冒険者というのは、思ったより地味だった
エルムの街に着いた瞬間、前田は荷馬車の上で立ち上がった。
「うおおお、でっけえ! 街だ! 異世界の街だ!」
「兄ちゃん、危ないから座ってくれ」
「あ、すんません」
御者に怒られて座った。でも視線は街に釘付けだった。石造りの門。行き交う馬車。露店の呼び込み。剣を下げた男。ローブの女。
ゲームで見たやつだ……全部ゲームで見たやつだ……!
ギルドの前に立った。木造の、がっしりした建物。看板に剣と盾のマーク。深呼吸して、扉を開けた。
……中は、思ったより普通だった。酒を飲んでる男たち。壁の依頼板。カウンターの受付嬢。喧嘩してる奴はいないし、絡んでくる強面もいない。
あれ、テンプレだと新人はここで絡まれるはずじゃ。
誰も前田を見ていなかった。普通に素通りだった。
まあ、そうよね。現実ってそんなもんよね。
「登録ですか?」
受付の女性が顔を上げた。
「はいっす! 初めてです!」
「銀貨一枚になります。お名前と、使える武器、魔法があれば」
「コウです! 武器は斧がちょっと、魔法は火と風がちょっとです!」
「ちょっと、が多いですね」
受付嬢がくすっと笑った。
「ランクはFスタートです」
前田は依頼板を見た。薬草採取。井戸の修理手伝い。荷物運び。畑仕事。
おお、地味! 見事に地味!
でも前田は知っていた。
世の中の仕事の九割は地味なのだ。
毎日同じことを丁寧にやる奴が、最後は信用される。
「じゃ、この薬草採取と……お、荷物運びあるじゃないすか。これも!」
「掛け持ちですか? 初日から熱心ですね」
「荷物運び得意なんすよ、俺」
◆ ◆ ◆
薬草採取は三日かかった。森で迷い、川に落ち、目当ての薬草と雑草を三回間違えた。「これじゃない……これでもない……あ、これだ! いや違う、これ絵と葉っぱの数が違う」途中で魔物が三匹出た。体が勝手に動いて、気づいたら三匹とも転がっていた。「……強いんだよなあ、この体。ほんと誰の体なんだろ」自分の体である。
ギルドに戻ると受付嬢が確認した。
「はい、確かに。……あら、状態もいいですね。根を傷つけずに採ってる」
「荷物は丁寧に扱う主義なんで」
「薬草は荷物じゃないですけどね」
「次も荷物運びですか?」
「はいっす」
「コウさん、変わってますね。冒険者になる人って、大体魔物を倒したいかお金が欲しいかなんですけど、荷物運びを喜んで取る人初めて見ました」
「荷物、動かすのが好きなんすよ」
「荷物、動かすのが好き」
受付嬢が笑いを堪えた。
「初めて聞きました、そんな人」
「荷物ってのはいいっすよ。ちゃんと運べば、ちゃんと届く。裏切らないんで」
「……哲学ですね」
「よく言われます」
言われたことはなかった。
◆ ◆ ◆
一週間で依頼を五件こなした。薬草採取、荷物運び、荷物運び、魔物討伐、荷物運び。地味だった。報酬も安かった。でも前田は楽しかった。荷物運びの依頼で街と村を往復するたびに、この世界の物流が見えてきた。
馬車の荷台、積み方バラバラだなあ。
行きは満載なのに帰りは空か。もったいねえ。
荷崩れで壺割れてんじゃん。ああー、もったいねえ!
見れば見るほど、突っ込みどころだらけだった。そして夜、宿の窓から空を見ると、たまに飛空挺が飛んでいた。荷物を積んで、ゆっくりと空を渡っていく。
あれだよなあ。あれの荷物、どうやって積み降ろししてんだろ。見てえなあ。近くで。
◆ ◆ ◆
十日目に、Eランクに上がった。
受付嬢——エリスという名前だった——が書類を出した。
「おめでとうございます。緑の依頼が受けられるようになりますよ」
「魔物討伐の依頼も増えます。……でもコウさんはどうせ」
「荷物運びで!」
「やっぱり」
エリスが笑った。
「あ、そうだエリスさん。この街から南に行くとどんな街があるんすか」
「南ですか? 三日歩けばミルという街があります。川沿いの物資の集積地ですね。飛空挺も来ますよ」
「飛空挺来るんすか!?」
「はい。確か大きな商会が使って……あ、また目が」
「行きます。ミル行きます」
「即決!?」
前田は依頼板でミル方面への荷物運びを探した。あった。護衛付き配達、ミル行き。
ちょうどいい。運び賃もらいながら移動できるじゃん。
「これ受けます!」
「はいはい」
エリスが手続きをしながら、少し寂しそうに笑った。
「短い間でしたけど、コウさんがいると受付が楽しかったです」
「またエルム来たら寄りますよ! エリスさん話しやすいし!」
「……そういうこと、さらっと言うんですね」
「え? 何がすか?」
「なんでもないです」
前田は何も気づかないまま、元気にギルドを出ていった。昔から、そういうところだけは変わらなかった。




