村には村の都合がある
村が見えてきた。土壁の家が十数軒、井戸を囲むように建っている。畑が広がって、鶏が道を歩いていて、子供が走り回っていた。
「おー、いい村っすねえ」
「なんもない村だ」
「いやいや、鶏が放し飼いってのがいいじゃないすか。あれ絶対うまい卵産みますよ」
「……変なところに目をつけるな」
村の入り口に男が立っていた。四十がらみ、日に焼けた顔に、太い腕。「ガルスじじい、誰だそいつ」
「街道で拾った。コウという。行くとこがないらしい」
「拾ったって、犬猫じゃねえんだぞ」
「まあそう言うな。ロック、お前んとこ手が足りてないだろう」
ロックと呼ばれた男が、前田をじろじろ見た。「……兄ちゃん、力仕事はできるのか」
「荷物系なら得意っす! あと計算もそこそこ!」
「計算?」ロックが眉を寄せた。「力仕事に計算がいるか」
「いや、それが意外といるんすよ。荷物ってのは重さと順番なんで」
「……何言ってんだお前」
「まあまあ、使ってみてくださいって。飯代くらいは働きますんで」
ロックがガルスを見た。ガルスが笑って頷いた。「……まあいい。飯と寝床は出してやる。明日から働け」
「あざっす!」
前田は深々と頭を下げた。ロックが少し面食らった顔をした。
◆ ◆ ◆
翌朝から、村の仕事を手伝った。体が、恐ろしいほど動いた。
「うおお、薪が一発で割れる! 見ました今の!?」
「見てない」
「ロックさん見てくださいよ! ほら!」
スパン、と薪が割れた。
「……確かに筋はいいな」
「でしょ!? いやあ、若い体ってすごいわ」
「若い体って、お前いくつだ」
「二十……くらいっす」
「くらいってなんだ」
危ない危ない。前田は笑ってごまかした。65歳の魂としては、この体は本当に感動ものだった。朝起きても腰が痛くない。階段を二段飛ばしできる。夜まで働いても疲れが残らない。
これ、みんな当たり前だと思ってんだろうなあ。もったいねえなあ。
夕方、井戸端でロックが水を汲んでいた。前田は薪を運びながら、その様子を眺めた。
「ロックさん、ずっとこの村なんすか」
「生まれてこの方な」
「外、出たいとか思わないんすか」
ロックは少し考えて、桶を置いた。「……昔はな。ガルスの爺さんに世話になる前は、俺もあちこち流れてた」
「え、そうなんすか」
「詳しくは言わねえ。……お前もそのうち分かる。腰を据える場所ってのは、探して見つかるもんじゃなくて、気づいたらそこにいるもんだ」
前田は、その言葉を頭の中で転がした。何かが、少しだけ引っかかった。
◆ ◆ ◆
三日目の夕方、村外れで悲鳴が上がった。畑の端に魔物がいた。犬くらいの大きさで、灰色の体に鱗が生えていて、口から煙を吐いている。村人が遠巻きに見ていて、誰も近づけない。
「コウ! 下がれ!」ガルスが叫んだ。
「え、あれ魔物っすか!? 初めて見た!」
「感心してる場合か!」
魔物が飛びかかってきた。体が、勝手に動いた。横に一歩。魔物が空を切る。近くにあった薪割りの斧を掴む。振る。ゴッ、と鈍い音がして、魔物が吹っ飛んだ。
「……え、俺がやったんすかこれ」
「お前以外に誰がいる」ロックが呆れた声で言った。
「いや、体が勝手に動いたというか……うおお、待って、今更震えてきた。怖っ! 魔物怖っ!」
前田はその場にへたり込んだ。村人たちが、どっと笑った。「倒してから怖がる奴があるか」
「いやだって、初めてだったんすもん!」
その夜、宴会になった。ガルスが酒を飲みながら聞いた。「コウ、お前、本当に何者だ」
「何者っすかねえ」前田は笑った。「何者かになりたくて生きてきたんすけど、なれないまま……っと、まあ、旅をしてるとこっす」
ロックが、少し離れたところでその会話を聞いていた。何も言わなかったが、目だけが、少し前田を見ていた。




