32. 王女の組み紐
ストレス回です。ご注意ください
「何、あれ・・・セルウィックさん、ついに頭でもおかしくなっちゃったの?」
沈黙を破ったのは、メイだった。
「アランくんが王女様にプレゼント?したとか、愛妾とか手懐けるとか、ちょっと意味わかんないよね。
・・・ねぇ、二人とも、どうしたの?」
リュカもレイも黙り込んでいることに違和感を持ったらしく、メイがこちらを覗き込んでくる。
「レイ・・・ごめん、何か知ってることがあったら、話してくれる?」
「えっ・・・まさか、本当なの!?」
リュカに促され、メイに「信じられない」という顔で見つめられ、レイは観念したように話し始めた。
「・・・ここまでが、私とセレスが昨日見たすべてだよ。
昨日アランのやつは、たしかにユミア王女とカフェ『共存派』にいて、ユミア王女をエスコートしたり、会計を支払ったりしてた。
でも、それ以上のことは何もわからない。
あのセルウィックが言うことだから、色々誇張されて、大げさな話になってるかも」
そう言いながらも、レイの声は震えていた。
「・・・組み紐」
「え?」
「・・・私、みんなにも、組み紐の話、してなかったよね」
リュカは、アランが助けてくれた時に、組み紐をもらう約束をした話を、二人に話した。
「組み紐か・・・たしかにマナ国の伝統工芸だね」
「リュカがなんかそわそわしてたのは、それだったんだ?」
「・・・うん。なんか、もらってからみんなに、言いたくて・・・」
隠すつもりで、言わなかった訳ではなかった。
ただ、誰かに話してしまうと、期待がどんどん大きくなって、もし叶わなかった時につらいから。
そう思って、黙っていたのに。
「でも・・・セルウィックは、知ってたよね。組み紐のこと・・・」
「ただ適当に、マナ国の伝統工芸品を挙げただけじゃ・・・」
「いや・・・ノーア貴族のヤツらが、王女のことで嘘をつくとは思えない。組み紐は、たぶん、本当に贈られた・・・可能性が高い」
レイの分析に、メイは目を見開いている。
リュカは、どうしていいかわからなかった。
アランが組み紐を贈った?
ユミア王女に?
なぜ?
ーーまさか、本当に・・・?
「とにかく、直接確かめてみないと。リュカは三限、アランと同じ授業だよね?」
「ううん、今日は特別生授業は休講・・・だから、一限でも会ってないんだ。
夕方に特訓しようって言ってるから、確実に会えるのはその時かな・・・食堂で会えたらいいんだけど」
「そっか・・・実は私とセレスも聞こうとしてたんだけど、なかなかアラン本人をつかまえられなくて・・・あの、黙っててごめん・・・」
「全然、気にしないで!レイにはいつも本当に助けてもらってるし・・・しんどい思いをさせて、ごめんね」
じりじりとした不安を抱えながら、リュカは二人と共に食堂へ向かった。
「セレス!フィリア!」
「三人とも、遅かったですね」
「もう食べ始めてたよ〜」
リュカ達が食堂に着くと、そこにアランの姿はなかった。
「あれ?アランは?」
「僕も探していたんですが・・・」
「さっき、二限の間に来てたんだ。なんか読みたい本があるとかで、部屋で食べるって言ってたよ」
アランが昼食時にいないこと自体は、たまにあることだ。
空き時間にちょくちょく本を読んだりして、ほとんどの授業のレポートを早期提出しているのだと、以前に聞いたことがある。
それでもーー漠然とした不安が、リュカの中で大きくなっていった。
「早く食べよ〜。わたし、三限授業あるし」
「こちらは三限も休講でしたよね・・・僕も図書館に行こうかな・・・」
あまり食欲がないリュカは、軽めの食事を無理矢理詰め込むようにして、急いで昼食を終えた。
「私、ちょっと、アランを・・・」
探してくる、続けようとしたが、その先は言葉にならなかった。
「リュカ、どしたの・・・あっ」
メイや他の友人達も、気づいたらしい。
早めに食事を終えたらしいユミア王女が、リュカ達の近くを通り過ぎようとしていた。
今日は珍しく少人数のグループで、中央にいる彼女の姿がよく見える。
ユミア王女の髪に飾られているーー美しいフォレストグリーンの、組み紐も。
(あれは・・・)
心臓が、早鐘のように鳴っていた。
なんだか、周りの音がよく聞こえない。
(組み紐だ・・・しかも、すごく高度な魔力が込められてる・・・。
これは・・・《守護》と《共存》?)
自分の鋭敏な魔力感知能力が、これほど恨めしいと思ったことはなかった。
ユミア王女の瞳の色を、グラデーションまで見事に再現したその組み紐には、おそらく染色の段階から職人達による《守護》の想いと魔力が込められていて、細かい繊維の一本一本にまで魔力が染み渡っているようだった。
(ユミア王女の目に、そっくり・・・)
そして、紐を組み上げた職人が込めた魔力は《共存》ーー常に共にあり、その身を守るよう、高い魔力を持った職人が丁寧に魔力と想いを込めながら組み上げたことがわかる。
とても素晴らしい組み紐だった。
ーーイールワード家の次期当主が、妻となるノーヘイン王家の女性に贈る組み紐として、これほど相応しいものはないだろう。
(・・・嘘、だ・・・)
手が震える。
震えを止めようと握りしめた拳は、腕ごと震え出してしまう。
(・・・そんな・・・)
見ただけでーーもう、わかってしまった。
「あの、ノーヘインさ・・・ノーヘイン第一王女殿下」
それでも、ほんの一縷の望みをかけて、リュカはユミア王女に話しかけた。
もしかしたら、ノーア王国の職人が作ったものかもしれない。
そんな、淡い、わずかな期待を込めて。
ノーアの礼法通りに振る舞って、相手が自分を無視できないように気をつけながら。
うっすらと覚えた屈辱感には、気づかないふりをする。
「あら・・・ふふ、名前を呼ぶことを許しましょう」
「・・・・・・ありがとうございます、ユミア殿下。
あの・・・失礼ですが、その組み紐は・・・」
「これですか?」
ユミア王女は、組み紐をつけている頭を、ほんのわずかに傾げた。
その仕草がアランにそっくりだと気づいて、嫌な予感がどんどん強まっていく。
「アラン様にいただいたものです。わたくしの瞳を見事に再現した、美しい組み紐でしょう?」
はにかむような美しい微笑みで、ユミア王女は言った。
(本当に、アランが・・・・・・)
一縷の望みが、絶たれた。
目の前が真っ暗になる。
地面がなくなって、ひたすら下に落ちていくような、おかしな感覚。
(それにアラン様、って・・・)
いつの間に、王女はアランを名前で呼ぶようになったのか。
そもそも二人が言葉を交わしているところすら、リュカは見たことがないのに。
それに、いつもは冷たくリュカを無視する王女の取り巻き達も、やけに機嫌がよさそうだ。
誰も、リュカを止めようとしない。
「アラン様は本当にお優しくて、マナ国についていつも色々教えてくださるのです。
それに・・・ふふ、異種族との共存について、とても熱心にわたくしに語られていました。
いかに異種族から学ぶことが多いか、どのように国のために役立てるべきか、わたくしもしっかりと学ばせていただきました」
ユミア王女が歌うように話しているのが、どこか遠くのことのように聞こえる。
「あなたも、アラン様の教育によって、ノーア王国の礼法を身につけたそうですね。
やはり、アラン様の手腕は素晴らしいですわ」
まるで、遥か遠くから、無数の矢を射かけられているようだ。
何もわからないまま、どんどん苦しくなって、動けなくなっていく。
もう、どうやって息を吸えばいいのかわからない。
「わたくしがマナに嫁いだ後、アラン様がどのようにマナを導いていくのか、今から楽しみでなりません」
ザクリ、ザクリ、ザクリと、胸が何度も激しく痛んだ。
(もう、やめて・・・)
自分は今、立っているのだろうか?
一体どんな顔で、ユミア王女の前にいるのだろう?
「あなたはアラン様の親しい友人なのでしたね。
・・・結婚式にはぜひいらしてね。どうかこれからも、アラン様と仲良くしてさしあげてくださいな」
ーー限界、だった。
(あ・・・・・・私、なんで、ここに・・・)
何を言ってユミア王女の前を辞したのか、どこをどう歩いたのか、全く記憶がない。
気がついた時、リュカは小訓練場Eにいた。
(・・・借りっぱなしだから・・・中にいても、いいよね)
今はとにかく、誰にも会いたくない。
しかし、この場所にいると、嫌でもアランとの思い出が頭を巡った。
無表情がちな中に時折見せる、やさしい笑顔。
ごくまれに冗談を言ったり、声を上げて笑ったりする様子。
何か疑問に思った時に首を傾げる、意外に可愛らしい癖まで。
しかし思い出の中の首を傾げるアランが、ふと、先ほどのユミア王女と重なった。
(・・・最近、ずっと・・・私と距離をとってたのは・・・)
アランに武術の型を直されて照れていたのが、遥か昔のことのように感じられる。
そうだーーあの時も、アランはいつもどおりの静かな目で、リュカを見つめていたのだった。
(私は・・・また、勘違いを・・・)
特別な関係とは言えなくとも、どこかで、アランと一番近いのは自分だと思っていた。
いつか、段々と距離を縮めていけば、彼も自分を想ってくれる日がくるかもしれないと。
「・・・なんて、馬鹿な・・・」
つぅ、と涙が頬をつたっていった。
その感覚に、どうやら先ほどまで、自分はちゃんと泣かずにいられたらしいことを知る。
(アランは・・・最初から、ユミア王女に会うために、ノーア王国に来てたんだね・・・)
いつかの会話を思い出す。
あの時言葉をにごしたアランは、一体どんな気持ちだったのだろう。
(私なんかが、特別になれるはずが、なかったのに・・・)
かつて、誰かに叫ばれた言葉が頭をよぎった。
(化け物、なのに・・・)
一度溢れた涙は、もう止まらなかった。
胸が張り裂けるように、痛い。
感情が突き上げるのに任せて、リュカは慟哭した。
ーーそして。
(・・・・・・)
どのくらい、泣いていたのだろう。
自分がしゃがみこんでいる場所だけ、床の色が変わっている。
(今は・・・まだ、三限の途中、か)
無意識にアランとの約束までの時間を数えてしまったことに気づいて、リュカは深く息を吐いた。
(もう、来ない・・・よね)
虚しさに襲われながらも、なんとか身体を起こす。
ーーその時だった。
「・・・リュカ?」
あまりにも聞き慣れた声が、耳に飛び込んできた。
幻聴かと、恐る恐る顔を上げる。
「っ、どうした!?泣いているのか!?」
焦った表情で走り寄ってくる彼は、間違いなくリュカが大好きなーー
「・・・アラン?」
ーーアラン、だった。




