第7想 募る想い
今日はとてもいい天気でした。
部屋で紅茶を飲みながら、先日ソフィアが置いていった巷で流行りの小説という物を読んでいました。
騎士と王女の恋の話で、両想いなのに様々な事情ですれ違ってしまうお話で、ドキドキしながら楽しんでおりました。
今、ちょうど佳境に入ったところで、騎士が王女を守って死を待つ大怪我をして、やっと告白しました。
ノックが聞こえました。読書を続けたままで答え、紅茶を口に含みました。
「失礼します、お嬢様」
入って来たのは、ノーマンでした。何かしら?
「紅茶を飲み込んでいただけますか?」
「?」
ごくん。飲み込んだことを確認したノーマンが告げました。
「ゲオルグ様がお越しです」
「えぇぇぇっ!」
紅茶を飲み込んでおいて良かったですわ。吹き出すところでした。
さすがノーマン、私をよく分かってますわね。
でも、どうしましょう。ゲオルグが来ちゃいましたわ。あたふたしていると――
「サロンにお通しします」
「あ、えっと、お願いしますわ」
まずは着替えなければなりません。
メイドを呼んで、状況を説明しました。何着か持って来てくれまして、赤いドレスに決めました。着付けてもらい、部屋を出ます。
サロンまでの道中、先日の失態を思い出しました。ソフィアには心配ないと言われましたが、本当に大丈夫なのでして?
サロンの手前で足が止まってしまいました。
ですけれど、すでにサロンにいるゲオルグに会わないわけにはいきません。重たい足を引きずって、やっとサロンの扉を開きました。
「お嬢様……ゲオルグ様の紅茶は2杯目です」
部屋の隅に立っていたノーマンがそう耳打ちしました。かなり待たせてしまったようですわね。早く、謝らなければ――
「お、マーガレット。先日はビスケットをわざわざありがとう」
目が合いました。キュンとしてしまい、プイと目をそらしました。早速、やらかしてしまいました。謝る前に視線をそらしてしまいました。
急いで謝らなければなりませんわ!
「……ゲ、ゲオルグ、待たせてしまってごめんなさい!」
「おかげで良い休息になった。ありがとう」
……そうですわ。ゲオルグはいつだって優しいんでしてよ。私は向かいの椅子に腰掛けました。
「突然ですまないな。やっと休暇が取れて、ゆっくり君のところに来られる時間が作れた。嬉しくて約束もないのに来てしまった」
「そ、そんなこと、お、幼馴染ですし、気にしなくていいんですわよ」
「それにしても、今日はいい天気だな」
「そうですわね」
「こんな日は、川に行って釣りでもしたいものだ」
「……川、ですか。私はあまり行ったことがありませんわ」
あら? ゲオルグらしくない会話ですわね。
「そうか、川はいいんだぞ。空気が美味くてな」
「そうですか」
ちらりと見るゲオルグは、困惑した顔をしていました。やっぱり私が目を合わせないからでして?
見たいのです。見たいのですけれど、見たらドキドキしてしまって、会話になりません。
ですから、目を合わさないで会話する、これが今できる私の最善の策なのですわ。それにしても、この気まずい空気は、耐えられません――
そうですわ!
「に、庭に出ませんか、ゲオルグ?」
「庭か、分かった」
庭に出ると、風が吹き抜けて、木々がざわめき、先ほどまでの重い空気を吹き飛ばしてくれました。
こんな気持ちの良い日に、好きな人と2人でいられているのです。それだけで、十分すぎるほど幸せではないのでして?
そんな疑問がよぎりました。
そういえば、言い忘れていた言葉があったのを、思い出しました。これだけは目を合わせて言わないと――
「ゲオルグ」
私はそらしたい気持ちを必死に堪え、彼の緑色の瞳を見つめました。
「何だ?」
「あの時……助けていただき、ありがとうございました」
他の誰でもなく、貴方に助けられたことは嬉しく思い、同時に誇らしく思っていますわ。
「当然のことをしたまでだ」
爽やかに笑うその顔に、またときめきを覚えました。ですが、先ほどまでの気まずさはなく、言葉を続けます。
「ところで、職務放棄のお咎めは受けなかったのでして?」
その言葉に、一瞬驚いた表情を浮かべたゲオルグでしたが、頬を掻きました。
「いや、実はな……罰どころか女王様から褒美を貰ったんだ」
「え? 何故、女王様が?」
「知らんが、君の無事をとても喜んでいたぞ」
毎年一緒にダンスしているくらいは可愛がっていただいてますし、だから心配していただけたのかしら?
でも、褒美まで出されるなんて……
「僕も言いたかったことがある」
真剣な顔で私を見つめるゲオルグですが、その視線に応える余裕はありません。
「生きていてくれてありがとう」
その言葉と同時に緑色の瞳が優しく光りました。日に焼けた少し茶色い肌、すっとまとまった鼻、少し乾燥した唇――
ボン。私の中で何かが弾け飛びました。鼓動だけが聞こえる世界になってしまいました。視線を慌ててそらしました。
正直に言ってしまいますと、今すぐ抱きついてしまいそうでした。口づけしたいほどでした。
ですけれど、手の届くところにいるのに、伸ばす勇気がありません。そんな支離滅裂な自分に俯きます。
その後は、風だけが静かに2人の間を通り抜けていきました。
「……それじゃ、マーガレット。僕は失礼する」
その言葉にも、私は頷くことしかできませんでした。
彼を見送った後、私は慌てて部屋に戻り、堪えていた涙が零れました。勇気のない自分に、腹が立ちました。きっと彼の気分を害してしまいました。嫌われたに違いません。
幼い頃は、あんなに仲良くできていたのに……
ずっと以前から募らせていた想いでしたが、このように狂おしいほどではありませんでした。
死を覚悟したあの瞬間、飛び込んで来た姿を見てから、全てが変わってしまいました。胸が苦しくて苦しくて、息が出来ないほどでした。
あの緑色の目が、鍛え抜かれた胸が、あの匂い、全てが恋しいなんて、初めての気持ちでした。どうしたら、この苦しみから救われまして?
枕を涙で濡らしていると、部屋にノックが響きました。
「お嬢様? いかがなされましたか?」
「な、何でもありませんわ。それで、何でして?」
「カイラル様がお呼びでございます」
サロンに入った私を見たお父様は、驚いた顔で心配そうに声をかけてきました。
「おお、私の可愛いマーガレット。目を腫らして何があった?」
「な、何でもありませんわ……どうかしまして?」
お父様は眉間にシワをよせ、いつになく険しい顔をしておりました。
「フィヨングル家から、お前宛にパーティの招待状が来た」




