第53話 教会とボランティアの場所が近くなんて奇遇だなぁ
「すまないね、僕達だけで」
「本当に良いの~?」
十二月二十四日、クリスマスイブ。
日が傾き始めた頃、玄関まで見送る俺に、少しフォーマルな衣服を着込んだ父さんと茉莉さんが申し訳なさそうな表情で振り返る。
二人は前々からクリスマスイブに自分達だけの時間を作ることを決めて、そのために仕事も調整をしていた。
再婚してからそれぞれ仕事があって、新しい家族四人での時間こそ意識して取るようにはしてくれていたが、二人きりでというのは難しかった。
それがようやく時間が取れたというのだから、俺に文句はないどころかむしろ大歓迎だ。
「大丈夫だって。折角二人の休みが取れたんだから楽しんできてくれ。茉莉さん、父さんをよろしくお願いします」
「ありがとね~、司くん。クリスマスはきちんと四人で過ごそうね」
はい、と俺が頷くのを見て、父さんと茉莉さんは安心したように、そしてどこか楽し気に家を出ていった。
俺は玄関扉の鍵を内側から閉めてから息を吐く。
「クリスマスはきちんと四人で、か……」
つまりは明日だ。
新しい家族四人で過ごすクリスマス。さらに家族としての絆を深めるための貴重な時間になるだろう。
――だが、今日俺は陽葵に告白する。
明日家族で過ごす時間が居心地の良いものになるのか、はたまた居たたまれなく気まずいものになるのかはその結果次第。
俺が想いを告げることで家族の輪に亀裂が入るんじゃないか。苦労した父さんが、茉莉さんが、ようやく手にした幸せを奪うことになるんじゃないか。俺の行いが、すべてを壊してしまうんじゃないか。
そんな怖さはずっとある。
だから、いっそのことやっぱりこの陽葵への想いは密かに胸に仕舞ったまま、普通に家族としての絆を育んでいけばいいのではないだろうかとすら、今も思ってしまう。
でも、そう思う度にシスターさんが丸まった俺の背を押してくれる。尻込みする俺に活を入れてくれる。
もちろんシスターさんは懺悔室にいて、俺の隣にいるわけじゃない。
だから、俺に活を入れてくれるのは、正確にはシスターさんならこう言うだろうああ言うだろうという経験則が生み出した、俺のイマジナリーシスターさんということになるだろうか。
そう考えると自分でもちょっとキモいな、重いな、と思ってしまうが……それくらい俺の中でシスターさんという存在は大きい。
ずっと心の支えだった。
無気力になって、自暴自棄になって、落ちぶれた俺を取り返しのつかなくなる一歩手前で支え続けてくれたのがシスターさん。
更にそこから引っ張り上げてくれたのは陽葵のお陰だが、やはりシスターさんがいなければ俺は陽葵に出逢う前にダメになっていただろう。
ありがとうシスターさん。
本当に、ありがとう。
「……って、いや直接言えよってな」
陽葵への告白が上手くいったなら良いが、残念な結果だったときは改めてシスターさんに感謝を伝える気力なんて残っていないだろう。
リビングに戻って壁掛け時計を確認すれば、陽葵のクリスマスイベントのボランティアが終わる夕方以降の待ち合わせまでまだ時間がある。
「勝負する前にシスターさんに勇気もらっとくか」
おっと、俺。
感謝を伝えに行くつもりだったのに、ものの数秒でもらう側の立場になろうとしてるぞ?
まぁ、感謝を伝えて勇気ももらえばいいか、うん。
「確か陽葵、ボランティアの場所は英誠院学園からそう遠くないって言ってたよな……」
都合の良いことにシスターさんが待つ懺悔室のある教会も、英誠院学園から徒歩十分弱。
「なら、シスターさんにこれから勝負してきますって言ってから、そのまま陽葵を迎えに行けるな」
女子に告白する前に他の女性に会いに行くってどうなんだ? と一瞬もしかして自分のやってることが不純なのではないかと疑ってしまったが、大丈夫だ。
シスターさんは聖職者。
多少俺に不純があったところで、そんなものは綺麗サッパリ浄化してくれるから結果的に純粋になるのだ。
俺のイマジナリーシスターさんが『都合の良い解釈をしないでください。懺悔決定ですね』とどこか楽し気に言ってくるが、俺は『それはつまり懺悔のために会いに行って良いってことですか?』と返す。
……って、そんな会話を自己完結させてる俺、結構末期じゃないか?
これ以上自分のヤバさを垣間見ないためにも、早く支度をしよう。
◇◆◇
【聖陽葵 視点】
もう慣れ親しんだ小さな教会。
聖夜を祝うイベントにしてはまだ日の落ちきっていない早い時間帯だが、それは住宅街の傍にあるこの場所では、夜は家族や大切な人と過ごしたい人達が多いから。
何より、日のあるうちの方が子供も参加しやすい。
大きな教会だとそうもいかないのだろうが、この教会は小さいながらに地元に根付いているようで、その辺りは割と融通が利くんだそう。
「お姉ちゃんお菓子くださーい!」
「私も~!」
「ふふっ、順番ですよ~」
クリスマスのイベントでお菓子を配っていることを知った二人の女の子が、パタパタと小走りで駆けてきた。
私はテーブルの上に並べていたお菓子の入った袋を二つ取ってから、修道服のスカートを織り込んで膝を折り、二人と目線の高さを合わせてから渡す。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、お姉ちゃん!」
「ありがとうございます!」
二人は集まった人達でさっき歌った『きよしこの夜』でも張り切っていた。元気いっぱいで凄く可愛い。
ついつい頭を撫でたくなってしまうけど、保護者様の許可も貰っていないのでやめておこう。
そう言ったら多分子羊くん――司くんは『いや、犬じゃないんですから』とでもツッコミを入れてきそうだけど、最近はコンプラが厳しいのですよ。
私が遠慮なく撫でられるのは君だけだよ、司くん……なんちゃって。
「ん、どうしたのお姉ちゃん?」
「なんか嬉しそう~」
「あ、あはは、わかっちゃいますか?」
まさか子供に見抜かれるとは。
いや、子供だからこそ感情に敏感なのかな。
ともかく、ちょっと恥ずかしい。
「何かいいことあるの?」
「え、なになに~!?」
まさか見知らぬ子供に「今日告白される予定なんです」なんて言えるワケもないので、それとなくぼやかしておこうかな。
「今日はクリスマスイブですからね。夜、良い子の二人にもサンタさんがプレゼントを持ってきてくれる日であるように、今日は沢山の誰かにとって特別な日なんですよ。その沢山の中に、私も混ぜてもらってるんです」
「えっと、どういうこと?」
「つまりお姉ちゃんもクリスマスイブが楽しいってことだよ」
「なーほーね?」
ちょっと回りくどくて難しい言い回しをしてしまったけど、二人は良い感じに解釈してくれたらしく、納得していた。
さてさて、もう少ししたら私もここを出ないと。司くんとの待ち合わせに遅れたらダメだもんね。
でも、でも…………
「うぅっ、恥ずかしくて顔合わせられないよぉ……!」




