第48話 男子としては嬉し恥ずかしちょっと複雑
「ふぅ、これで全部束ねられたな」
かれこれ三十分以上掛かって紙紐で縛った古紙の山を前にして、パンパンと手を叩く。
あとはこれを学校の敷地の端にあるゴミ捨て場へ運ぶだけ……と言っても、何せ量が多いので普通に重労働だ。
「あとは台車に乗せて運んでいけばいいよね~」
生徒会室の棚の隙間に滑り込ませるようにして立て掛けられていた、折り畳み式の台車を取り出してくる陽葵。
「あぁ~、でもこの量だと一回じゃ難しいよね……」
陽葵は台車の大きさと、室内に積み上げられた古紙の山を見比べて、少し残念そんな表情をする。
しゅん、とした陽葵も可愛い。
もちろん声には出さないが。
「往復するのは面倒なので、台車に乗り切らない分は分担して手で持っていきましょう。そうすれば何とか一回で済みそうです」
「えぇっ、梓沙ちゃん本気? 結構重たいと思うよ?」
たかが紙と侮ることなかれ。
塵も積もれば山となった古紙の束の重量はなかなかのものだろう。
心配そうに天羽へ声を掛ける陽葵だったが、当の本人は一言「問題ありません」とキッパリ言い切ってみせた。
あらやだ、カッコイイわ。
だったら俺もお言葉に甘えて楽をさせてもらお――――
「――諸星も、構わないわよね?」
「……も、もちろんだぜ」
フッ、とニヒルに笑って答えてやった。
……え、なになに何ですか?
俺はこの場にいる唯一の男手なんですよ?
楽しようとかそんなこと、思うワケないじゃないですか~!
と、誰へともなく言い訳を並べる俺の心は、密かに泣いている。
「も、諸星くんは男の子だから大丈夫だと思うけど、梓沙ちゃんは華奢だし……」
どうやら陽葵はまだ不安らしく、眉尻を下げて天羽を見詰める。
仕方ない。
ここは俺が天羽という人物がいかに頼りがいがあるかを説明して安心させてあげましょう。
「ひよ――聖先輩、大丈夫ですよ」
「でも……」
「コイツ、細いですけど中身ほぼ筋肉ですから。アスリートだと思ってください。なんせ幼少期からあらゆる英才教育を施されてきたんですよ? 多分、俺と腕相撲しても余裕で勝つんじゃないですかね~」
な? と確認を取るように天羽に振り向くと、それはもう獲物を狩る猛禽類を彷彿とさせる獰猛な眼光を湛えながらこちらを睨んでいた。
天羽の言葉に説得力を持たせてあげるつもりで、俺から見た凄さを語ったのだが……どうやらお気に召さなかったようだ。
「そうね。私だったら諸星の一人や二人、全身を粉砕骨折させるくらいのことは朝飯前だもの。口先だけでは何だし、試してみようかしら」
「あのすみません。俺は二人もいないので丁寧に扱っていただけると助かります……」
俺は自分の身が原形を保てているうちに深く頭を下げておくことにした。
しかし、だ。
その物騒な話の内容はともかくとして、天羽がそこらの女子より圧倒的に重たいものを持てるところを実際に見てもらうというのは妙案かもしれない。
その目で見れば、陽葵も安心するというものだろう。
「こ、コホン……それはそれとして、天羽。聖先輩の前で実際に何か重い物を持ち上げてみてくれないか?」
「ズタボロにするのではなくて?」
「ごめんって……」
天羽は少し拗ねてしまっているようだ。
いやまぁ、俺が悪いんだけれども。
俺だって、自分の言ったことが一般的には女子にとって失礼にあたるであろうことは理解していたし、事実これまでに言ったこともない。
だが、今回は女子と言っても天羽。
言葉を選ばず、コイツは勉強だけじゃなくて身体能力も凄いんだぞというコトを伝えたかったのだ。
天羽なら鼻高に『ふんっ、それくらい当然よ』みたいなノリでいてくれるかと思っていた。
だがまぁ……天羽と言っても女子だったんだな、と。
そう考えると一気に罪悪感が湧いてきた。
「……はぁ、仕方なわね」
俺が申し訳なさそうにしているのを見てか、天羽が矛を収めてくれたようだ。
大きくため息を吐いてから、人差し指でクイクイと俺を呼ぶ。
「諸星、ちょっとこっち来なさい」
「え、折られる……?」
「折らないわよ、今は」
「今はっ!?」
どうやら矛は一旦収めてくれただけで、その刃の使いどころはこの先のどこかであるらしい。
「……聖先輩、行ってきます」
「だ、大丈夫……?」
「だいじょばないです」
「えぇ……」
陽葵の心配そうな視線を背に受けて、俺はとぼとぼと天羽の前に立った。
「で、俺は何をされるんだ?」
「貴方が言ったんじゃない」
「え?」
「『何か重い物を持ち上げてみてくれ』って」
「まぁ、そうだけど……」
それとこれと何の関係が――と聞こうとしたところで、俺は天羽の思惑を察した。
そして、次の瞬間には――――
「だから、貴方は黙って突っ立ってるだけの置物になっていればいいのよ」
「ちょっ……!?」
「あ、梓沙ちゃんっ……!?」
俺と陽葵の驚きの声が重なったときにはもう、ぎゅぅ……と天羽が俺の身体に密着するようにして腕を回していた。
ドキッ、ドキッ、ドキッ……!!
驚きと恥ずかしさが相乗効果を発揮して、痛いくらいに心臓が早鐘を打つ。
華奢なうえ贅肉など削ぎ落されている洗練された身体であるはずなのに、やはり自分とは違い女子なんだと感じさせられずにはいられない柔らかさが、ありありと伝わってくる。
おまけにプラチナブロンドの髪からは良い匂いが香ってきて、体温を調整する炉にこれでもかと石炭をくべてくる。
「お、おいっ、天もぉ――」
「――ふっ!」
「ぬわぉっ!?」
抱き付いていた天羽が一瞬しゃがんだと思ったら、両腕で俺の太腿辺りをグッと力強く抱え込んで、そのまま抱え上げてきた。
一気に高くなる視界に、俺は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。
「こっわ! いや、怖っ!」
「うるさいわね。というか貴方、男子にしては軽いわね。もう少し頑張って筋肉つけたらどうかしら?」
「い、一応筋トレはコツコツやってるんですけど……」
女子に持ち上げられた――そんな事実に、一人の男子としてちょっと複雑な心持になりながら、俺を抱え上げる天羽を見下ろす。
五秒くらい経って、恋しい床と再会させてもらう。
もう密着とまではいかないまでも、まだ両腕を軽く腰に回された状態のまま、天羽に半目を向けて指摘した。
「てか、他の男子の体重なんか知ってんのかよ」
「知識としてね。貴方くらいの身長の男子だったら五十半ばくらいあってもいいはずでしょ?」
まぁ……と、天羽は顔を背けて俺の腰から手を離すと、
「貴方以外の男子を直接確かめる気はないけれど……」
そう呟いて俺の胸をトンと押し、近かった身体を離れさせた。
俺は呆然としてしまいながらも、どういう意味でそんなことを言ったのか聞き返そうとしたが、その前に陽葵が「わぁ……!」どこか興奮気味に声を上げたのでタイミングを逃してしまった。
「梓沙ちゃん凄いね~!」
「それほどでもあります」
……まぁ、なんにせよ。
これで天羽が充分重たいものを持って運べることが証明されたワケで。
束ねた古紙の七割くらいは台車に乗せられたので、そちらは陽葵に押して持っていってもらうことにし、残りを俺と天羽で分担して運ぶことになったのだった――――




