第5想 すれ違う二人
1週間が過ぎ、私は家の中を歩き回れる程度には回復していました。本当に辛い毎日でした。動けないというのが、これほどに気力を奪うのかと思い知りました。
毎日のように、ソフィアがお見舞いに来てくれましたが、同じ場所でずっと話すだけというのは性に合いません。
早くまた、平民街へ遊びに行きたいと強く思いました。
「マーガレット」
庭へ出ようとしていた私の後ろから、私にとって一番恐ろしい声がしました。すぐに振り返ります。
「は、はい!」
「庭に出たくなるほど回復したようね、良かったわ」
「はい、お母様」
私の返事に、お母様は微笑みながら尋ねました。
「今回の事件……何が原因で起こったかしら?」
聞かれると思っていた質問でした。事件を起こしたのは私ではありませんが、防げなかったというのも事件の原因です。
「……私の油断です」
「そうね。なら、もし防ぐ方法があったとすれば、それは何かしらね?」
「……」
その想像は退屈なベッドの上で、何度もしました。だから、私には分かっています。
「悪漢に触れられた時点で、寝技を決めていることですわ……」
私の言葉にお母様はにまりと笑いました。私は、その笑顔に恐怖しました。
「もう貴女も16、いい頃合いね……オリジン家に伝わる秘伝の奥義を授けるわ」
「『殿方ですらダメになる寝技』、以上の技でして!?」
「ええ、もちろん。これを習得できれば、貴女に敵はないわ」
さらに上があるとは驚きました。
「では、稽古をつけるわよ。準備ができたら、私の部屋に来なさい」
「はい!」
そして、何よりわくわくしていました。もっと強くなれてしまいまうのですから、願ってもないことでした。
私は部屋に戻ると下着を替え、パジャマに着替えました。それから、お母様の部屋の前に立ち、深呼吸を1つします。
コンコンコン。ノックをすると、中からお母様の「入りなさい」という声が聞こえました。
私は部屋に入り、扉を閉めました。お母様は黙って頷きます――
◇◇◇
「はぁはぁはぁ……」
私は息が上がっていました。
「こ、これが、秘伝の、奥義……『極上の寝技』、よ、はぁはぁはぁ……」
お母様も息が上がっていました。それもそのはず、約2時間、みっちり稽古をつけてくれたのですから、お母様とてお疲れになって当然ですわ。
「あとは、貴女なりに、磨き上げなさい」
「はい! お母様、ありがとうございました!」
それから、2人でサロンに入ると、お父様が箱を持って、帰って来ておりました。
「お、セイレーン、マーガレット、ケーキ買って来たぞ! 生クリームた〜っぷりの奴だ」
「本当ですか!?」
「あら、貴方……気が利くわね」
テーブルに広げられた数種類のケーキは、どれも生クリームをふんだんに使ったものばかりです。
何故なら、私はもちろんですが、お母様も大の生クリーム好きだからです。
「あら、美味しいわね。カイラル、どこのお店かしら?」
「最近出来たらしい店でな。平民街の市場の近くだ」
「この味を知ると、やはり平民も貴族も関係なく、美味しいものは美味しいわね」
「市場の辺りはよく行きますから、今度、私も探してみます」
「そういえば、マーガレット。サニアの裏で動いているのが何者か分かったぞ」
「そうなのですか? 考えたくもありませんわ」
私が次のケーキに手を伸ばすと、お母様にぱちんと手を叩かれました。そして、そのケーキをお母様は手元に持っていきました。
「ぶー……お母様、ズルいですわ」
「わたくしより強くなったら譲ります」
「……絶対なりますから」
私とお母様のやり取りに、ふぅとため息をついてお父様は話を再開しました。
「マーガレット、お前に興味がなくても、国を動かす一大事、我が家にも影響が出るやもしれん」
「何故でして?」
「第2王子の担ぎ頭、公爵のフィヨングル家の仕業の可能性が高いんだ」
「ロデオ様の? オリジン家に何の関係がありまして?」
「うちは、アレックス殿下の担ぎ手。主導権を握られれば、我が家の繁栄も危うい」
説明をされても、いまいちピンと来ませんでした。ケーキも食べ終わり、紅茶を口に運んでいると、ナプキンで口を拭きながら、お母様がひと言添えました。
「わたくしは、オリジン家の繁栄など、どうでもいいわ。だけど、次負けないようにするためにも、相手を知ることは大事じゃなくて?」
「確かに、そうですね……」
「そうだな。次、巻き込まれないためにも、フィヨングル家には注意するように」
紅茶も終わり、会話に飽きた私は、お風呂に入ることにしました。
「『極上の寝技』……凄かったですわね」
私は湯船に浸かり、お母様と稽古をした2時間を思い出していました。
時には体勢を確認したり、湯から上がり、メイドに技を受けてもらったりと、すっかり長湯になってしまいました。
風呂から出た私は、鏡の前で寝支度を整えてもらいます。
いつも思いますが、私のこの黒髪は誰譲りなのでしょうか。お父様もお母様も金髪ですのに……
そんなことを考えていると、支度は済みました。そして、部屋に戻ろうと、廊下を歩いていました。
すると、ノーマンが部屋の前で待っていました。「どうかしまして?」と尋ねると、1つの小さな木箱が私に渡されました。
「これは?」
「先ほど、ゲオルグ公爵がお見舞いに来られまして、使ってくれと置いていかれました」
箱を開けると、ひと言だけ添えられていました。『傷薬だ、早く良くなってくれ』ゲオルグらしい殴り書きでした。
私はすぐさま部屋に飛び込みました。そして、枕に顔を埋めます。大声を出す準備はできました。
「何で長湯してる日に限って来ましてぇぇぇっ!」
死を覚悟したあの瞬間、飛び込んで来たゲオルグが思い出されていました。あれから、毎晩あの凛々しい姿が浮かんできます。
ですけれど……あれ以来、ゲオルグとは、一度も会えていませんでした。今日が久しぶりに会える機会だったというのに、それを逃してしまいました。
「私のバカァァァッ!」
叫んで気持ちが少しすっきりしたところで、ふとお父様の話を思い出しました。
そういえば、フィヨングル家と言えば、聖域教団と繋がりが深いと、前にソフィアから聞いたことがありますわね……




