第4想 サニア・レンドール
この日は、いつものように、平民街へソフィアと遊びにきておりました。最近、楽しみ方が分かってきまして、2人ではしゃいでおりました。
少しすると、ソフィアは足をモジモジとさせていました。
「お花摘みでして?」
「え、ええ……すぐ戻りますね〜」
いつものことでした。3、4時間は遊んでいますから、どうしても1、2度、多い時はそれ以上、席を外すのは仕方のないことですわ。
1人になって、手持ち無沙汰に周りを見ておりましたら、薔薇が大輪を咲かせているではありませんか。
私は近付き、薔薇の匂いを嗅ぎました。とても良い香りです――
「っ!?」
後ろから誰かにしがみつかれ、布を口に当てられました。振り解こうとし――あら……意識が……
ばしゃん! 派手な音と衝撃、冷たさに目が覚めました。視線の先には、バケツを抱えた小汚い殿方が薄ら笑いを浮かべていました。
この――
手を動かそうとしましたが、金属音と共に動きを止めました。
確認すると、鉄の柱に手錠で繋がれていました。加えて、足枷まで付いていることに気付きました。
ご丁寧なことですわね……完全に油断しましたわ。
「お〜怖っ! この状況で怖がるどころか睨んで来るのかよ。見た目は良いのにな〜野獣姫とはよく言ったもんだ」
手さえ動けば……そう思わずにはいられない屈辱的な状況でした。何か方法はないのでしょうか?
周囲を見渡しました。
薄汚れた石壁に、古い木のテーブルと椅子があるだけでした。とても、今の状況を打破できる代物ではありません――
バンと扉が開きました。そこに現れたのは――
「……サニア・レンドール」
「ざまぁないわね、マーガレット・オリジン! はっ! 清々しい光景ね!」
彼女は近付いて来ると、私の顎を掴み、ぐいと引っ張りました。
「あんたのお陰で、うちは……レンドール家は、周りの貴族から笑いものになったわ」
バチンと頬を力いっぱい叩かれました。私は彼女の目を睨みました。ですけれど、焦点があっていませんでした。
まさか、何か薬を?
「でも、別にいいのよ! 王子は1人じゃないから! やっとあの日の屈辱が晴らせるわ! もうあんたの顔なんて二度と見たくないから、ここで消えてちょうだい!」
「うっ!」
ヒールで思い切り踏まれました。刺さるような痛みが走ります。そこからは、何度も何度も、体中を踏みつけられ、息が止まり、視界が歪んでいきました。いつしか痛みで意識が朦朧としていました。
「ひゃーはっはっはっ! 死ねっ! 死ねっ! 死ねっ!」
これは、殺されるかもしれません。あまりの痛みに意識を保つことを諦めかけていました。
ドスッドスッという衝撃に、ただ体が揺れ、耳も遠くなり始め――
バタンッ! 扉の蹴破る大きな音がしました。
「……マ、マーガレットォォォッ! 貴様らぁぁぁっ!」
耳に飛び込んできた声に、私は心から安堵しました。その声の主は、こんな小物に絶対負けない強いお方ですもの。
そして、私がお慕いしているお方――
「ゲ、オル……グ……」
スッと剣を抜き、襲いかかる悪漢の剣を躱し、颯爽と斬り伏せました。そして、サニアを睨みつけていました。
「ひ、ひぃっ! ま、マクイーズ公爵っ! 何故ここがっ!」
「女性に手を挙げるのは流儀に反するが……マーガレットをこんな目に遭わせてくれた礼はしないと――なっ!」
ゲオルグの拳がサニアの顔面を捉え、サニアは盛大に吹き飛び、壁に当たって落ちました。
私はゲオルグに抱き上げられました。嬉しいはずでしたが、もう意識が飛びそうでした。
「く、来るのが少し、遅いんじゃ、なくって……」
「すまない、場所が分か――」
私は意識を失いました――
◇◇◇
目を覚ますと、大粒の涙を流すソフィアの顔がありました。
「……ソフィア?」
「良かったぁぁぁっ! もう起きないんじゃないかと思いましたよぉぉぉっ! あたしがマーガレットさんを1人にしたせいで死なせちゃったら、あたしも死のうと思ってましたよぉぉぉっ!」
「……痛。貴女のせいではありませんわ、安心してください」
体を起こそうとした私は、痛みに怯みました。
「寝ててください! 全身傷だらけですから、絶対安静ですから! あたし、皆さんに知らせて来ますね〜」
ああ、そうでしたわね。私、殺されかけたのでしたわ。そして、ゲオルグが助けに来て、来て、むふふ――
「きゃぁぁぁ――っ痛たたた……」
悶えようとしたら、あちこち痛くて別の意味で悶えてしまいました。それにしても、あの時のゲオルグは、本当に格好良かったですわ。
「マーガレットォォォッ!」
「い、痛いですわ、お父様……」
ソフィアが部屋に戻ると、お父様とお母様が一緒でした。お父様が涙を流しながら抱きついて来ました。
「マーガレット」
「は、はい、お母様……」
「貴女、油断したわね?」
「……はい」
「でも、本当に無事で良かったわ」
お母様はそう言って微笑むと、部屋を後にしました。
「いつまで抱きついているのですか、お父様?」
「こんなことでもなければ、抱きつかせてくれないだろう? だから、もう少し。ちっちゃい頃はあんなに抱っことせがんでくれていたのになぁ」
「もう……子どもではありませんわ」
「はは、無事とは言えないが帰って来てくれて本当に良かった。あとはパパに任せておけ」
そう言い残して、お父様も部屋を出ていきました。残ったソフィアに聞きたいことは1つだけですわ――
「ゲオルグ公爵なら、仕事に行きましたよ〜。とても心配してましたけど、オリジンご夫妻が心配せず、仕事に行くように説得してましたね〜」
「……そうなのですか」
尋ねる前に彼女は、答えてくれました。正直、落ち込みました。私より、仕事の方が大切なのかと思うと、胸が張り裂けそうでした。
「だって、職務放棄して助けに行っちゃったんですよ〜? その後、また職務放棄は……さすがにマクイーズ家の信用に関わっちゃいますよね〜」
「え? 今なんておっしゃいました?」
「マクイーズ家の信用に関わる、と?」
「その前ですわ、職務放棄して助けに来たのでして?」
「そうですよ〜? 隊長ですから、皆止めましたし、代わりに行くと言ってくれてる猛者たちもいたらしいですね〜それなのに、ゲオル――」
私のために、全てをかなぐり捨ててくれたみたいです。……うふ、うっふっふっ――
「――って、聞いてますか〜マーガレットさん?」
「え、あ、はい?」
「それから、サニア・レンドールは、牢屋の中で毒殺されていたそうですよ〜まさかこんなことになるなんて、あたしも思いませんでした……」
ただの嫉妬からの始まりでしたのに……お気の毒ですわね。
「……きっと何か言われては困ることがあったのでしょうね」




