魔法は、感じるもんだ
翌朝、ガルスに連れられて村外れの老婆を訪ねた。
「小僧、手を出せ」老婆が前田の手を掴んだ。目を閉じる。しばらくして、眉がぴくりと動いた。
「……なんだこの魂は。二つある。魂が二つ重なっとる。こんなものは初めて見た」老婆が目を開けた。「小僧、お前……転生者か」
前田は固まった。「……わかるんすか」
「わかる。長く生きとるとな、いろんなもんが見える」
前田は頭を掻いた。それから、観念して笑った。「参ったなあ。隠しとこうと思ったんすけど」
「隠し事のできる顔じゃなかろう、お前は」
「よく言われます」
「素質はある。かなりある。一から仕込む必要があるが」
「教えてもらえるんすか!?」
「対価はどうする」
「村の仕事手伝います! あと肩揉みとかも」
「いらんわそんなもん」
老婆が呆れた顔をした。それから、少しだけ笑った。「……まあいい。ただし、素直に覚えろ。魔法は感じるもんだ、考えるもんじゃない」
◆ ◆ ◆
修行は、翌日から始まった。そして前田は、早速つまずいた。
「感じろと言われても……先生、感じるって、何をっすか」
「それを言葉で聞く時点で、考えとるんだ、お前は」
「ぐうの音も出ない」
三日経っても、指先は温かくもならなかった。老婆は急かさなかった。縁側で薬草を刻みながら、時々、ちらりと前田を見るだけだった。
「……婆ちゃんは、なんで俺に教えてくれるんすか。よそもんなのに」
老婆は、手を止めなかった。
「昔な、儂にも教えた相手がおった。よそから来て、よそへ行った。……それきりだ」
「……戻ってこなかったんすか」
「口約束は信じんことにしとる」
それだけ言って、老婆は薬草に目を戻した。前田は、それ以上聞かなかった。
◆ ◆ ◆
五日目。ふとした瞬間だった。井戸の水を汲み上げる、その手応えを感じたとき、何かがつながった。
「……あ」
重さを感じる。流れを感じる。力の通り道を感じる。──それなら、六十五年やってきた。
「先生! わかったかもしれないっす! 荷物と同じっすね! 頭で考えてるうちはダメで、体が覚えたら勝手にできるようになるやつ!」
老婆がしばらく前田を見た。それから、くしゃっと笑った。
「……妙な入り口から入る奴だ。だが、間違っとらん」
◆ ◆ ◆
七日目の夕方、前田の手のひらに、小さな炎が灯った。
「ついた! 婆ちゃん見て! ついたついた!」
「見えとるわ、騒ぐな」
「魔法だ! 俺、魔法使えた! うおおお!」
炎が消えた。
「あ」
「集中を切らすからだ、阿呆」
「もっかい! もっかいやります!」
老婆が呆れた顔で見ていた。でも、口元が少し笑っていた。その夜、前田は布団の中で自分の手を見ていた。
タカシに見せてえなあ。あいつ絶対「前田さんすげえ!」って言うんだよなあ。
少しだけ、鼻の奥がツンとした。
……ま、あっちはあっちで元気にやってるだろ。
◆ ◆ ◆
半月が過ぎた。火は安定して灯せるようになった。風も少し動かせる。
朝はロックの手伝い。昼は畑。夕方は老婆の修行。夜は斧の稽古。
「腰が入ってねえ」
「入ってるっすよ!」
「入ってねえ。斧はな、腕で振るんじゃねえ。荷物と同じだ、体ごと運ぶんだ」
「……ロックさん、今いいこと言いましたね」
「うるせえ、振れ」
◆ ◆ ◆
収穫の日、村は朝から大忙しだった。芋の入った麻袋が、畑のあちこちに山を作っていく。
「なあコウ、この袋、全部倉まで運ぶんだが……日暮れまでかかるな、こりゃ」
前田は畑を見渡した。袋の山。倉までの道。荷車が一台。──ああ、これは、あれだ。いつもの仕事だ。
「ロックさん、ちょい提案が。袋、倉に近い山から積むんじゃなくて、遠い山から積みましょう。で、荷車は倉の前じゃなくて、道の真ん中に停めるんす」
「……なんでだ」
「帰り道が空荷になるのがもったいないんで。遠くから取って、戻りながら近くの山を拾ってく。荷車が止まってる時間を減らすんすよ」
ロックは半信半疑だった。だが、やってみた。──日暮れどころか、おやつの時間に全部終わった。
「……コウ。お前、何もんだ」
「だから、旅の者っすって」
村人たちが芋を蒸かして振る舞ってくれた。うまかった。誰かの役に立って、飯がうまい。それだけのことが、前の人生では、あんまりなかった。
◆ ◆ ◆
ひと月が経った夜、ロックが言った。「コウ。お前、そろそろ村を出たらどうだ。三日歩けばエルムって街がある。冒険者ギルドもある。お前なら食っていける」
「冒険者ギルド! あの、依頼板とかある感じの!」
「……なんで知ってるんだ」
「いや、あの、そういう話をどっかで」
前田は考えた。この村は居心地がよかった。でも。
このままじゃ、何者にもなれねえんだよな。前と同じで。
「……そうっすね。行ってみます」
◆ ◆ ◆
出発の朝、老婆が明かり石を渡してくれた。
「元気でな、小僧」
「絶対戻ってきます!」
「口約束は信じん」
老婆は背を向けた。
振り返らずに言った。
「達者でな、小僧」
ガルスとロックが見送りに来た。
「コウ、達者でな」
「ガルスさん、拾ってくれてマジでありがとうございました!」
「大げさな奴だ」
「ロックさんも、色々教えてくれてあざした!」
「おう。……たまには顔出せ」
「はいっす!」
荷馬車が動き出した。前田は村が小さくなるまで手を振り続けた。
さて。何者かになりに行きますか。
65歳のおっさんの魂が、20歳の体で、二度目の人生を歩き始めた。




