30. 目撃(レイ視点)
今話から、何連かのストレス回に入ります
ドレスケルによる“呼び出し事件”の翌日、レイはセレスと二人でグループ学習室に来ていた。
彼とは集めた情報を交換・整理するために、週一で会う時間を作っているのだ。
「ぁんの、筋肉ダルマめ・・・よくもリュカに・・・」
「レイ、落ち着きましょう・・・魔力が漏れてます」
大切な親友の危機を後から人伝てに聞かされるなんて、とレイは歯噛みした。
ドレスケルとかいうクソ野郎のことは、以前からリュカに聞かされていたため、それなりに警戒対象ではあった。
にも関わらず、この体たらくだ。
(くそっ・・・あの王女が来てから、どんどんやりづらくなるじゃん・・・面倒くさい!)
それまでは全くと言っていいほど無警戒だったノーア貴族達が、ある時期を境に突然《盗聴防止》の魔導具や魔法を使うようになった。
アランが再びこちらのグループに戻ってきて、“不適格な特別生”としてリュカへの攻撃が始まった、あの頃からだ。
単なる《盗聴防止》であれば、かいくぐることも容易だが、厄介なのは《盗聴検知》も併用されていることだ。
《盗聴検知》にも引っかからない精度で魔法を使うには、情報を集める範囲を狭めるしかない。
無理矢理情報を集めたとしても、相手に気づかれてしまっては意味がないからだ。
もし盗聴を前提に、虚偽の情報による撹乱まで始まると、さすがに自分一人の手には負えなくなる。
「・・・ドレスケルに関しては、周りも相当焦っていましたから、これから色々動くはずです。
もうリュカさんに危険は及びませんよ」
そんなことは、わかっている。
高等部の生徒がアランに危機を伝えにきた時、自分もその場にいたのだから。
何人かの生徒が事態を察して、急いでアランを呼びに来てくれたのだったがーーそれがなければ何も知らないままだったのかと思うと、自分に腹が立って仕方がなかった。
「・・・あんなクズをのさばらせていたヤツらでしょ。信用できない」
「今回は特殊ですよ・・・まさかリュカさんが、あそこまで純粋無垢だとは」
本来であればあのドレスケルというクズも、さすがにその気のない女性にまで無体を働くようなことはしない、らしい。
だが、リュカにその気がないことなんて、一目見れば明らかではないだろうか?
「純粋なのは悪いことじゃないでしょ・・・穢れ切ってるヤツが誤解するのが悪い」
「知らな過ぎるのも問題では・・・」
レイが殺気のこもった目で睨みつけたので、セレスもそれ以上続きを言おうとはしなかった。
「・・・そもそも、王女あたりが、あの筋肉ダルマを誘導した可能性は?」
「まさか!・・・いえ、たしかにノーヘイン王家ならやりかねないですが、そこまでリュカさんを牽制する理由がありますか?」
「・・・わからない・・・でも、王女の取り巻き達は、異常なほどリュカに敵意を持ってる・・・。
くそっ、王女達の集まりから情報が取れればよかったのに・・・」
特にユミア王女は、常にかなりの数の《盗聴防止》と《盗聴検知》の魔導具に守られている。
それに加えてわざわざ取り巻き達による、下手くそな《盗聴防止》の魔法も使われているくらいだ。
魔力量の暴力に対抗できるのは、数の暴力ということらしい。
あそこから情報をとるのは、今の自分の全力でギリギリ可能かどうか。
盗聴を検知されるリスクや、全力の魔法使用によってレイ自身の実力が周囲に露見するリスクを思うと、試す気にはなれなかった。
「敵意、ですか・・・おそらくですが、リュカさんが意外なほど下級貴族や新興貴族達と仲良くなったせいではないでしょうか?
元々彼らも監視や情報収集のために近づいてきたはずですが・・・武術クラスの者達は特に、すっかりリュカさんに毒気を抜かれているようですし」
「ああ、根っからの騎士志望のヤツらか・・・単純で善良なヤツらだよね。上位貴族のごちゃごちゃした思惑とは合わないんだろうな」
武術クラスの生徒の何人かは、たしかにリュカにかなり親しみを感じているように見える。
わざわざドレスケルのことで、リュカを助けるために奔走していたくらいだ。
・・・だが、上から命令が下ればそちらを優先するだろうと思うと、やはり信用はできない。
かと言って、リュカが彼らに心を許してニコニコしているのを見ると、警戒しろともなかなか言いにくい。
「やっと無視されなくなったよ!」と顔を輝かせている彼女に、「みんな情報収集のために親切にしてきてるだけなんだから、もっと警戒しないとダメだよ」などと、誰が言えるだろうか?
「ともかく、今後警戒すべきは武術クラスの者達よりも、王女側でしょう。なんとか情報をとれたらいいのですが」
「魔法的には無理だから、上手く誘導して周りの生徒から情報を集めるしかないか・・・」
魔法なら手っ取り早いのに、とため息をこぼしつつ、その日の話し合いは終了となった。
そして、ドレスケルの事件から一ヶ月後の休日。
ユミア王女は毎週太陽の日の午後に、この『共存派』というカフェに通っているーーようやく得られた確かな情報によって、レイはセレスと二人、王都のカフェ『共存派』に来ていた。
学園から馬車で十数分のところにあるこのカフェは、ノーア王国では珍しく、魔族や他の異種族も入店できる店だ。
あの魔族のクソ王子もよく来ているらしい。
(こんな店に王女が来るとは思えないけど・・・)
とは言え、王女の取り巻きの中で特に口の軽い者が、他のノーア貴族に自慢げに話していたというから、嘘だとも思えない。
実際に、学園から来た馬車が二台ほど店の前の馬車寄場に止まっている。
レイとセレスはなるべく店全体を見渡しやすい席に座って、しばらく様子を伺うことにした。
とりあえず、季節のおすすめだという桃のタルトと紅茶のセットを注文しておく。
「あ、あれは・・・・・・」
どのくらい経っただろうか。
セレスの声が不自然に途切れたので、レイは彼の方を見た。
セレスは店の奥の、ある一点を見つめたまま固まっている。
おそらく、王女達がいるであろう個室がある方向だ。
「何?どうしたの?」
「・・・あれは・・・アランさんですか?」
レイがセレスの視線の方を見ると、見覚えのある黒髪が目に入った。
たしかに、アランだった。
・・・そして、その隣にはユミア王女がいる。
「は?」
ユミア王女は、アランの腕につかまってエスコートされながら、彼に親しげな表情を向けている。
対するアランはいつもの無表情のようだが、口元にはわずかに微笑みを浮かべている。
後ろにはユミア王女の取り巻き達の姿も見えた。
「・・・アランさんに間違いありませんね・・・」
「は?」
「レイさん、僕はついに目がおかしくなったんでしょうか?」
「・・・さん付けはウザいからやめてって言ったでしょ」
ユミア王女一行は、セレスとレイには気づかないまま通り過ぎた。
アランまでもこちらに気づかなかったのは、認識阻害や魔力を隠す結界を極めて自然に張ってあったためだろう。
この結界が彼らにも通用するというのはいいニュースだが、今はそれどころではない。
(・・・太陽の日の“用事”って・・・)
アランがお金を払い、一行はそのまま店を出て行く。
「・・・この店にユミア王女が来ている、という情報は・・・間違っていませんでしたね・・・」
王女側を探るためにわざわざ学園外まで出てきたのだが、とんでもないものを見てしまった。
ユミア王女はアランのエスコートで馬車に乗り込み、彼ともう一人の女子生徒がそれに続く。
他の生徒は別の馬車に乗っていく。
そうして、2台の馬車は学園の方へ向かって走っていった。
「ぁんの・・・クソ野郎!!!
・・・リュカといい感じなんじゃなかったの!!?」
「・・・レイ、魔力が
「くそっ、最初からあっち側だったってこと?・・・なんでよりによって、あんな王女なんかと!!」
「落ち着いてください!!」
セレスが真っ青な顔でレイの腕を掴んでいた。
怒りで増幅した魔力にあてられたらしい。
結界のおかげで、周囲の人間には影響はなかったようだ。
「・・・アランさんに、あとで、直接確認、する必要が、あります」
「・・・・・・」
セレスが息も絶え絶えなのを見て申し訳なくなる。
知らず知らず、怒り狂った魔力が彼の息を止めようとしたのかもしれない。
「そうだよね・・・ごめん、セレス。息、大丈夫?」
「え、ええ・・・素晴らしい、魔力増幅でした。さすが、精霊族の魔力は、鋭さが違いますね」
魔法オタクの賛美にも力がない。
とりあえずセレスの肺には新鮮な空気をしっかり送り込むことにする。
(・・・アランのやつとユミア王女が一緒にいるなんて・・・リュカになんて言えば・・・)
元々自分は、見なくてもいいものをわざわざ見ているだけのはずだった。
まさか周囲の陰口を本人に直接伝える訳にもいかないし、リュカが迷った時にマイルドに情報提示できればそれでよかったのだ。
だが、今回のこれはさすがに・・・。
(いや、まずは確認しないと・・・)
しかし、レイ達が確認する暇もなくーー事態は動いてしまった。




