第118話 幕間:すでに始まっていた終わり
「おぎゃあ! おぎゃあ!」
ある時、日本のある場所で、一人の赤ん坊が生まれた。
初めて空気に触れ必死に肺に取り込むその姿は無垢そのもの。しかしながらその中には成熟した精神が宿っていた。
(ここが日本とやらか。随分と発展した世界のようだな)
彼は異世界からの転生者。魔王と呼ばれていた存在である。邪神の信奉者にして、かつて1つの世界から命を根絶した殺戮の使徒であった。
彼は邪神に導かれ、ある目的でこの世界に転生して来たのであった。
『第10の試練、1つの世界からの魂の根絶。これを成すのに丁度良い世界がある。魔王よ、貴様はその世界に行け。そして今から言う通りに行動せよ』
転生する前、魔王は邪神から指示を与えられていた。
『ある世界に日本という国がある。貴様をその国に転生させる。まずはそこで15年ほど暮らせ。そしてアニメ、漫画、ゲームといったその国の娯楽に身をやつすのだ』
「娯楽、ですか」
『そうだ。悪事を働く必要はない。むしろ普通の人間として振る舞え。正体を知られてはならぬ』
まるで邪神とは思えない指示。魔王は困惑した。これまで大量虐殺をはじめ様々な悪事に手を染めてきたのに比べれば、なんと平和なことか。
そんな魔王の困惑を読み取った邪神が説明を加える。
『ある世界に行くための条件の1つなのだ。それらの娯楽に一定以上慣れ親しんでいる必要がある。しばしの休暇と思い、心から楽しめば良い。
そして15歳くらいになったら自殺しろ。そうすればその世界に行く事が出来る』
「は、はあ」
『その世界は魂の絶滅まであと一歩の世界だ。結界に囲まれたごくわずかな地域でのみ生命が生き永らえている。貴様がとどめを刺すのだ。そうすれば試練はクリアとなり、貴様は我ら邪神の末席に加わる事が出来る』
「おお、なるほど。それは確かにおあつらえ向きの世界かと。して、具体的にはどのようにとどめを刺せば良いのでしょうか?」
『うむ。それも今から伝えよう』
こうして邪神から詳細を聞かされ、魔王は日本に転生したのである。
1歳になる頃には日本がどういう国なのかおおよそ把握出来た。
5歳になる頃には普通の子供として完璧に溶け込んでいた。
10歳になる頃にはアニメやゲームが好きな子として日常的にそれらを楽しんでいた。
日本に娯楽は遊び尽くせないほどあったが、その中で魔王が特に気に入ったのはRPGであった。
敵を倒し、レベルを上げ、様々なスキルや装備を集めてより強い敵を倒す。ラスボスを倒した後はレベルを上限まで上げ、アイテムをコンプリートする。
その状態で2周目をプレイしラスボスを一方的に倒してようやく、魔王は満足して次のゲームを始める。そんな日々が続いた。
もっと味わい尽くしたい。そんな欲求に後押しされ、設定資料集や制作会社、声優の事も調べ始めた。
ゲーム本編では語られない裏設定や制作の裏話を確認するようにまでなり、オタクとしての生活はますます充実したものとなった。
学校から帰ったら趣味に没頭する。魔王はオタク生活を満喫していた。
15歳の誕生日に、魔王は自室で包丁を手に自殺した。
全ては些末だった。邪神の忠実なる信徒にとっては。その生活を楽しんでいた自身の心ですら。
彼にとってはここからが本番。滅ぼすのに丁度良いという世界へと行き、邪神の期待に応え試練を突破するのだ。
最大の関門は、彼が信仰するのとは別の神との対面。
『よくぞ来た。姫野千尋よ』
白い空間で、そう魔王の日本での名を呼んだのは超越の存在。本来であれば思考や記憶は読み取られ、企みは全て見抜かれるはずであった。
対策はされていた。日本に転生する前から。
神に対抗出来るのは神だけ。邪神により魔王としての力は完全に取り除かれており、さらに偽の思考と記憶を読み取らせる事に成功していた。
残るは言動のカモフラージュ。読み取らせた偽の思考に合わせて発言するのだ。
「ふはははは! 姫野千尋は世を欺く仮の名。我が真名はヴィルフレッド・デ・タルタロス。異世界の魔王の生まれ変わりにして世界に常闇をもたらす者!」
バシッとポーズを取る魔王。目的のためなら自殺すら厭わない魔王にとってこの程度の演技は訳も無い。恥という感情は無い。
『お前はこれから転生する。お前の大好きな剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジーだ』
「ほう、この我を転生させ何を望む。目的があるなら言うが良い!」
『やって欲しい事がある訳では無い。チートをくれてやるから好きに生きるが良い』
「なに、チートだと? どのようなチートを授けるつもりだ!」
『何でもよい。望む力を言うがよい』
「ふはははは! 大盤振る舞いではないか!」
『ただし与えられる能力の合計に上限がある。全知全能を望んでも、せいぜい万能な能力になるといった具合にな』
「なるほど、了解した!」
魔王はしばらくの間悩むふりをし、神にこのような能力を要求した。
・右目に眼帯をしており、それを外すことで呪詛の邪眼を発動出来る。この邪眼で見られた者は徐々にダメージを負う。
美しい光景も愛する者も、両の目で見る事が出来ないという悲しみを背負っている。
・暗黒竜の力が右手に封印されている。だがその封印は解けかかっており、ピンチの時にその力の一端が発露し破壊の力を得る。力の発露のたびに封印は緩み、いつか完全に封印が解けて持ち主に破滅をもたらす。
器となった者は、破滅の運命から逃れる事は出来ない。
・本人の意思とは無関係に衝動的に殺意が沸き起こり、周囲にある全てを破壊してしまう。その際、筋力と速度が大幅に向上し、代わりに耐久が著しく低下する。
この能力のせいで仲間と共に過ごす事すら出来ない。
・周囲の人間から敵意を集めてしまう代わりに、集めた敵意の量だけステータスが向上する。
これは罰である。罪を抱えし者に安息は許されない。
全て邪神の指示通りである。無駄に作りこまれた設定はカモフラージュ。こちらの正体を見破られないよう別の事に意識を逸らすための囮である。
相手は神。だが魔王も邪神の指示通りに動いている。こうすれば欺けると邪神が言っているのだ。魔王は盲目的に信じるのみ。
結果は果たして、、、
『よかろう。では異世界に行ってもらう』
神は神によって欺かれた。
こうして魔王はとある世界へと送り込まれたのだった。
その世界は滅びに瀕していた。結界に囲まれた土地の内側にだけ、わずかに生き残りが居た。
外は魂の失われた死の空間。生物がその空間にさらされれば、まるで宇宙空間に飛び出したシャボン玉のように、魂は形を保てずバラバラとなるだろう。抜け殻となった肉体だけがその場に倒れ伏す結果となる。
強固に守られていた。結界は1つだけではない。無数の結界が組み合わさりシステムを構築していた。外の死の世界をシャットアウトし、内部の環境を維持していた。
頑健な仕組みであった。結界の10や20が破壊されたとしても問題が無いように設計され安全が確保されていた。
結界は、その世界ではダンジョンと呼ばれていた。
第10の試練、1つの世界からの魂の根絶。
それを達成するために魔王が行うのは、ダンジョンの破壊。システムを崩壊させ、その世界にとどめを刺すのだ。
魔王はその世界でひっそりと行動を開始した。
教会にて。
「ふはははは! またもや良いスキルを手に入れてしまったぞ! これでダンジョンの攻略がもっと捗るな!」
転生者のジーナジョンはそう高笑いした。攻略組によって新たにボスが攻略され、全員で順番にスキルを引いたのである。その結果は彼女にとって満足出来るものだったらしい。
「ヨイスよ、お前はどうだった!」
ジーナジョンは傍らの相棒にそう尋ねた。
「僕も悪くないよ。どんどん攻撃手段が増えてる。これなら難易度5のダンジョンにも挑めると思う」
「くっくっく、我らの躍進は目を見張るものがあるな!」
「そうだね。ジーナのおかげだよ」
「当然だ。我は深淵より生まれし者。この程度の試練、訳も無し! このまま全てのダンジョンを踏破してくれるわ!」
「全部は回らなくても良いんじゃない? 時間かかりすぎるよ」
「行くぞヨイス! 新しいスキルを試すのだ!」
「あ、ちょ、待ってよ! 置いて行かないで!」
転生者達は今日もダンジョンに潜る。なぜそのような試練を受けさせられているかも知らずに。
ダンジョン消失現象が始まり早1か月。
消失したダンジョンは、既に20を超えていた。




