33. 告白
突然現れたアランに驚いて、《洗浄》を使うのも忘れていた。
「えっ?・・・アラン、どうしてここに・・・」
聞いた後、ふと思い至る。
ひょっとして、ユミア王女とこの後ここで約束があるのかもしれない。
「あ・・・ご、ごめんね。もし、誰かと約束しているなら、私は別のところに行くから・・・」
「約束?・・・いや、俺は、その・・・少し、復習したい動きがあって・・・」
一瞬言葉に詰まり、曖昧に言葉をにごすーーそんなアランに、胸が痛くなる。
とは言え、他に人が来ないなら、今は都合がいい。
「それより、リュカはどうして泣いて
「あ、あのさ!・・・ユミア王女に組み紐をプレゼントしたって、聞いたよ。婚約のお祝いにって・・・」
胸の痛みに任せてリュカがそう告げると、アランは驚いたような顔をした。
「それは・・・誰から聞いたんだ?」
彼は、すぐには否定せず、眉をひそめた。
なんだか嫌そうな顔になった気がするアランを見て、キャサリン・セルウィックの言葉が思い出された。
(・・・私なんて、ユミア王女に異種族を手懐け方を示すサンプルに過ぎない、だっけ・・・)
自分が真実を知ったとわかったら、アランは態度を変えるのだろうか。
「セルウィックさんが言ってた・・・それに、ユミア王女が、組み紐をつけてたから・・・」
リュカがそう返すと、アランはなんだかバツが悪そうな顔になった。
「そうか・・・その、王女の組み紐は、祖母が用意したもので・・・渡しどきを間違えるなと・・・強く、言われていた」
アランが尊敬しているという祖母が、わざわざユミア王女のために用意した組み紐だったらしい。
胸の痛みが増していく。
せっかく止まった涙がまたあふれそうになったが、今は泣きたくなかった。
「ユミア王女とは、いつから・・・会ってたの?」
口に出してから、嫉妬深い恋人のような言い方になってしまったことに気づいたが、もうどうにでもなれ、とリュカは口元を軽く歪めた。
「王女と?
会っていたのは・・・二ヶ月ほど前からだ。向こうから、婚約に際しての確認だと、申し入れがあった」
二ヶ月前なら、リュカがノーア貴族風の格好を始めた頃だ。
(あの頃から急に、ノーア貴族が陰口を言わなくなったのは・・・)
「ひょっとしてユミア王女に、何か・・・私とか、異種族について、話したりした?
その・・・異種族は排斥せずに、共存するべきだ、みたいな」
「?・・・ああ、話した。
王女はかなり極端な人間族至上主義者だから・・・異種族との共存の重要性については、何度もしっかりと伝えている。
もちろん、リュカがどれだけがんばっているかも、ちゃんと伝えた」
なるほど。
すべてアランのおかげだったのだ。
・・・リュカの努力の結果ではなく。
そしてアランはずっと、ユミア王女とマナ国で歩む将来のために、彼女に異種族との共存の重要性を説いていたのか。
「そ、そっか・・・ふふ、そうだったんだ・・・」
「リュカ・・・その、さっきから、どうしたんだ?
誰かに何か、ひどいことを言われたのか?」
アランがためらいがちに伸ばしてきた手を、リュカはそっと身を引いて避けた。
「っ・・・」
「アラン、ダメだよ・・・こんな風に、恋人でもない女の子を気遣ったりしたら。誤解、されちゃうよ」
アランが傷ついたような顔をしたのを見て、逆にリュカの心は冷えていった。
「・・・私、全然知らなかったから・・・今までずっと、すごくアランに近い距離で接しちゃってたよね。
でも、婚約したんだったら、ちゃんと婚約者を大切にしないと」
「リュカ?・・・待ってくれ、俺は
「アランは!」
わざと言葉を強く遮ると、彼はまたリュカの言葉に耳を傾け始める。
それでいいのだ。
アランの口から、ユミア王女への想いなど、決して聞きたくない。
泣きそうになるのをこらえて、リュカは言葉を続けた。
「アランは、ユミア王女のことが好きで、婚約もしたんでしょ。
だったらもう、二人で特訓なんてやめよう」
「リュカ、そ
「私から何か知りたいことがあるなら、みんなでいる時に教えるから!
・・・私は、ごめんね、二人のことはお祝いできない。
・・・だって・・・だって、私は
「待ってくれ!!」
突然、アランに強く抱きしめられた。
あまりにも予想外だったため、一瞬反応が遅れる。
「アラン、何を
「待ってくれ・・・リュカ。頼むから、俺の話を聞いてくれないか」
「っ・・・王女への想いの丈なんて、私は聞きたくな
「俺が好きなのは、リュカだ!」
抱きしめていた腕をといて、アランが正面からリュカの顔をしっかりと見る。
肩をがっしりとつかまれているので、リュカも自然と彼の顔を見る格好になる。
まるで泣きそうな、それでも熱く燃えるような青い瞳が、リュカに向けられていた。
(・・・あれ?・・・今、アラン、なんて言った?)
「俺はユミア王女と婚約なんてしてないし、するつもりも予定も一切ない。
以前一度内々の打診はあったが、しっかり断っている。
・・・ユミア王女は、俺の又従兄と婚約するんだ」
(・・・え?)
「ユミア王女から、又従兄との婚約が決まりそうだから、相手やマナ国について教えて欲しいと頼まれていた。
それで毎週、極秘で情報交換をしていたんだ。
俺はユミア王女に全く好意を感じたことはない。
だから・・・俺と王女の間には、何もないんだ」
アランの言葉が、なかなか頭に入ってこない。
だが、王女はそうは言っていなかったはずだ。
「でも、ユミア王女は・・・これからもアランと仲良くして、結婚式にはぜひ来てくださいね、って・・・」
「・・・?
それは、級友として招待するという意味のはずだ。
俺を通して異種族を統制するつもりなんだろう」
そうだろうか?
・・・本当に??
「私が、アランの教育でノーア式の礼法を身につけたって・・・」
「結局、そう解釈したままか・・・。
何度説明しても、恋愛関係か、上手く利用しているのだろうと決めつけられていたんだ」
苦い顔になったアランが、こめかみを押さえた。
「・・・あいつらの、どこまでも異種族を見下している態度は本当に腹が立って・・・親戚になるかと思うと反吐が出る・・・」
アランが珍しく、険しい顔で吐き捨てた。
本当に、ユミア王女のことをなんとも思っていないーーというか、むしろ疎んじているように見える。
そんな都合のいいことが、本当にあるんだろうか?
「でも、セルウィックさんが・・・」
「ああ・・・話を聞いたと言うから、てっきりあのセルウィックが、又従兄と王女の婚約について漏らしたんだと思っていた。
だが、ヤツは最初の申し入れの時にはいなかったから、ひょっとしたらずっと勘違いを
「でも、毎回デートでエスコートしてたって!すごく・・・親しげに身体を寄せ合ってたって・・・」
リュカの言葉に、アランは一瞬不思議そうな顔をした。
「寄せ合って・・・?たしかに、義務だからとエスコートはしていたが・・・」
よくわかっていない様子のアランがじれったくなって、リュカは彼の腕をつかんだ。
思い出すのは、予習のために読んだ国際礼法の教科書だ。
エスコートする際の形で、アランの腕に自分の腕を絡める。
「こうやって、腕を組むだけが普通の儀礼的なエスコートでしょ?」
「っ・・・ああ」
「それで、こう・・・」
アランの腕に両腕を絡めて抱きしめるようにし、彼の方に身体を預けると、アランの身体が一瞬ビクリと跳ねた気がした。
「こうやって、すごく近い距離で腕を組むのが、婚約者とか配偶者とのエスコート!
・・・違う?」
「・・・そ・・・そう、か・・・」
なんだか反応が悪い。
そう思って彼の顔を覗き込むと、アランの顔は真っ赤になっていた。
(・・・あれ?)
「たしかに・・・その、王女をエスコートする時も、距離が近かったかもしれない。すまない・・・」
アランがなぜか謝っている。
真っ赤になった顔の口元を押さえて、彼は言葉を続ける。
「エスコートは女性を支えるものだし、王女もイールワードへの信頼を示すために、わざとそうしているのかと思っていた。
でも、こんな・・・」
赤い顔のままのアランが、なんだか熱っぽい目でリュカを見つめている。
そんな目で見られると、なんだかリュカまで顔が熱くなってくる。
「他の人とは、するべきじゃなかった・・・すまない」
ぽつりとアランのつぶやきが落ちた。
腕を放すべきだろうかと思いつつも、なんだか離れたくない。
「リュカ・・・その・・・俺は、自分の気持ちを伝えたつもりだ。
リュカも俺と同じ気持ちだと・・・期待しても、いいのか?」
「・・・えっ?」
思わず、腕をといてアランを見上げる。
アランの目は相変わらず熱いまま、なんだか不安そうに揺れている。
「俺とユミア王女が婚約したと思って、悲しくて泣いてくれていたと・・・それで、間違っていないか?」
「あっ・・・」
何周も遅れて、ようやく頭が追いついてきた。
たしかに、状況が、リュカのアランへの想いを雄弁に物語っている。
しかも、さっきリュカ自身が、全てを終わらせるつもりで、アランに想いを告げかけていた。
「あ、あの・・・」
「・・・・・・ずっと、リュカが俺のことをどう思っているか、わからなかったんだ。
親しい友人としか思われていないなら、俺が想いを告げても、負担になるから・・・」
それは、リュカがアランに告白できずにいたのとほぼ同じ理由だった。
だが、それでもまだ納得できない。
「で、でも・・・最近なんか、私のこと避けてた・・・よね?」
「避けて・・・?」
「その、武術の指導とか、してくれなくなった・・・」
「それは・・・ドレスケルの件があったし、それに・・・ふれたら、もう、想いを隠せないと思って・・・」
避けられていたのはたしかだったが、意味が違っていたらしい。
慣れるまでは自分も毎回ドキドキしていたことを思い出し、なんだか少し腑に落ちた。
「えっ・・・あの・・・アランは、本当に?
私のこと・・・好き、なの?」
「っ・・・ああ。その・・・嫌、だったか?」
リュカにとってはようやく追いついたところでの確認だったのだが、拒絶されたように聞こえたらしい。
アランが少し首を傾げながら、仔犬のような瞳でこちらを見ている。
そんなに可愛いことを、しないでほしい。
もうずっと前から、初めてその仕草を見た時から、自分はずっと落ち続けているのだから。
「嫌じゃない!・・・私も、ずっと、アランのこと、好き・・・だから・・・あの
「っ、よかった・・・!」
再び、アランに抱きしめられた。
今度は勢いは控えめに、でもなんだかしっとりと抱きしめられている。
「アラン、あ、あの・・・」
「ぅん?」
少し鼻にかかった声で、こちらを覗き込むようにして問い返される。
(アランの目、ちょっとうるんでる・・・それに、なんか・・・)
なんだかまるでとろけるような目だと、リュカは思った。
ーーすごく、うれしそうに見える。
(・・・えっ、両想い!?・・・本当に?!)
いつから自分のことを好きだったのか、とか。
自分の一体どこを好きになったのか、とか。
聞きたいことは山ほどあったが、それでも、リュカは一度それらの疑問を横に置いた。
「・・・うれしい・・・」
そう言ってアランのことをしっかりと抱きしめ返すと、なぜか彼は一瞬固まった。
しかし、すぐにやさしく肩を撫でてくれた。
「・・・《アラン、大好き》」
「!!
リュカ、俺も・・・《俺もリュカのことが大好きだ》」
思わず魔法言語でつぶやくと、耳元に甘くかすれたささやきが返ってきた。
その真摯な響きに心から安堵して、リュカはアランの胸に顔をうずめた。




