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種族チート持ちなのに無双できないヒロインは、静かに居場所をつくる  作者: 東雲 小百合
第一章

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28. 泣き止んだ後

ひとしきり泣いた後、リュカはふと我に返った。


(あっ・・・どうしよう、アランの制服が・・・)


アランの制服の首から胸にかけて、リュカが顔を寄せている辺りが、涙と鼻水でひどいことになっている。


おそらく自分の顔も同じだろう。


(ハンカチ、は、制服のポケットか・・・)


訓練服のポケットには、今は何も入っていなかった。


ハンカチがないなら仕方ない、とリュカはこっそり魔力を集中した。


(このままじゃ顔も上げられないし・・・《洗浄せよ》)


とりあえず《洗浄》の魔法で自分の顔をなんとかしてから、おそるおそる顔を上げてみる。


「少し、落ち着いたか?」


穏やかな青と目が合った。


そんなにやさしい目で見ないでほしい。


「う、うん・・・あの、ごめんね、制服が・・・《洗って》もいい?」


思わず「洗って」の部分だけ魔法言語で言ってしまってから、通じたかどうか不安になった。

《洗浄》という魔法の名前とは違う単語だからだ。


リュカが知る限り、ノーア王国では魔法言語を会話レベルで使える人はほとんどおらず、大抵は“詠唱のための言葉”としてしか覚えていない。


「自分で《洗浄》するから大丈夫だ。

・・・顔は、《洗った》のか?」


見ると、アランはハンカチを準備してくれていたらしい。


借りたハンカチで鼻水を拭くのは忍びないので洗ってよかったと思うべきか、アランのハンカチを使えなくて残念だと思うべきか、ちょっと迷う。


それにしても、言葉の意味がしっかり通じていただけでなく、ちゃんと返してくれてうれしい。


「うん、《洗った》・・・なんていうか、ちょっと《ひどいことになってた》から」

「そうか・・・《目、まだ、赤い》な」


思わず魔法言語が口をついて出るが、アランはちゃんと答えてくれた。

接続語がなくてカタコトになっているのが、ちょっと可愛い。


そんなことを思っていた、その時だった。

アランの手がためらいがちにこちらへ伸ばされた。


彼の指が、そっとリュカの目元を拭う。


(ぅ、わっ・・・なんか、恥ずかしい・・・)


恥ずかしくなって目線を落とすと、アランの制服のワイシャツが濡れて透けているのが目に入った。


ワイシャツの向こうに、何か黒っぽい紐のようなものが透けて見える。


「ぁ・・・えーと、アランって、首に何かかけてる?」

「ああ・・・これ、か?」


アランはそう言ってネクタイをゆるめ、ワイシャツの襟元のボタンを一つ開けた。

彼が胸元から引き出して見せてくれたのは、細い糸のようなものが何本も合わさって編まれた紐だった。


光沢があって綺麗な深い色だ。

それに、よくみると黒と藍色が組み合わさって、複雑な模様になっている。


「これは、マナ国の“組み紐”という・・・伝統工芸品、のようなものだ」

「わぁ・・・・・・すごく、綺麗だね。それに、なんか・・・ビリビリする感じがして、強そう」


繊細で美しい紐だが、かなり強い魔力が込められているのを感じる。

何の素材でできているのだろう。


「俺が生まれた時に母が組んでくれたものらしい。母はとても魔力の高い人だったから、まだ俺にはこの紐は切れない」


アランの話によると、マナ国では子供が産まれた時、両親が組み紐で装身具を作って贈る習慣があるらしい。


特殊な素材に魔力を込めて作られた組み紐は、「持ち主を守る」「作った人より高い魔力の持ち主でないと切れない」という性質を持った、特別なものになるそうだ。


アランは組み紐の先にお守袋をつけて首から下げているとことで、それも見せてくれた。

組み紐とほぼ同じ色合いの、光沢のある黒いお守袋だった。


「・・・お母さんからの贈り物なんだね」


アランの母親は既に亡くなっていると聞いている。

亡き母からの贈り物なら、とても大切なものなのだろう。


大切なものを見せてもらえたうれしさと、母を亡くしたアランの寂しさを思う気持ちとで、リュカの胸中は複雑だった。

自然と黙り込んで、組み紐を見つめる。


「・・・組み紐に、興味があるか?」


沈黙をどう受け取ったのか、あるいは気を利かせて話題を変えてくれたのだろうか。

アランの質問に対し、リュカの回答は一つだった。


「うん!」


リュカにとって、紐といえば革紐や布紐だった。

エオルテやノーア王国の平民の間で、髪や服につけるのに使われているものだからだ。

ノーア王国貴族ならば絹のリボンや金属の鎖ということもあるだろうが、高価なのでリュカには縁がない。


とにかく、糸を細かく組み合わせた紐というのは見たことがなかった。


「丈夫そうだし、デザインも色々できそうで素敵だなって」


これで髪を結べたら可愛いかもしれない、と思う。

今は制服と同じ布の紐で髪を結んでいるが、組み紐なら色々なデザインがありそうだ。


「そうか。興味があるなら、今度故郷に手紙を送る時に、取り寄せてもらうか?」

「えっ!?」


ありがたいが、急に心配になった。

異国の伝統工芸品である。本来ノーア王国で買おうとすれば、貴族でもなければ買えないような値段がするはずだ。


「えっと・・・庶民向けのも、ある?」

「ああ。もし本当に欲しいなら、専門の職人が作ったような高級品ではなく、普段使いできるようなものにする」


それなら、なんとかなるだろうか。


もしお金が足りなかったら、師匠からもらった秘蔵の魔石との交換にしてもらおう、と密かに決意する。


「ありがとう・・・じゃあ、お願いします」

「ああ。少し時間はかかると思うが、待っていてくれ」


遠い海の向こうへ手紙を出して、向こうの誰かが庶民向けの組み紐を買って送ってくれるとして。

どのくらい時間がかかるのか、イマイチ想像がつかない。


リュカがぼんやり考えている間に、アランは制服に《洗浄》をかけて、組み紐とお守袋を制服の中に戻していた。

ネクタイを締め直す仕草に、つい見惚れてしまう。


(・・・好き過ぎて、少し怖い)


胸がギュッとなって、心の中でそうつぶやくと同時に、アランと目が合った。


まさか心の声が聞こえてはいないだろうが、つい焦ってしまう。


「・・・そろそろ行こう」

「う、うん。そうだね・・・夕食時間過ぎちゃいそう」


アランの目の青が、わずかに翳った気がした。

ーーけれど、すぐにいつものやさしい色に戻る。


リュカはそのまま彼の隣に並ぶと、一緒に歩き始めた。

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