第3想 王子アレックスの苦悩
今日は何をしようかしら。さんさんと降り注ぐ太陽がとてもいい気持ちにしてくれます。
「お嬢様、お客様です」
それなりに広いオリジン家の庭を散歩していました。そんな私を見つけ出すノーマンは、さすが優秀な執事ですわ。
「どなたでして?」
「第1王子であらせられます」
「アレックスッ!? 何故!?」
私は頭を抱えました。毎回毎回、婚約婚約と……いつからでしょうか、アレックスは躍起になってしまいました。
それまでは楽しく過ごせる間柄でしたのに。今では、まるで喜劇のように告白問答を繰り返すだけの間柄になってしまいました。
「マーガレット! 今日も一段と美しいな!」
「御機嫌よう、殿下。ありがとうございます。何の用でして?」
「いや、何。お前と散歩がしたいと思ったものでな」
「散歩でしたら、先ほどまでしておりまして――」
「ほら、日傘だ。行くぞ!」
相変わらず、強引なお方ですわね……
「仕方ありませんわね。ノーマン、行ってまいりますわ」
「お嬢様、お気を付けて。アレックス殿下、お嬢様をお願いいたします」
「ああ、任せておけ!」
傘が影を落とし、前を歩くアレックスの表情は見えません。それにしても、どこに向かっているのでしょう?
「さて……我が国の民は、平和に暮らせているかな?」
「アレック……殿下、まさか平民街に?」
「そのつもりだ。どこかの誰かが先日、楽しそうに平民街を歩いていたと聞いてな」
「……仮にも王子でしてよ? 軽率すぎますわ。せめて、護衛くらい――」
「いるだろう、護衛」
アレックスは私を指さしました。
「わ、私ですか?」
「武闘派で知られる筆頭公爵の娘にして、どこでも誰でも寝技をキメる品格の疑われる令嬢。護衛にうってつけじゃないか?」
「品格が疑われるですって!?」
手が動きました。危うくアレックスに寝技をキメるところでした。寸前のところで、手は止まりました。
「ギ、ギブだ! 俺が悪かった!」
――はずでしたが、止まっていなかったようで、地面にアレックスを押し込んでキメていました。
慌てて体を解放すると、アレックスは体に付いた土埃を、払いながら笑っていました。
「ご、ごめんなさいっ!」
「本当、お前だけだよ。政治も立場もすべて忘れさせてくれるのは、はは」
平民街に入ると、変わらずとても賑やかでした。
通り過ぎる商人も、行き交う労働者も誰一人として、私たちを見ません。ただ、自分の暮らしをしています。
「お前は貴族と平民、どっちがいいと思う?」
「難しい質問ですね。一長一短ありますし」
「俺は平民の方が良かった……」
アレックスにしては、含みのある言い方ですわね。その様子から、自然と足が向き、先日の高台に着いていました。
「何かありまして?」
「ロデオが……裏でこそこそやってるんだ」
「誰でも秘密の1つや2つ、ありましてよ?」
「違う。もっと根深い問題だ」
「私、殿下はロデオ様と仲が良かったと記憶しておりましたが?」
「仲は良いんだよ。だけど、俺が16になった。王位継承権を持つのは俺だけになった。だから、ロデオを担ぐ第2王子派の貴族たちは慌てているんだろう」
何だか分かりませんけど、アレックスはアレックスで悩んでいるんですわね。
「大丈夫ですわ。アレックス、貴方ならできますわ」
昔から、彼を励ます時はこう言ってきました。その言葉と同時に微笑みます。視線をそらし、俯いたアレックスを見つめること、十数秒でしょうか。
がばっと勢いよく顔を上げたアレックスが、ぐいぐいと私に迫ります。
その勢いに負けて、ジリジリと後ずさりました。気付けば、後ろは風車の壁となり、身動きが取れなくなりました。
風車の軋む音だけが聞こえます――
「で、殿下?」
ドンッとアレックスは、壁に力強く手をつきました。
「お前はそうやって、いつも俺を狂わせる……」
近付く顔――認めたくありませんが、胸がドキドキしてしまっています。
さらさらと風に揺れる絹のような金髪の中から、凛々しく輝く青い瞳が力強く見つめています。
あら? アレックスったらいつの間にこんな素敵な殿方に?
いけませんわ、私はゲオルグが好きなのではありませんか!
思いとは裏腹に、口づけしてしまうのではないかという至近距離に――
「あれ〜? マーガレットさんじゃないですか! それに殿下までいるじゃないですか〜御機嫌よう」
その声に慌てて離れて距離を取ったアレックスは、恨めしそうに声の主を睨んでいました。
「何でもう少し待てなかった……」
アレックスがつぶやきました。
その声の主は、ソフィアでした。市場で遊んでいたそうで、たまたま見つけたと話していました。
私としては、心から助かりました。危うくアレックスの初めての口づけを奪われてしまうところでした。
「何か言いましたか、殿下〜?」
「いや、何でもない。もう俺の用は済んだ。先に帰るぞ」
少し不機嫌で、足早にアレックスは立ち去りました。
「危なかったですね〜」
この一言に、私はビクッとしてしました。
「み、見ていたのでして?」
「はい〜殿下に寝技をキメたあたりから、にしし」
「な、何でして? その笑いは!」
「はは、殿下もまんざらじゃないんですね〜」
「違っ……あれは強引に」
「とか言いながら、最後は受け入れる気満々に見えましたよ〜? あたしの個人的な理由で止めましたけどね〜」
「満々ではありませんわ……違いますわ……」
「いいんじゃないですか〜? 恋せよ乙女と言いますし」
「あ、貴女の個人的な理由って何でして?」
ソフィアは、にこにこしていた顔をさらに満面の笑みに変えました。
「マーガレットさんが王宮に入っちゃったら、気軽に遊べなくなっちゃうじゃないですか〜そんなの嫌ですよ〜」
「……私も嫌ですわ」
「ですよね〜それじゃ、今日はこれから何しちゃいますか〜?」
「そうですわね、何か面白いものはありまして?」
「ちょうど今、有名な劇団が来ているらしいので、見に行きませんか〜?」
「げきだん?」
「見れば分かりますよ〜」
ソフィアに連れられて、大きなテントが張られた町外れにやってきました。老若男女が詰めかけており、皆が笑顔を浮かべていました。
こんな光景は、貴族街、社交界では見ることは叶わないでしょう。素晴らしい雰囲気でした。
薄暗い中に入ると、少し蒸していて、汗臭さを感じます。それほどしないうちに、幕が上がり、役者が演技を始めました。
その内容は、王位を巡って争う兄弟の話でした。




