第54話 流石に義姉(シスター)がシスターとかあるワケないか!
「来てみたは良いものの……そっか、教会だもんな。そりゃ今日は忙しいか」
陽葵との待ち合わせ時間までまだ少し余裕があるので、その前にシスターさんに告白の勇気をもらおうと教会にやって来たが、どうやらイベントをしているらしかった。
とても賑わっている――とは言い難いが、教会の入り口からひょっこり中を覗いてみたところ、住宅街に住む家族が子供連れで参加している姿が多く見られる。
中にはいつもの如く牧師のお爺ちゃんがいて、他にも数名のシスターが子供にお菓子を配ったり、話をしていたりしていた。
流石に今日は懺悔室は解放されてない。
とすると、もしかしたらあのシスターさん達の中の誰かが、いつも懺悔室のカーテンの向こう側にいるシスターさんだったりするのだろうか。
一度くらい直接顔を合わせてみたい。
そんな気持ちがないわけではないが、だからと言ってあの中にいるシスターさんに片っ端から「懺悔室のシスターさんですか!?」と聞きに行く勇気はちょっとない。
それに、そうまで必死になって探していたら、後々シスターさんに『そこまでして私に会いたかったんですか?』とからかわれそうだ。
いやまぁ、シスターさんにからかわれるのは、やぶさかじゃないんだが…………
と、そんなことを考えていたときだった――――
「ママ、あのねあのね! このお菓子くれたシスターさんすっごく綺麗で可愛いお姉ちゃんだった!」
元気の良い少女が母親にお菓子の袋を見せながらそんな報告をしている姿があった。
ほほう。
その歳でシスターさんの良さがわかるとは、将来有望だな。
それで、そのシスターさんはどこにいるんだ? と俺と同じことをその少女の母親も思ったらしい。気になる理由は違うだろうが。
「あら、どのシスターさん? お礼言わなくっちゃ」
「うーん、もう帰っちゃったみたい。なんかね、えっと……今日は沢山の人の特別な日で、そのお姉ちゃんにとっても楽しい日だって言ってたの!」
「このあと予定でもあるのかしらねぇ~?」
残念。
俺もその綺麗で可愛いシスターさんとやらを一目見てみたかったが、ちょっとタイミングが遅かったらしい。
今度懺悔室でシスターさんに聞いてみよう。
この教会に綺麗で可愛いシスターさんがいるらしいんですけど知ってますか? って。
多分シスターさんは『今子羊くんとお話してるじゃないですか』なんて答えるんだろうけど。
ただ、それもこれも今日は叶わぬ話。
教会は忙しそうで懺悔室も開いていないとなると、これ以上ここにいる理由もない。
まだ少し時間には早いが、駅まで戻って陽葵がクリスマスイベントのボランティアを終えるのを待っていよう。
「って、陽葵のボランティア先ここだったりしてな」
学園で【日溜まりの聖女様】と呼ばれて慕われる陽葵には、きっとシスター服も似合うに違いない。
コスプレで良いからいつか着てみてほしいなぁ、なんて贅沢なことを考えながら身を翻してきた道を戻ろうとする。
「へっ……!?」
そんな驚き声が背中越しに聞こえたものだから、思わず足を止めて振り返えると、ちょうど今思い浮かべていた人物の姿がそこにあった。流石にシスター服は着ていなかったが。
「つ、司くん!? どうしてここに……!?」
少し慌てた様子で駆け寄ってきた陽葵。
相当俺が陽葵を近くまで迎えに来たことが意外だったようで、琥珀色の瞳を真ん丸にして見つめてくる。
「あぁ、いや。実はこの教会に色々お世話になってる人がいてさ。偶然にも陽葵のボランティア先がこの辺りらしいから、迎えに行くついでに挨拶でもしようと思ってたんだよ」
まぁ目当ての人はいなかったんだけど、と後ろ頭を掻きながら困ったように笑うと、陽葵は何故か少しホッとしたように微笑んで「そっか」と反応した。
「ってか、ここに陽葵がいるってことは、もしかしてボランティアの場所って――」
「――あああうんっ! ここからちょっと歩くけど、そこまで遠くないところなんだ~!」
どうやらこの教会ではないらしい。そりゃそうか。
俺の義姉が教会のシスターでしたみたいな、誰が上手いこと言えととツッコミを入れられそうな展開、あるワケないか。
冬で冷え込むのに、更に冷えるような親父ギャグを考えるんじゃないよまったく俺は。
「で、でも、そっかぁ。ふふっ、司くんわざわざ迎えに来てくれたんだ~」
陽葵は両手を腰の後ろに回すと、俺の顔を覗き込むように前のめりになってはにかんだ。
「嬉しいなぁ。ありがと~」
「っ、どういたしまして……」
いちいち素振りが可愛い。
わざとなのか、無自覚なのか……どちらにせよ、聖女様とか呼ばれてる割にはちょっとあざといところあるんだよな。
まぁ、そこが良いんですけどね。
「ねぇねぇ、このあとどこ連れて行ってくれるの?」
どうやら俺が想像していた以上に今日のことを楽しみにしてくれていたようで、陽葵が期待に瞳を輝かせながら尋ねてくる。
俺は気恥ずかしさを誤魔化すように、冷気に負けず熱くなった頬を指で掻く。
「最初はイルミネーションとか良いんじゃないかって思ってたけど、なんか父さんが明日四人で行こうみたいなこと言ってたから、水族館とかどうだ……? 室内で寒くないし」
「ふふっ、良いね。私、あんまり水族館って行ったことないから楽しみ……!」
心のどこかであんまり喜ばれない場所だったらどうしようという怖さがあったが、陽葵の屈託のない笑みを見て安堵する。
水族館はここから電車で家とは反対方向に五駅分先。
実は家で密かにクリスマス用の夕食を手作りしてきたので、そう遅くならないうちに帰るためにそろそろ行った方が良いだろう。
俺は少し勇気を振り絞って、陽葵の手を掴んだ。
「じゃ、じゃあ、行こうか……」
「……うん」
ぎゅっ、と陽葵が俺の手を握り返してくる。
冷えているかと思ったが、どうやら俺の手より温かいようだ。
ここはカッコよく冷えている陽葵の手を俺が握って温める的なことをしたかったのだが、これではむしろ俺の少し冷たい手で陽葵の熱を奪ってしまっているかもしれない。
歩き出しながら、ちょっと居たたまれなくなって謝る。
「ゴメン、俺の方が手冷たかった」
「ふふっ、みたいだね」
「陽葵が寒くなりそうだからやっぱ――」
「――ううん」
離そうか、と俺が言うのを遮るように陽葵が首を横に振った。
「今は……ちょっと冷えるくらいが心地良い、から……」
ギュッ、とさらに強く握ってきた陽葵の手は、気持ち先程よりも熱くなっているようだった。
冬の寒さゆえか、陽葵は赤らんだ頬や鼻先をマフラーに埋めるように少し顔を俯かせている。
その横顔を見やれば、いつもより少し手間を掛けて結われたと思われる編み込みハーフアップの亜麻色の髪の合間から覗く耳の先っぽが、見事に赤くなってしまっていた。
口ではそう言うものの、やはりその色がとても冷たそうに見える。
「でも、耳真っ赤だし……」
握っていない反対の手を、陽葵の耳にそっと伸ばす。少し冷えている俺の手で触れても冷たいと感じたら、それは体感以上に冷えてしまっている証拠だ。
しかし――――
「ひゃっ……」
「……っ!?」
指の背で優しく触れると、柔らかくて……熱かった。
小さく声を漏らした陽葵が咄嗟に肩をすぼめて耳を隠すようにし、パチクリと瞬きを繰り返す目をこちらに向けてくる。
「ご、ゴメン。冷えてるんじゃないかと思ったけど……」
触れた熱がまだ指先に残るまま謝ると、陽葵は気恥ずかしそうに目を細めて呟いた。
「つ、司くんのせいだもん……」




