第76話 引きこもりの場合
「いいぞ!」
「信ちゃんやれー!」
「あははははっ」
気付けば俺は、見覚えのある校舎裏に立っていた。
俺が通っていた中学校、その中でもあまり人が出入りする事が無かった旧校舎の裏手である。
山に面したそこは夕焼けが遮られて薄暗く、聞こえてくる明るい声が無ければ不気味さを感じたかもしれない。そんな場所だ。
「そうか、ここからスタートなのか」
俺は思わずそうつぶやいた。今まで忘れた事は無い。間違いなく俺の人生の分岐点となった日である。新校舎のトイレが空いてなくて偶然立ち寄ったという場面だ。
久しぶりに聞いた俺の声は少年のものだった。視界の高さもTSした後とそんなに変わらない。この頃はまだ背がそれほど高くなかったんだっけ。
別に日本に転移した訳じゃない。タイムリープした訳でもない。ここはダンジョンだ。
クリア条件はホスディアから聞いている。その条件とは、自殺という結末を回避する事。
俺はこの場面から数年後に自殺したのである。
俺は物陰から旧校舎の裏手を覗き込んだ。そこには楽しそうにしている3人の少年と、その3人に暴力を振るわれている1人の少年。全員クラスメイトである。
本来の歴史では俺は暴力を止めに入った。全速力で駆け寄っていじめっ子の1人を思いっきりぶん殴ったのである。そして乱闘の末3人を追い払う事に成功した。
この頃の俺は正義感にあふれていた。若々しい自信に満ちていた。我が強く、そして我を通す事に慣れていた。
そして次の日から、俺へのいじめが始まった。
繰り返し悪意に晒される日々。否定され、馬鹿にされ、笑われる毎日。始めは強く反抗していた俺だったが、いじめの輪は次第にクラス全体へと広がっていった。
俺は次第に傷つき、摩耗し、欠けていき、自信を失っていった。
きっかけは、俺が助けたはずのいじめられっ子が皆に混じって俺をいじめて来た事だった。やせ細っていた俺の心はぽっきりと折れ、そもまま引きこもりとなった。そして数年後に自殺。
それが本来の歴史。昔の俺の、遠野正平の人生である。
「どうすっかなぁ」
旧校舎裏をこっそり覗きながら、俺は頭をガシガシとかいた。
目指すのは俺の自殺の回避。方法は簡単だ。見て見ぬふりをすればいい。そうすれば俺へのいじめが始まる事は無く、引きこもる事も無く、自殺する事も無い。晴れてクリアだ。
なんて簡単なダンジョンだろう。このままここを去るだけで良い。そうすればランク6のステータスが楽々手に入る。悩む事などどこにも無い。
「ううっ」
いじめられっ子のうめき声が聞こえて来た。
分かるぜ、お前の気持ち。
俺も経験したからな。二度とごめんだ。
だからこれは仕方がない事なんだ。
「おりゃああああああっ!」
仕方が無いから、もう一度助けてやるよ。お前の苦しみが前回以上に分かってしまうからな。
「ぶへぇっ!?」
「な、なんだこいつ! 痛っ!?」
「なにしやがる遠野!」
俺の乱入に慄くいじめっ子達。
「人に暴力振るっちゃいけないって親に教わらなかったのかお前らああああ!」
「お、お前もそうじゃねーか!」
何言ってるんだ。俺はとても人道的だろうが。
「人道パンチ!」
俺の拳がいじめっ子の顔面を打ち抜いた。
2週間後、いじめっ子達は転校していった。
本来の歴史通りに始まった俺へのいじめ。それは、俺が周囲に助けを求めただけで簡単に終わりを迎えた。
かつての俺は助けを求めなかった。なぜならそれは、自分がいじめられるような人間であると認める事になってしまうから。惨めだと知られてしまうから。
自分の自尊心を守るために、いじめられている事を誰にも言えなかったのだ。
今こうしてみて分かった。当時の俺は視野が狭くなっていた。取れる手段は他にもあったのに、苦しさにばかり意識が向き、その事に気づかなかった。
いやー、親と担任と校長とPTAといじめ相談室と警察と教育委員会に同時に相談したのが良かったのかなあ、やっぱり。
巻き込まれた大人達は大変そうだったが。
いや、よく考えれば一番大変だったのは俺だな。だっていじめられたし。相談先が個別に事情聴取に来たせいで何度も説明する羽目になったし。後半は誰にどこまで説明したか分からなくなってきて説明の負担がすさまじかった。
マスコミには黙ってやったんだ。いじめっ子達も感謝してるに違いない。知らんけど。
うん、まだ少しイライラしてるな俺。平常心平常心。俺はミョンチー。
突然足元に魔法陣が現れた。どうやらこれでクリアらしい。俺は光に飲み込まれ、元の世界へと戻っていったのだった。
ミョンチー、もしものダンジョン、クリア。




