↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/12

魔法は、感じるもんだ

翌朝、ガルスに連れられて村外れの老婆を訪ねた。


「小僧、手を出せ」老婆が前田の手を掴んだ。目を閉じる。しばらくして、眉がぴくりと動いた。


「……なんだこの魂は。二つある。魂が二つ重なっとる。こんなものは初めて見た」老婆が目を開けた。「小僧、お前……転生者か」


前田は固まった。「……わかるんすか」


「わかる。長く生きとるとな、いろんなもんが見える」


前田は頭を掻いた。それから、観念して笑った。「参ったなあ。隠しとこうと思ったんすけど」


「隠し事のできる顔じゃなかろう、お前は」


「よく言われます」


「素質はある。かなりある。一から仕込む必要があるが」


「教えてもらえるんすか!?」


「対価はどうする」


「村の仕事手伝います! あと肩揉みとかも」


「いらんわそんなもん」


老婆が呆れた顔をした。それから、少しだけ笑った。「……まあいい。ただし、素直に覚えろ。魔法は感じるもんだ、考えるもんじゃない」


◆ ◆ ◆


修行は、翌日から始まった。そして前田は、早速つまずいた。


「感じろと言われても……先生、感じるって、何をっすか」


「それを言葉で聞く時点で、考えとるんだ、お前は」


「ぐうの音も出ない」


三日経っても、指先は温かくもならなかった。老婆は急かさなかった。縁側で薬草を刻みながら、時々、ちらりと前田を見るだけだった。


「……婆ちゃんは、なんで俺に教えてくれるんすか。よそもんなのに」


老婆は、手を止めなかった。


「昔な、儂にも教えた相手がおった。よそから来て、よそへ行った。……それきりだ」


「……戻ってこなかったんすか」


「口約束は信じんことにしとる」


それだけ言って、老婆は薬草に目を戻した。前田は、それ以上聞かなかった。


◆ ◆ ◆


五日目。ふとした瞬間だった。井戸の水を汲み上げる、その手応えを感じたとき、何かがつながった。


「……あ」


重さを感じる。流れを感じる。力の通り道を感じる。──それなら、六十五年やってきた。


「先生! わかったかもしれないっす! 荷物と同じっすね! 頭で考えてるうちはダメで、体が覚えたら勝手にできるようになるやつ!」


老婆がしばらく前田を見た。それから、くしゃっと笑った。


「……妙な入り口から入る奴だ。だが、間違っとらん」


◆ ◆ ◆


七日目の夕方、前田の手のひらに、小さな炎が灯った。


「ついた! 婆ちゃん見て! ついたついた!」


「見えとるわ、騒ぐな」


「魔法だ! 俺、魔法使えた! うおおお!」


炎が消えた。


「あ」


「集中を切らすからだ、阿呆」


「もっかい! もっかいやります!」


老婆が呆れた顔で見ていた。でも、口元が少し笑っていた。その夜、前田は布団の中で自分の手を見ていた。


タカシに見せてえなあ。あいつ絶対「前田さんすげえ!」って言うんだよなあ。


少しだけ、鼻の奥がツンとした。


……ま、あっちはあっちで元気にやってるだろ。


◆ ◆ ◆


半月が過ぎた。火は安定して灯せるようになった。風も少し動かせる。


朝はロックの手伝い。昼は畑。夕方は老婆の修行。夜は斧の稽古。


「腰が入ってねえ」


「入ってるっすよ!」


「入ってねえ。斧はな、腕で振るんじゃねえ。荷物と同じだ、体ごと運ぶんだ」


「……ロックさん、今いいこと言いましたね」


「うるせえ、振れ」


◆ ◆ ◆


収穫の日、村は朝から大忙しだった。芋の入った麻袋が、畑のあちこちに山を作っていく。


「なあコウ、この袋、全部倉まで運ぶんだが……日暮れまでかかるな、こりゃ」


前田は畑を見渡した。袋の山。倉までの道。荷車が一台。──ああ、これは、あれだ。いつもの仕事だ。


「ロックさん、ちょい提案が。袋、倉に近い山から積むんじゃなくて、遠い山から積みましょう。で、荷車は倉の前じゃなくて、道の真ん中に停めるんす」


「……なんでだ」


「帰り道が空荷になるのがもったいないんで。遠くから取って、戻りながら近くの山を拾ってく。荷車が止まってる時間を減らすんすよ」


ロックは半信半疑だった。だが、やってみた。──日暮れどころか、おやつの時間に全部終わった。


「……コウ。お前、何もんだ」


「だから、旅の者っすって」


村人たちが芋を蒸かして振る舞ってくれた。うまかった。誰かの役に立って、飯がうまい。それだけのことが、前の人生では、あんまりなかった。


◆ ◆ ◆


ひと月が経った夜、ロックが言った。「コウ。お前、そろそろ村を出たらどうだ。三日歩けばエルムって街がある。冒険者ギルドもある。お前なら食っていける」


「冒険者ギルド! あの、依頼板とかある感じの!」


「……なんで知ってるんだ」


「いや、あの、そういう話をどっかで」


前田は考えた。この村は居心地がよかった。でも。


このままじゃ、何者にもなれねえんだよな。前と同じで。


「……そうっすね。行ってみます」


◆ ◆ ◆


出発の朝、老婆が明かり石を渡してくれた。


「元気でな、小僧」


「絶対戻ってきます!」


「口約束は信じん」


老婆は背を向けた。


振り返らずに言った。


「達者でな、小僧」


ガルスとロックが見送りに来た。


「コウ、達者でな」


「ガルスさん、拾ってくれてマジでありがとうございました!」


「大げさな奴だ」


「ロックさんも、色々教えてくれてあざした!」


「おう。……たまには顔出せ」


「はいっす!」


荷馬車が動き出した。前田は村が小さくなるまで手を振り続けた。


さて。何者かになりに行きますか。


65歳のおっさんの魂が、20歳の体で、二度目の人生を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。