第2想 箱入り娘の恋模様
この日、私はクライス公爵家のソフィアの部屋を訪れていました。
可愛らしい桃色と白を基調にした家具で揃えてあり、居心地がとても良い空間になっております。
「先日、マーガレットさんに絡んで来た方はサニア・レンドールさん、侯爵令嬢18歳です」
「レンドール侯爵家? 存じませんわね」
「どうやら、殿下に恋してたみたいで、普段のマーガレットさんからの扱いを見かねたようですね〜」
その言葉に私は驚きました。幼い頃からアレックスをよく知っていますが、彼に恋ですって? そんな要素を一度も感じたことがありませんわ。
「あれのどこに恋愛対象としての魅力が?」
「嫌ですよ〜マーガレットさん。それ、素で嫌味ですよ〜?」
「え? 何故でして?」
「あのお美しい見た目に甘い声、綺麗な立ち姿に加えて、第1王子ですよ〜?」
まあ、確かに見た目も声も悪くはありませんね。家柄も王家ですから……世間一般では申し分なしといったところなのでしょうか。
「そうですわね、世間一般では魅力的なのでしょう」
「それです! 嫌味ですからね〜?」
「何故でして!?」
「あんなに殿下に言い寄られておいて、興味ないみたいな感じは嫌味でしかないですよ〜」
「そ、そうかしら。で、でも、あの言い寄られ方、されてる側に立てば分かりますわ! とても首は縦に振れません! そもそも、私にはゲオ……ゲホゲホ、なな、何でもありませんわ」
「とにかく、マーガレットさんは周りから妬まれているんです! 自覚してくださいね〜」
「わ、分かりましたわ……」
「それじゃ、ドレスを仕立てに行っちゃいましょうか〜」
私たちは、クライス家の馬車に揺られて街に出ました。連れられて来たのは、クライス家御用達の仕立て屋でした。私は持参した例のドレスをテーブルの上に広げました。
「このドレスと同じ物、縫えまして?」
お母様には、まだ内緒にしたままのドレスがテーブルに広がっています。
「同じ物を仕立てるより、染み抜きされた方が早いかと」
「しみぬき……? 何でして、それは?」
私の問いに、眼鏡をかけた店の女性は笑いました。
「このくらいのシミで作り直そうと思えるのは、お嬢様たちくらいですよ」
「あたしとしたことが、調査不足でした……」
ソフィアは肩をがっくり落としました。それはそうでしょう。出会った頃から、知らないことがあるのを許せない方でしたからね。
「2、3時間で終わりますので、平民街でも楽しんでくださいな」
私たちは店を出ました。子どもが駆けて回っています。色とりどりの果物や見たこともない雑貨が並ぶ賑やかなところでした。
「せっかくですし、散歩しましょうよ、マーガレットさん」
「そうですわね」
あれもこれも、見たことがないものばかりです。何に使うのかさえ、分からないものもたくさんありました。
「よ! そこの綺麗なお姉さん! 貴族の方かい? うちの店の商品は貴族にも大人気だよ!」
「そうなのでして……これはおいくらかしら?」
私はふいに腕を引っ張られました。ソフィアが呆れた顔を浮かべています。
「何買おうとしてるんですか、マーガレットさん……」
「え? だって貴族にも大人気だと言ってましてよ?」
「嘘ですよ、嘘! もしかして、市場、初めてですか?」
「16歳を過ぎたから、市場に行っても良いとお父様に言われましたわ」
「さすが、筆頭公爵オリジン家のおじ様。あたしとは比べものにならない箱入りに育てましたね」
「ソフィアだって、公爵家ではなくって?」
「そうですけど、オリジン家だけは特別なんですよ、公爵の中でも」
「よく分かりませんわね」
それから、市場を抜けて、風車のある高台に見えてきました。ソフィアがぜひとも私に見せたいものがあるというので、その高台へ登りました。
「どうですか、この景色? 良くないですか〜?」
「ええ、とても」
風が体を気持ち良く吹き抜け、髪を軽くまとめ上げました。視線の向こうには貴族街、そして王宮が見えました。
芝生がサラサラと音を立て、それは貴族の建前や社交界を忘れさせてくれる時間でした――
「ここ好きなんですよ〜それで、マーガレットさんって、ゲオルグ公爵に告白しないんですか?」
「ぶぅぅぅっ! ここ、告白って、告白って貴女……な、何を言っているのでして?」
「え、まさかバレてないと思ってるんですか?」
「え? バレてるのでして?」
「気付いてないのは、殿下くらいじゃないですか?」
「え!? ゲオルグにもバレてまして!?」
あまりの動揺からソフィアの肩を掴み、ぐわんぐわんと揺さぶる。
「お、落ち着いてくださいよ〜バレてれば儲けじゃないですか〜? マーガレットさんの想いを知っててダンスを誘って来たんですよ〜? 脈ありじゃないですか〜」
「待ってください! それなら何故、ゲオルグから告白して来ないのでして?」
今度は無意識に草原へソフィアを押し倒して、寝技をキメてしまいます。
「ギブ、ギブギブ、ギブですって!」
「あ、ああ、ごめんなさい、つい……」
「ついの度合いじゃないですよ、まったく〜」
私から放たれた腕を振りながら、ソフィアは困り顔で語りました。
「知ってて待っているなら、相当な奥手なんじゃないですか〜? それに、知らない可能性だってもちろんありますし」
「好きでして? 彼は私を好きなのですか?」
再び肩を揺さぶってしまう。
「どっちにしても、嫌味な話ですよ〜? 第1王子と警備隊長、どっちも女性人気の高い殿方から言い寄られて悩んでるんですから」
「……」
「さてと、行きましょうか。出来上がってるはずですよ〜」
ゲオルグは私が好きだと知っているのでしょうか。もう、それしか頭には考えられませんでした。
ドレスのシミが綺麗になくなっていても、たまたま通りすがりに喧嘩していた殿方たちを軽くのしてしまっても、私にとっては些事でした。
「――って、マーガレットさーん? 聞いてますー?」
「え、あ、はい? 何でしたかしら?」
「はぁ……恋は盲目、とはよく言ったものですね〜大丈夫ですよ〜マーガレットさん。ゲオルグ公爵はマーガレットさんが好きだと思いますよ」
「何故でして?」
「だって、マーガレットさんは、この世のものとは思えない美貌に加えて、とても可愛らしい方なんですから! あたしが保証しますよ〜」
本当にソフィアは優しい方ですわ。それにしても、ゲオルグ……貴方の本心はどちらでして?




