第47話 ツンデレって無性にからかいたくなるよね
「なるほど。こりゃ人手――特に男手が欲しいワケだ……」
生徒会室の床や机に積まれた紙の山。
高さも様々に、取り敢えず積んでみたと言わんばかりのソレは、恐らくこれまで生徒会の運営にあたって使用されてきた何かの資料なのだろう。
「この紙の山を捨てるってことで良いのか?」
「ええ、その通りよ。話が早くて助かるわ」
俺の確認に頷いた天羽。
サラァ、とホワイトブロンドの髪を手で払いながら答えるその姿は、これっぽっちも他人に何かを手伝ってもらおうとしている者の態度ではない。
まぁ、いつものことなので、今更どうとも思わないが。
対照的に、陽葵は謙虚だ。
胸の前で両手を絡めながら、遠慮がちにこちらへ上目を向けてきていた。
「ど、どうかな? 手伝ってくれると凄く助かるんだけど……でも、諸星くんは生徒会役員じゃないし、もし嫌だったら断ってもらっても全然良いんだよ?」
はい、可愛い。
もう何でも手伝いたくなるし、馬車馬の如く扱き使われても文句の一つも出てこないどころか、力になれたことを感謝するまである。
ただ一つ、その上目遣いは少々心臓に悪いところがあるので、出来る限り控えていただきたいところではあるが…………
「うんにゃ、別にたいした用事もないし。手伝うよ」
「ふふっ、ありがと~」
快く了承する俺。
お礼を言う陽葵。
何もおかしな点などないように思えたやり取りだったが、それは俺と陽葵がプライベートで関係値を築いてしまっているがゆえの見落としだった。
いや、油断というべきか。
「ちょ、ちょっと諸星」
眉を顰めた天羽が俺を睨んでくる。
怒っているというよりかは、困惑している様子。
「先輩相手にタメ口なんて、貴方はいつからそんな礼儀知らずになったのかしら?」
そう指摘されて、俺と陽葵はほぼ同時に息を飲んだ。
互いに学園では家のように下の名前では呼ばないことは表面的に意識していたが、敬語の有無や親密な関係が無意識のうちに生む口調の柔らかさなどに関してはすっかり失念してしまっていた。
それもこれも、今まで学園で交流する機会がなかったから――いや、むしろ意図的に学園で関わらないようにしていたことが祟ったか。
学園における先輩後輩の関係での接し方に不慣れすぎたのだ。
「あ、これは何と言うか……」
黙っていても怪しいだけ。
口籠っても不審だ。
俺は取り敢えず口に言葉を紡いでもらいながら頭を高速回転させて、何とか言い訳を捻り出そうとするが、上手くいかない。
とてもじゃないが「つい」などという理由が通用するとも思えない。
中等部の頃からの付き合いだ。
今でこそこんなだが、目上の人を相手にしたときに、本来俺はどちらかと言えば反射的に愛想よく敬語で対応するようなタイプであることを知らない天羽じゃない。
どうする。
どうする、どうする、どうする……!?
「――実はね」
俺の隣から、陽葵が割って入ってきた。
「この間、街でたまたま会うことがあってね? ちょっとお話したんだ~。ほら、諸星くんって良くも悪くもこの学園で有名だから、本当のところどんな子なのかなぁって思って」
パァ、と明るい笑顔を咲かせながらそれっぽい言い訳をでっちあげる陽葵。
まぁ、実際休日には二人で街へ出掛けており、すべてが嘘というワケではないところがミソなのだろう。
「そしたらなんとビックリ、とってもいい子でした~!」
陽葵が大袈裟に褒めながら、後ろから俺の両肩にポンと手を乗せてきた。
「だから、ついつい話が弾んで楽しくなっちゃったから、先輩後輩というよりお友達みたいになっちゃって。だからいつの間にか口調も砕けちゃったんだよね~?」
ね? と肩越しに覗き込んでくる陽葵に、俺はコクコクと激しく首を縦に振る。
すると――――
「な、なるほど……?」
天羽はまだ半分納得しきれていないような曖昧な表情を浮かべながらも、一応は理解を示そうとしていた。
自分の中で納得に落とし込むための情報を脳内で精査しているのだろう。
数秒間、顎に手を添えて首を傾げていると、何かに思い至ったように口を開く。
「……あぁ。そういえば、確かに聖先輩って諸星のこと気に掛けていましたよね。ほら、以前放課後に資料の整理をしていたとき、私にコイツのこと聞いてきたことがありましたし」
「う、うん。そうそう」
ん、なんだそれ?
俺は知らない情報だが、恐らく前に二人の間で俺の話題が出たことがあったのだろう。
それが天羽の納得に繋がったのなら何よりだ。
「とはいえ、よ。諸星」
「ん?」
「あまり学園内で聖先輩と馴れ馴れしくしないことね。友達だろうが何だろうが、人気者の聖先輩と特別に親しいなんて知れ渡ったら、折角悪名が払拭されつつあるのに、消えかけの火に油を注ぐことになるわよ」
特に男子からの恨みが怖いわよ、と肩を竦めながら言ってくる天羽。
こうやって一見口うるさくしているように思えても、俺のことを心配してくれているのだろう。
それが凄く嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。
「だな、気を付ける」
「ふふっ、良かったね、諸星くん。優しいお友達がいて」
まるで自分のことのように微笑む陽葵に、俺も小さく笑って返す。
「俺にはもったいないくらいのヤツですよ」
「ちょぁっ……!?」
天羽が灰色の瞳をこれでもかと見開いて、喉から変な悲鳴を捻り上げた。
「ばっ、ばっかじゃないのっ!? は、はんっ。別に貴方にありがたがられるために、ゆ、友人! で、いてあげているワケではないのだけれど! 聖先輩も、別に私が優しいとかじゃありませんから。ただコイツがだらしなくて見ていられないからってだけで……」
じわりと紅潮させた顔をそっぽに向かせて腕を組む天羽の姿を見てから、俺はさもバスガイドさんのような心持ちで手を差し出すように示し、陽葵に視線を向ける。
「こちらがツンデレでございます」
「なるほどぉ、これが……」
このあと一秒と待たず、俺の横腹には天羽の鋭い右フックが突き刺さっていたのだった――――




