身に余るお礼
ひとしきりのお辞儀の応酬?が終わり中へ通された
入り口からは見えなかった部分を見ると想像以上に広く一つの席がゆったりできるようスペースが広い
落ち着いた風合いの照明が時間を忘れそうな空気感を作っているし椅子やテーブルの細部に至るまで彫刻のような模様彫りされている
(フォーマルスーツで良かった…)
ビビりすぎて情けないとはおもいつつこんなに落ち着いた大人達のお店だとは
「いかがでしょう狭い店ですが三十年近くやらせて頂いてます」
にこやかに月島さんのお父さんは宗馬の緊張ほぐす為か柔らかな声で語った
「これから全身全霊で腕を振いますので、桐生さん是非ご堪能下さい」
そう言って頭を下げて厨房に入っていった、どうやらもう一人サポートのシェフも居るようだ
「父張り切っちゃってますね、大丈夫ですよ桐生さん私がお相手しますので」
「あはは、いやお恥ずかしい、こんな良いお店は初めてでして…月島さんも普段はこちらで?」
「ハイ、私は専門出たのが二十過ぎの頃でしたので約十年となりますがまだまだ父から厳しい評価されてます」
「ほう、専門って事は調理、フレンチの?」
「ええ、幼い頃から父と母を見てましたので自然と意識が向いていたのでしょうね」
(確かお母さんは早くに亡くされたと言ってたな…)
「三十年もやれてるのは、やはりお店も月島さん達も愛されているんですね」
「うふふ、だと良いのですが自分じゃ目の前に精一杯でまだまだ余裕は無いですよ」
そんな話をしていたら一品目が運ばれてきた
「こちら食前酒でございます」
ああそうだ、こういう凄いとこって食前酒が出るんだ
宗馬は未知の世界に変な感動をしていた
「桐生さんはお酒飲まれますか?」
「嗜む程度ですが強くは無いんですよ」
「うちはワインの取り扱いもありますので遠慮なく申しつけて下さいね、とりあえずこれで乾杯」
「ありがとうございます、乾杯」
スッキリ飲みやすい食前酒、少しフルーティーさが香る
そのまま前菜が運ばれた
お皿にちょこんと可愛らしいサイズがフレンチフルコースらしい
野菜が綺麗に敷かれた上にかかるのはソース?ムース?とにかく一口食べてみる
「…え?」
声が漏れた
なんだこの味の波は、複雑なのに只々美味としか言えないバランスのもはや作品である
「いかがですか桐生さん」
「…いや本当言葉が…凄い美味しい」
月島さんは笑みを浮かべながら同じように食べ進める
食べていく姿が美しい
前菜を食べ終えた時ウェイターがこれまた綺麗な動作で下げていく、音もならさず人の存在感すら消してるような気までする
その後スープが運ばれてきた、ふんわり湯気と共に間違いなく美味いだろう香りが漂う
一口目で電撃が走る
肉や魚と言った主菜を口にしたかのような存在感
宗馬が飲んできたスープと種類が違う、と言うよりスープなのかこれはと混乱までしていた
あまりの驚きに表情が変わるので月島さんはクスリと笑っている
(こんな世界があるのか…まだメインも来てないんだぞ?)
「凄いです…いや、凄いです」
「桐生さん、語彙力が」
笑われながら「貸切ですしリラックスしてください」
ヨシヨシと宥められるとは情けない
そうこうしている内にメインの一つと言われた魚料理がきた、メインの一つと言う意味がもうわかってない
芸術品のようにバランスよく仕立てられた白身魚とカラフルな焼き野菜と掛かる白っぽいソースはなんなんだろう?
「こちらは今店で扱いのある金目鯛になりますね、お野菜も契約農家さんから直送されてる鮮度良い品になります、ソースは白いですが梅の香りがしますよ」
説明だけで潰されそうだなと思いながら一口
「柔らか…!ソースとのバランスが絶妙で互いが主役になってる…!」
なぜか料理評論家になる人の気持ちがわかった瞬間であった
魚は焼く、煮るぐらいしか知識無い独身男性が技術で高められた物を食すと驚くしか出来ない
それが今夜わかったのだ
あまりの驚きように月島さんも「楽しんで頂けてるようで何より」と言う
ゆっくり味わい無くなる事が名残惜しい
月島さん曰く「一旦ブレイクタイムです」
どういう事だ?と首を傾げてると
「グラニテでございます」
(ん?デザート?シャーベットみたいなのが)
「こちらはグラニテ、氷粒が少し大きいお口直しになります、この後にメインがもう一つ出ますので」
「へぇ〜食間に口直しの冷たい物が出るんですか」
サクサクとしたスプーンの当たる触感、さっぱり冷たい氷がリセットしていく
「不思議な感覚です」
「フレンチコースならではですね、品数が多いのもありますが一品一品の味付け幅が広いのも特徴なんです」
説明を受けながら凄い勉強になると感心していた
「こちらアントレ、お肉料理でございます桐生様」
メインのお肉を運んできたのは月島さんのお父さんだった
「あれ?お父さんどうしたの?」
「どうしたのじゃないよ、私も桐生さんとお話したくてね、後はサラダとチーズとデザートだからチーフに任せてきたのだよ、着替えたらまた来るよ」
自分と話をする為に来てくれたのか、とんでもなくご馳走になってて恐縮してるのだが…
「本日のお肉は鴨のコンフィオレンジピールのジュレ添えでございます、是非ご堪能下さい」
一礼をして月島さんのお父さんは一度去って行った
とりあえず目の前の逸品を頂こう
確か鴨のコンフィ?と言っていたが…
ナイフを入れた瞬間に理解した、柔らかすぎる
液体にナイフを入れたような感覚だが切り口から肉汁が流れ出ている
これにオレンジピールジュレ?を付けて一口
「うま…」
今日は語彙力が消滅しているのは仕方ないとしか言えない
これまでの人生で経験のなかったレベルのお店を初体験しているのだ、感情は爆発しているのに言い表せれないもどかしさがある
「うちのお店お気に召して頂けましたか?」
月島さんの言葉に返す言葉なんて一つしかない
「人生最高の経験させて頂いてます」
「良かった…」
メインも頂きサラダやチーズと続いてデザート、コーヒーまで用意された時月島さんのお父さんが席に着いた
「いかがでしたかな?まだリハビリ明けで本調子で無かったのが悔しいのですが心込めさせて頂きました」
「いや、本当に至高の経験させて頂きお礼を頂きすぎですよ!」
ハハハと三人で笑い合う
本当にここまでのもてなしを受けて良いのか、今更になって宗馬は考え込むのであった




