第80話 債務者の場合(後編)
自分は鬱展開もいけるぜという方以外は読み飛ばしOKです。
『次のニュースです。NAXAが開発中の最新ロケットの設計図を中国に漏洩したとして連日報道されているカタギリ精機の不祥事について、宇宙開発に詳しい坂田氏に解説としてお越しいただきました。
坂田さん、今回の件、具体的にはどのような技術が中国に盗まれてしまったのでしょうか』
『私も直接関係者から聞いたわけじゃないんですけどね、今回盗まれたのが報道されている通りロケットエンジンの制御に使う部品だとすればですね、これは文字通りロケットを動かすための根幹になる技術な訳です、はい。
宇宙船を宇宙まで持ち上げるにはそれはもう多くの燃料が必要になる訳でして、いかに効率良くジェットを噴射して推進力を得るかが、打ち上げる宇宙船の重量制限を左右するんですね。
宇宙開発がゆっくりな理由はこの重量制限が大きくてですね、限られた物資でどうやりくりするかがボトルネックで、エンジンの改良はそのボトルネックを解決すると期待されているんですね』
『なるほど。では今回の不祥事でどのような影響があると考えられるでしょうか』
『もし中国が先に特許を取得してしまったらですね、日本が開発した技術なのに日本が使う事が出来無くなるんですね。まさに売国奴ですよ。
そうなったら宇宙開発で日本は中国に大きく引き離される可能性がある訳です。なにせ宇宙に持っていける物資の量が違う訳ですから。
まあこれはあくまで重量制限に関わる技術だった場合の話ですけれども。逆に言えば全然違う技術の可能性もありますけどね』
『例えばどんな技術でしょうか』
『燃料は違うんですけどね。ミサイルなんかの軍事技術に転用可能な技術の可能性もある訳です。そうなったら悲惨ですよ。日本が日本の技術の使われたミサイルで撃たれるなんて事態になったらどうするんですか。
一昔前に海外のミサイルの残骸から日本のゲーム機のボードが出てきたなんて話題になった事例もある位ですし、十分あり得る可能性だと私は思いますよ』
『なるほど。ではカタギリ精機はどのような責任を取ると考えられますでしょうか』
『もう無理でしょう。今の時代、情報っていうのは流出した時点で回収不可能なんですよ。被害への補償という形しか無いんじゃないでしょうか』
『社員への教育や管理体制の見直し等も行うと片桐社長は会見で発言してましたが』
『そんなもん厳重に管理されててて当然でしょ。むしろ今までどんな管理してたんだって話ですよ。
社員の1人が勝手にやらかしたって話ですけど、バレないようにこっそり不正しようとしている社員が居たとして、それに事前に気づかないといけない訳ですよ。
というかこっそり不正されて証拠も消されてたら気づきようが無いんで、実は他にも被害があったんじゃないかと――』
今日もテレビはカタギリ精機の話で持ち切りだった。その事だけを確認してテレビを切る片桐。
ため息をつき、好き勝手言われる現状を仕方が無いものとして自分を納得させる。そしてこれからの予定へと意識を切り替えた。
片桐は焦りを感じ始めていた。本来の歴史よりましではあるものの、予定より状況が好転していない。
相次ぐ社員の退職。減り続ける受注量。枯渇寸前の経営資金。
事件発覚後、会社の月の収入は4割減となっていた。赤字である。このままでは会社の維持が危ぶまれる。
本来の歴史では会社は破産した。このままではわずかに延命しただけで同じ結末にたどり着いてしまう。
ゆえに次の策に着手する必要があった。事業の縮小である。加工機のいくつかを売却して金に換え、従業員をさらに減らして人件費を削減し、細々と経営を続けていくのだ。
だがそのためには乗り越えなければならない壁があった。損害賠償である。
受注時に結ぶ契約では多くの場合、損害が発生した場合の補償額の上限が設定されている。今回の場合は受注額の100%までだ。だがそれには例外規定が設けられていた。
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(賠償)
第9条 乙は本契約に違反して甲に損害を与えた場合、直接の損害についてのみ賠償する責任を持つ。賠償責任の額は、本契約の対価として受領した金額の総額の100%を上限とする。
2 前項にかかわらず、乙に重大な過失または背信行為等が認められ甲に被害が発生した場合、甲は乙に対して被害額の総額を上限として賠償金を請求する事が出来る。
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本来の歴史で請求された賠償額は合わせて12億。とても払える金額ではない。
今回の歴史では被害範囲が明確である分、金額の減少が期待出来る。片桐は取引先との賠償額の交渉を弁護士に依頼していた。
そろそろ結果が出ても良い頃である。彼は胃がキリキリするのを感じながら連絡を待っていた。
プルルルル――
電話が鳴った。弁護士からだ。
「もしもし! 片桐です」
「お世話になっております。極東法律事務所の内藤です。ご用命いただいておりました賠償額の調整について、交渉の結果、合計5億円となりました。支払期限は今年度中となります。片桐様がこれ以下の額もしくは支払期限の延長を求める場合、裁判にて――」
弁護士が言い終わるのを待たずして、電話を持つ腕がだらりと垂れ下がった。
用意するなど、到底不可能な額であった。
「融資を打ち切らせていただきます」
状況はどこまでも悪化していった。銀行員からの無慈悲な通告を受け入れられず、片桐は恥も外聞も捨てて縋りついた。
「待って下さい! 計画書をしっかり確認して下さい! 確かに赤字ですが、事業を縮小すればまだ――」
「いや、数か月はそれで持ちこたえたとして損害賠償はどうするおつもりで? 年度末までに用意出来無いでしょう。そもそも本当に年度末まで持つかすら……。滞りなく返済いただけるとは思えません」
カタギリ精機は懇意にしていた銀行から見捨てられたのだった。
現状を打開する最後の方法があった。
民事再生である。
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民事再生法
(目的)
第一条 この法律は、経済的に窮境にある債務者について、その債権者の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた再生計画を定めること等により、当該債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ることを目的とする。
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端的に言えば、経営が悪化した会社が裁判所の監督の元で事業の再建を目指す事が出来る仕組みである。
申請が通り再建計画が認められれば、借金の支払いを一時停止し、また減額や返済期間の延長などが法的に可能となる。
片桐が社長のまま会社の破産を回避し存続させる事が出来る、最後の最後の方法である。
「お願いします! 民事再生を認めて下さい!」
片桐は損害賠償を請求していた企業を説得して回っていた。
民事再生を行うには条件がいくつかあった。その1つが債権者の合意。それを得るためにこうして直接顔を合わせ説得しているのである。
「と言われましてもねえ、いやぁ、なんと言いましょうか」
口を濁すのは応対に出てきた役員。のらりくらりと明言を避けるばかりのその男に民事再生のメリットを再度説明する。
「このままでは年度末を待たずして破産する事になります。請求いただいた賠償額を全くお支払い出来ません。民事再生を認めていただければ、全額かは断言出来ませんが、より大きい額をお支払い出来るんです!」
これでも本来の歴史に比べればましな状況だった。本来の歴史では民事再生の話すら出来ず門前払いされたのである。
話を聞いてもらえている今こそが最後のチャンスであり希望だった。
だが、
「いや、ねぇ、うーん、そういう話じゃ無いんですよ」
役員の男は困り顔で頭をかいた。
「今回の件、私共だけでなく私共の取引先にも影響が出ておりまして。それにこの件は全国から注目されてますでしょう。そういった方々が納得するかという話なのですよ」
それは、こんな状況で一々考慮している場合では無いと片桐が切り捨てた考えだった。
「聞いておりますよ。お宅の会社、ホームページに書かれている電話番号ではつながらないそうですね。お気持ちは分かりますけれど、世間からの厳しい声も真正面から受け止めてこその信頼回復ではないでしょうか」
根本的な所が違っていた。それも致命的に。
「片桐さん。申し訳ございませんけど、あなたの言葉を信用する事は出来ません」
数か月後、カタギリ精機の操業は完全に停止していた。
受注ゼロ。資金もゼロ。残る従業員は社長1人。
すでにいくつかの支払いが滞っており、会社の連帯保証人である片桐宛に請求書が届いていた。
損害賠償の支払い期限を過ぎれば、その請求書も彼個人に送られてくるだろう。
誰がどう見ても詰んでいた。恐らく、実際にはもっと前から。
なぜこんな事に、そんな行き場のない思いが彼の中を廻る。
全ての元凶、犯人の岡沢への損害賠償は訴訟済みだ。だがたとえ勝訴したとしても、会社が受けた損害の全額を回収するのは不可能だろう。
そもそも裁判の決着がつくのは早くても1年先。その頃には会社は残ってはいない。
「これが、俺の人生の集大成なのか……」
電気すらつけずに社長室でうなだれる片桐。
こうならないよう奔走した結果がこれである。結局は本来の歴史と同じ結果となってしまった。ダンジョンの攻略は失敗である。
「そうだ……やり直せばいい」
彼はおもむろにそう呟いた。
死ねば教会で生き返る。そしてもう一度このダンジョンに挑めば良いのである。七大罪のダンジョンもそれ以外のダンジョンもそうやって攻略してきたのだ。
「次は電話での非難にも対応して……それ以外ももっと、うまく交渉して、それから……」
ふらふらと棚へと向かう片桐。棚を開ければそこには目的のものがあった。
鏡面に男の顔が映る。菓子類を切り分ける時のために置いておいた包丁である。彼は慣れた手つきで刃を首に添わせ――
ピンポーン。
誰かが会社のインターホンを押した。あと少しの所で手を止めカメラを確認する片桐。
映っていたのは和服の老人だった。見覚えがない人物である。恰好が恰好だけに、取材や不払い金の督促に来たようには見えなかった。
スピーカーのボタンを押す。
「どちら様でしょうか」
『突然押しかけてしまい申し訳ございません。片桐社長にお会いしたいのですが、本日おられますでしょうか?』
久しく彼に向けられる事が無かった、上品でおだやかな口調であった。
「片桐は私ですが……」
『まあ、あなたが。わたくし、高宮ヒサ江と申します。大切なお話がございまして、少しお時間をいただく事は出来ますでしょうか』
「……どこかでお会いしましたでしょうか? 話というのは一体……」
『うふふ、こう言えば分かっていただけるでしょうか』
和服の袖で口元を隠しながらたおやかにほほ笑む老婆。彼女は自身の正体を告げた。
『ホス坊、会いに来ちゃったのじゃ』




