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第6想 警備隊詰所

 数日が経ちました。ゲオルグから頂いた傷薬のおかげでだいぶ良くなりました。傷薬をサロンで眺めておりました。


「ゲオルグの顔が見たいな……」


「なら、警備隊詰所に行きましょうか」


「え?」


 私は慌てて、振り返りました。白髪を整えているノーマンがそこでにこやかに微笑んでいます。


「き、聞こえまして?」


「はい、はっきりと」


 顔が赤くなるのが分かりました。ソフィアしか知らない秘密ですのに。


「だ、誰にも言わないでくださる? 絶対に」


「分かっております。では、支度いたしましょう」


「お願いしますわ」


 私は部屋で一番お気に入りの、お母様からこっそり借り、染み抜きしてもらった青いドレスに、着替えさせてもらいました。


「何か手土産は持参しますか、お嬢様?」


「何が良いかしら? ノーマン、良い案はありませんの?」


 馬車に揺られながら、貴族街を眺める。平民街と比べると作りがしっかりしていて、品の良い色合いで作られていますが、どこか物寂しく感じます。


「そうですね。ビスケットなど、無難ではありませんか?」


「良いですわ。他の隊員の皆さんとも共有できて、ゲオルグの評判も上がりそうですわね」


 馬車は少し寄り道をして、平民街を通り、城門近くにある警備隊詰所に着きました。


 いざ、詰所を前にしますと、ドキドキしています。詰所に来ること自体、初めてのことですし、ゲオルグと会うと思うと緊張してしまい、一歩を躊躇しています。


「お嬢様、いってらっしゃいませ」


 後ろでは、馬車から降りて見送るノーマンがいます。何でここは付いてこないのでして? あ、でも、付いて来られてもゲオルグの前の私を見られるのは恥ずかしいですわ。


 一人で行くしかありません。覚悟を決め、詰所の中へ入りました。


「ん? 誰だ? 女?」


 1人の警備隊員が中にいました。


「あ、あれ? 待ってください……あ、貴女はもしかして、野獣姫!?」


 野獣、ですって――


「ギ、ギブ、ギブです。苦しい……」


 反射的に、彼を床に押し倒し、寝技をキメてしまっていました。


「失礼な方ですわね」


 解放した警備隊員は、体を払いながら微笑みました。


「噂は本当だったんですね、誰でも瞬殺する美しい女性なんて、おとぎ話か何かかと思ってましたよ」


「う、美しい、ですか……」


 あまり人から褒められないので、素直に嬉しくて照れてしまいます。


「なるほど……いやあ、独身の若い奴らが見たら一発で惚れちまう魔性ですね。うちの隊長が羨ましい、はは」


「えっと、その……」


「ゲオルグ隊長ですよね? 今は休憩中で、中庭にいると思いますよ。あそこの角を右で――」


 丁寧に道案内してくれました。失礼なところはありましたが悪い方ではなさそうでした。少し歩くと明るく開けた場所が見えました。


 この先にゲオルグが……そう考えると、突然、足が止まりました。同時に、心臓の音がバクバクとしているのが分かりました。


「すぅ、はぁ……」


 稽古で使う呼吸の感覚で、落ち着くことを試みました。


 よく考えれば、傷薬のお礼を伝えてビスケットを渡すだけの簡単な話ですわ。どこに動揺する必要がありまして?


「よし!」


 声は出ました。ですけれど、足は出ませんでした。不甲斐ない自分に俯いていますと、大きな影が私を覆いました。


「マーガレットじゃないか、こんなところで何してるんだ?」


 こ、この声は!


 慌てて、バッと顔を急いで上げるとそこには――


 綺麗に筋の分かれた腕が、引き締まった胸が、6つに分かれた腹筋が――


 ほのかに香る汗臭さが……滴る汗をタオルで拭きながら、微笑んだゲオルグが立っていました。


「え、あ、の、え、と」


「ああ、すまない。剣の稽古を終えたばかりなんだ」


「その……えっと……」


「ずいぶん、元気になったみたいだな、良かった。見舞いにまともに行けなくてすまない」


 ドキドキドキドキ。この音で耳がいっぱいでした。色々、考えてましたのに、頭が真っ白で言葉が出て来ません。


「ん!」


「なんだ?」


「ん!」


「この袋、開けていいのか?」


 私は必死に頑張りました。そして、何とかノーマンと選んだビスケットの袋を差し出しました。


「ビスケットか、ありがとう」


「それでは」


 逃げるように、そそくさと来た道を戻りました。

 

「も、もう行くのか? わざわざありがとう」


 困惑気味のゲオルグの声を背に、私は詰所を後にし、馬車に飛び込むように乗り込みました。


「お、お嬢様? 大丈夫ですか?」


「だだだ、大丈夫ですわ! 出してください!」


 はわわわ、どどど、どうしたらよろしくて? 動揺してしまって、とんでもない醜態をゲオルグに晒してしまいました。


 あまりの恥ずかしさに、私は馬車の中で静かに顔を覆っていました。


 でも……あの体、そしてあの匂い……それはまるで、抱かれているような……いけませんわ、いけませんわ、そんな――


「きゃぁぁぁっ! 私ったらはしたないですわ!」


「っ!? お嬢様!? いかがされましたか!?」


 ノーマンが同行していることをすっかり失念していました。


「な、何でもありませんわ」


「そ、そうですか……」


 慌てて、平然を装い、外を見ました。


 つまらない貴族街の景色が流れていくと思っていましたが、馬車が追い抜いた怪しい殿方がおりました。


 すれ違う瞬間、私と目が合いました。殿方はにやりと口角を上げ、不気味に笑いました。


 その顔は、ゲオルグのことで浮かれる私を消し去ってしまい、寒気すら覚えるほど不気味でした。


 家に着く頃には、私は落ち着きました。部屋に入ると、やっと好きなだけ叫べると安心して、枕に顔を埋めました。


 一言目を叫ぼうとすると――ノックが聞こえました。


「……おほん、ノーマン、どうかしまして?」


「ソフィア様がお越しですが、どうされますか?」


 まあ、いいところに来てくれましたわ。ソフィアに今回のことを相談しなければなりませんわね。


「通して構いませんわ」


「畏まりました」


 それにしても、さっきの殿方……怪しかったですわね。何故、あんな身なりの者が貴族街にいたのでしょう。


 そんなことを考えていると、ノックが響き、ソフィアがやってきました。


「御機嫌よう、マーガレットさん」


「御機嫌よう、ソフィア」


「……何かありましたね?」


 私はビクッとなりました。ま、まだ何も話してませんのに。


「ま、まあ、お座りになって」


「はい、お邪魔しまーす。それにしても、毎回来るたび思うんですけど、可愛い物ばかりですよね〜こんな部屋をまさか野獣姫が作ってる――」


 キマりました。これは確実に悪口ですもの。


「ギ、ギブです。ごめんなさい……」


「まったく、貴女は……」

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