人のこの言葉にひながピクッと反応してしまう。その言葉はひなにとってはどこか引っ掛かりを覚える言葉だったのだが、すぐに取り繕うように笑みを浮かべて笑って誤魔化した。


「……あ、あはは。うん、そうかもしんない。ちょっと会わないだけで見違える子もいるって言うもんね」

「うんうん。そうかそうか、なるほどねぇ……。じゃあアレか。お嬢ちゃんはきっと麒麟様のいい人になるんだろうなぁ」


 「いい人になる」と言う言葉を聞いたひなは、思わずきょとんとして麟を見上げると、なぜか麟の方が恥ずかしそうに僅かに顔を赤らめて顔を逸らしていた。


「まったく、前回と言い今回と言い、麒麟様は面食いだなぁ。今度こそちゃんと幸せになって下さいよ!」


 特に悪気があるわけじゃないのだろう。麟の幸せを願って出た言葉なのだろうが、うっかり出た言葉に店の主人はすぐに自ら口を手で押さえた。しかし当然ながら時すでに遅し。ひなもどこか気まずそうに視線を下げてしまう。


「ま、まぁ、頑張れよ! 応援してるぜ!」


 店主は自ら招いた事だとはいえ相当に気まずくなったのだろう。大慌てで「食材取ってこないと」などと言いながら店の奥に引っ込んで行ってしまった。


「ひな、行こうか」


 ふとそう声を掛けられ、ひなはチラッと麟を見上げて小さく頷き返した。

 歩き難さは感じつつも、麟に手を引かれて歩いている間に少しコツを掴んだひなは、前を歩く麟の後姿を見上げた。


「……」


 こんなに近くて相手の温もりが分かるほどに触れ合っているのに、何だか急に、遠く感じるのは何故だろう?

 ひなはぼんやりとそんな事を思うのだった。


 先ほどの主人の話が自分にとって引っかかる言葉だったせいなのかもしれない。あの、「実体のある子」と言う言葉。相手に悪気があったわけではないのは分かっているが、なぜか「君はこの世界の者ではない」と言われたような気がしてしまったのだ。そして何より、麟には自分ではない他に想い人がいたと言う事実を初めて知った瞬間でもあった。


 その人は誰で、どんな人なのだろうかとひなの胸は不安に包まれる。

 この世界の人間ではない自分より、その「誰か」の方が麟にとってはいいのかもしれない?

 

 まさかそんな話を聞かされるとは思わなかった。だから今余計に遠く感じてしまうのかもしれないと……。


 その後、お祭りの屋台のような街並みを歩き、麟から飲み物を受け取ると近くの長椅子に腰を降ろした。手渡されたジュースを両手で持ち、その水面を見つめていると何やら懐かしさがこみ上げてくる。


「こうやって麟さんとお出かけするの、随分久しぶりな気がする」

「そうだね。ひなには前の時からだいぶ時間が経ってるように感じるだろう」

「うん。だって、現世に戻されてたから……。何だか凄く久しぶり。でも、麟さんからみたらそうでもないよね」

「そうだね。ただ、軽々と抱き上げられたはずの子が一瞬で大きく育った事には、少し戸惑いはあるよ」


 そう言って笑う麟に、ひなも照れたように笑い返した。

 分かっていても、幽世と現世の時間の圧倒的違いに翻弄されてしまう。それだけ2人は違う世界を生きている者同士であることをハッキリと分からせられる瞬間でもあった。


 あぁ、そう言う事か……。


 ひなはそこで妙に納得してしまった。

 ひなは手元の冷たいジュースを見ながらぽつりとつぶやく。


「私も、麟さんと同じになれたらいいのにな……」

「……?」

「だって、私と麟さんとの時間はだいぶかけ離れてるでしょう? それに、ここは魂だけが来る世界で、私は今、実体ごとここにいる。分からないけど、もしかしたら肉体の方は魂よりずーっと早く朽ち果てる可能性もあるのかな……」


 口にするほど現実味を帯びて聞こえて来る。

 肉体が先に朽ちたらどうなるのだろう。残された魂はそのまま幽世に留まることが出来るのだろうか。残れるならいいが、そうでなかったとしたらどうなるのか。何も分からないからこそ、怖くもあった。


「あの串焼き屋のご主人さんが言う、麟さんのちゃんとしたいい人になるんなら、もしかして私は一回死んで来なきゃいけないのかも、なんて……」


 困ったように笑うひなに、麟は表情を固くした。そして何も言わずにひなをきつく掻き抱く。それに驚いて、ひなは手を滑らせてジュースを落としてしまう。


「り、麟さん?」

「……」


 驚くひなに、麟はさらに腕に力を込めた。

 一度死んで来なければいけない、と言うひなの言葉が麟の心には痛い。


 人は亡くなれば必ず魂は一度ここに集まる。ただし、三途の川を渡る時ほとんどの魂は記憶も思い出も洗い流された状態でやってくる。しかし、香蓮のように多くの記憶を持ったままやってくる者も稀にいるが、もしひなが亡くなった状態でここへ来たとしてもそれはもはやひなではない。記憶も何も無いまっさらな魂になる可能性は極めて高く、そうなれば麟でも見分けがつかなくなってしまうのだ。


「そんな事は、間違っても言わないでくれ」

「……ごめんなさい。でも私、麟さんと同じになりたい。どうしたら同じになれる? 私は現世で生きた人間で、ここの人達とは違うんだもの」


 ひなは抱きしめる麟の着物の袂をぎゅっと握り、辛そうに眉根を寄せる。


「違わない。君はここの住人だ。これから先も、私と共に生きていく」

「……だけど」

「違わない……何も違わないんだ。君の居場所はここに……私の傍にある」


 抱きしめていた腕を解き、ひなの手を掴んで自分の胸元に引き寄せる。

 ひながそれを追うように視線をゆっくり上げると、驚いたように僅かに目を見開いた。いつも穏やかな笑みを称えている事が多い麟が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべてこちらを見ている。そんな顔を見るのは初めてだった。


「麟さん……」

「君は納得したから、あの時この世界の食べ物を口にしたのだろう?」


 麟のあまりに必死な表情に、ひなはそれ以上言えなくなってしまう。縋って来るような麟の姿は今までの彼からは想像ができなかった。今はまるで麟の方が小さな子供のようにさえ見えてしまう。だが、そう思う反面、以前桃を差し出された時の言葉も思い出した。この世界の物を口にすれば現世に戻ることは出来ないと言う事を。それはつまり、この世界の住人となる事を意味しているのだと、改めて認識し直した。


「うん……うん。初めて桃を貰った時、そう言ってたよね。そうだよね、ごめんなさい。迂闊だった」


 ひなが納得したように頷き返した事に、麟はようやく肩の力が抜けた。我ながらみっともないほどに取り乱してしまったことを、少しだけ恥ずかしく思う。

 麟は小さくため息を一つ吐き、落ち着いたいつもの表情でもう一度ひなを見る。


「ひな……私に聞きたいことがあるだろう?」


 麟の言葉に、ひなはドキッとする。

 これは特に聞きたい事でもあるが、上手く聞ける気がしない。麟にそう訊ねられなければ、聞く事をやめていたかもしれない。


「……うん」


 気まずそうに視線を下げたひなの横顔に前髪の一部がはらりとかかる。麟はその髪をそっと払い、ひなの耳にかけながら静かに口を開いた。


「今日は、どうしてその恰好をしようと思ったんだ?」

「え?」

「いつもの君とは違う、そうしようと思ったのには何かわけがあるんだろう?」

「……」


 ひなはそう訊ねられ、ぎこちなく頷き返す。そしてぎゅっと膝の上に置かれた手を握り締めた。


「お母さんに、逢いたくなったの……」

 

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