第78話 トラックにひかれた場合
「ええ!? 大豪寺さん今日行かないっすか? なんで?」
深夜の公園の駐車場で、青年の1人がそう言った。改造バイクの爆音に負けないよう大声で隣の相方にそう尋ねる。
「知らね。今あっちで総長と大豪寺さんがなんか話してる」
「自分久しぶりに来れたから楽しみにしてたっすのに。大豪寺さん走りが派手だから付いてくの気持ち良かったんすよ」
彼らは暴走族。時代と共に数を減らした今なお活動を続ける、名古屋でも指折りのチームだった。
改造、速度超過、蛇行運転、騒音。様々な違反行為を行う荒くれ者集団である。
もっとも最近は社会と警察の目が厳しく、人が少ない地域でゲリラ的に楽しむ事が多くなっていたのだが。
今日は久しぶりに都会で駆ろうという話になったのである。だが早速出陣しようという所で、主要メンバーの1人である大豪寺が行かないと言い出したのだ。
「大豪寺、どういうつもりだ」
そう問い詰めるのは革ジャンで胸元をはだけさせた大男、総長。チームのトップの鋭い視線が大豪寺へを射抜く。
「すいません。でも他にやりたい事が出来たっス。だからチームを抜けさせて下さい」
頭を下げる大豪寺。彼女は剣呑な雰囲気の大男を前に、しかし臆することなくそう言った。
大豪寺千明。チームの特攻隊長にして、唯一の女性メンバーである。
「……」
すでに意志は固まっている。その事を察した総長は目を細めた。あのスピード狂がなぜ、そんな疑問がよぎる。
「やりたい事とはなんだ。何がしたい」
「勉強っス。大学に行って資格も取って、あの人の、私の憧れの人の隣に立てるようになりたいっス」
この前までは漠然とした不安と反発心を抱えていただけのやさぐれた少女だった。だが今総長の前に居るのは、まるで別人。
ほんの数日で一体何があったのか。まるで長い間違う人生を歩んだかのような変わりようだった。
「……チームの掟は知っているな?」
「はいっス」
抜けようとする者には制裁を。つまりは脱退リンチである。チームが結成された80年代から代々受け継がれてきた絶対の掟。
メンバーは不良ばかり。女性である大豪寺が受ければどんな悲惨な目に遭うかは想像に難くない。それでも彼女が総長から視線をそらす事は無かった。
「いいだろう。ならこの掟はもう無しだ。どこへでも行ってしまえ」
「え……?」
「ずっと時代錯誤だと思ってたが丁度いい機会だ。伝統も大事だが、今の総長は俺だ。俺の好きにさせてもらう」
肩透かしをくらった大豪寺を見て、総長はフッと笑みをこぼした。
「それにお前はいつも攻めすぎだったからな。あんな自殺行為、繰り返していたらいつか本当に事故って死ぬ」
「……そうなんスよ。自分、本当は今日死ぬはずだったっス」
「面白い言い回しだな」
「いや、比喩とかじゃないっス。トラックにはねられるっス」
「……」
両者に一時の沈黙。仲間のエンジン音だけがその間を埋めるように鳴っていた。
話は終わった。大豪寺はそう判断しバイクにまたがった。
「大豪寺」
「なんスか」
「二度と戻ってくるなよ」
思いがけない言葉。彼女ははにかみながら別れの挨拶をした。
「うっス。総長、今までお世話になりました」
大豪寺の足元に魔法陣が浮かんだ。そしてバイクを残して消え去る。
あまりに現実からかけ離れた光景を目の当たりにし、総長は思わずこう言ったのだった。
「え、あいつ今、異世界召喚された?」
シリル、もしものダンジョンクリア。




