川沿いの街には、赤い髪がいた
ミルへの道中、前田は早速やらかした。護衛付き配達の依頼。荷馬車に同乗して、ミルまで荷物を届ける簡単な仕事のはずだった。
「兄ちゃん、頼むから荷台で寝ないでくれ」
「すんません! 揺れが気持ちよくて!」
「あと、さっきから俺の飯まで食ってるだろ」
「え、あれ共用じゃなかったんすか」
「んなわけあるか!」
御者のおっさんに二回怒られた。
でも夕方には仲良くなって、焚き火を囲んで飯を食っていた。
「兄ちゃん面白いなあ。ミルには何しに行くんだ」
「飛空挺見に行くんすよ」
「見に? 乗りにじゃなくて?」
「荷物の積み降ろしが見たいんす」
「……変わってんなあ」
三日目の昼、川が見えてきた。
「うおおおお、でっけえ川!」
「ミルに着いたぞ。……って兄ちゃん、立つな! 荷台で立つな!」
「あ、すんません!」
立ち上がった拍子に足元の壺につまずいて、荷台から転げ落ちた。
「いってえ!」
「おい、大丈夫か!?」
「大丈夫っす! 壺も無事っす!」
「壺の心配より自分の心配しろ!」
落ちながらも壺だけは守った。荷物を守る癖だけは、体に染みついていた。
◆ ◆ ◆
ミルは、川の匂いがする街だった。岸には舟がずらりと並んで、人夫たちが荷物を降ろしている。
おおお……いいねえ、この感じ。港だ。港の空気だ。
胸いっぱいに空気を吸い込んだ。泥と水草と魚の匂い。名古屋港とは全然違うのに、なぜか懐かしかった。
配達を終えてギルドで宿を聞くと、「川沿いに川風亭って宿がある。安いし飯もうまい」と教えてもらった。
川風亭は、古びた看板の宿だった。扉を開けると、木の匂い。カウンターには誰もいない。
「すいませーん」
「はーい、今行きます!」
軽い足音がして、女の子が出てきた。
赤い髪。
二十代前半くらい。
エプロン姿で、愛嬌のある顔をしていた。
「いらっしゃい! お部屋ですか?」
「はいっす! 一泊いくらすか」
「銅貨三枚です」
前田は財布を出そうとした。なかった。「……え」腰の袋を探る。ない。懐を探る。ない。背中の荷物を降ろして、ひっくり返した。着替えと明かり石と薬草の束が転がり出た。財布はない。
「あの……お客さん?」
「財布が……財布がない……」
血の気が引いた。
この感覚、知っている。
二十三の時の、あの焼き肉の夜と同じだ。
「まさか……荷台から落ちた時か!?」
「ちょっと道戻ってきます!」
「え、あ、お客さん!?」
前田は走った。街道を戻った。夕暮れの道を目を皿にして探した。三十分後。道端の草むらで、袋を見つけた。「あった———!!」拾い上げて、その場にへたり込んだ。「よかったあ……今回は見つかったあ……」
今回は、である。
◆ ◆ ◆
日が暮れてから、川風亭に戻った。
「あ、財布の人だ」
赤い髪の子がカウンターから顔を出した。
「見つかりました! これで泊まれます!」
銅貨三枚をカウンターに置くと、彼女が吹き出した。
「よかったですね。もう今日は野宿かなって心配してました」
「危なかったっす……昔から財布落とす男なんすよ、俺」
「昔から? お客さん、いくつですか?」
「二十……くらいっす」
「くらい?」
「まあそれくらいっす。あ、コウっていいます」
「あたしはリナです」
ペンを走らせながら、リナがちらちらと前田を見た。
「なんすか」
「いや、なんか……冒険者さんですよね?」
「そうっすよ」
「冒険者っぽくないなーって。強そうなのに、なんか、こう」
リナが少し考えた。
「……コロコロしてる」
「コロコロ!?」
「雰囲気が。なんか丸いというか、憎めない感じというか」
リナがにっと笑った。
「コロちゃんって呼んでいいですか」
「コウっす。コ・ウ」
「コロちゃんの方が似合ってますよ」
「どこがすか!」
「財布落として半泣きで戻ってくるところとか」
「半泣きじゃないっす!」
「じゃあお部屋案内しますね、コロちゃん」
「コウだっての……」
前田はため息をついた。でも、悪い気はしなかった。こういうイジられ方は、前世で慣れていた。タカシたちも、こんなふうに前田をからかっては笑っていた。
なんか、懐かしいわ。この感じ。
◆ ◆ ◆
夜、食堂に降りると、リナが飯を運んできた。豆と肉の煮込み。湯気が立っていた。一口食べて、前田は固まった。
「……うまっ!? え、何これうまっ!」
「でしょ?」
リナが得意げな顔をした。
「宿の飯ってレベルじゃないっすよこれ!」
「大げさですねえ」
リナが椅子を引いて向かいに座った。
「コロちゃんは、ミルには何しに来たんですか」
「コウっす。……飛空挺見に来たんすよ」
「飛空挺? 乗るんじゃなくて?」
「荷物の積み降ろしが見たいんす」
リナがきょとんとした。「……荷降ろし、見て楽しいですか?」
「楽しいっすよ! 荷物ってのは、見てると色々わかるんで。どこから来て、どこへ行って、誰が待ってるのか。荷物が動くってのは、人の暮らしが動くってことなんすよ」
リナがしばらく前田を見ていた。
「……コロちゃんって、変ですね」
「よく言われます」
「でも、ちょっと面白い」
リナが頬杖をついた。
「あのね、うちの父も荷物の仕事してるんですよ。商人で」
「マジすか! 話聞きてえ!」
「食い気味!」
リナが笑った。
「じゃあ今度父に言っときますね。面白い冒険者が泊まってるって」
「あざっす! ……あ、でも」
「でも?」
「財布落とした話はしないでください」
「それは無理ですね」
「なんでっすか!」
「面白いから」
リナがけらけら笑った。前田は頭を抱えた。
この子、絶対言うわ。タカシと同じ目をしてるもん。




