26. 理解し合えてなど、いなかった
ピンチ回です。
下ネタ、そういう系の恐怖感が苦手な方はご注意下さい。
約束の時間に遅れそうになり、リュカは急いで小訓練場Bに向かった。
夕方、外から差し込む光が弱まってきた廊下は、わずかに薄暗い。
「おう、遅えじゃねえか」
小訓練場Bの入り口にドレスケル先輩が立っている。
いつものニヤニヤ笑いだ。
「お待たせしてすみません」
「まあ、気にすんな」
ドレスケル先輩に続いて訓練場へ入ろうとした時、二つの異変に気づいた。
訓練場の中に、誰もいない。
それに、妙に重く威圧感のある魔力を感じる。
「あれ?・・・他の先輩方はどこですか?」
「・・・ああ・・・みんな忙しいってよ」
ふと、入り口の直前で足が止まる。
「心配すんなって。オレが、しっっかり教えてやるからよ」
なぜ足を止めたのか。
リュカ自身、よくわからなかった。
「・・・この訓練場って、魔封じかかってます?」
「知らなかったのか?ここじゃ電気うなぎは禁止だぜ」
ドレスケル先輩はいつものニヤニヤ笑いのように見える。
訓練場全体に魔封じの結界が張られている場所がある、というのはたしかに聞いたことがあった。
常時展開されている訳ではなく、利用者が結界を起動させるタイプだ。
結界を上回る出力を出せば魔法も使えるだろうが、その場合は結界は壊れてしまうし、張り直し費用は自己負担となる。
学園の結界は決して壊すなーー師匠が、入学前に口を酸っぱくして言っていたことだ。
「えーと、身体強化魔法無しだったら、さすがに勝負にならないですよね・・・?」
「おいおい、今さら何を怖気付いてんだ?別に身体強化魔法なんていらねえだろ?」
先輩がこちらに近づいてくる。
リュカは無意識に一歩、後ずさりした。
「もったいぶんなよ。さっきお前だって喜んで特訓するって言ってたろ」
ドレスケル先輩は大股にこちらに歩み寄ってきて、リュカの腕をつかんだ。
リュカの三倍ほどもありそうな、太い腕だ。
腕力差は明らかなのに、身体強化無しでどうやって特訓するというのか。
「でも・・・」
「なんだよ。あの魔族のクソ王子でも、イールワード様でもいいなら、オレでもいいじゃねえか。
オレだって“英雄の孫”なんだからよ」
ドレスケル先輩が何を言っているのか、リュカにはよくわからなかった。
ただ、先ほどからひたすら自分の本能は「すぐに逃げろ」と言っている。
・・・なぜ、せっかく仲良くなった先輩から、逃げなければならないのか。
「なんでそこでアランとルシアード先輩が出てくるんですか」
「・・・お前こそ、なんで逃げようとしてんだ?
そもそも、お前からオレに近づいてきたんだろ」
話が噛み合っていない。
「散々遊びまくってる癖に、今さらカマトトぶる気か?
・・・早く来いよ。それとも、ここで脱がされてえのか?」
全身の血の気がザァッ、と引いていく。
理解し合えてなど、いなかったーーそれだけは、はっきりとわかった。
「い、嫌です・・・そっちには、行きません」
「・・・はは〜ん、お前、さてはそういう趣向だな?
別にいいぜ。それならそれで、オレも
「その手を放せ!!」
廊下の向こうから、誰かが叫んだのが聞こえた。
聞き慣れた彼の声。
でも、怒気をはらんだ鋭い声は、普段聞き慣れたものとはあまりに違う。
ドレスケル先輩が舌打ちする。
走ってきたアランが、リュカの腕をつかんでいた先輩の手をはたき落としたからだ。
「アラン?なんでここに
「リュカ・・・とにかく、ここから離れよう」
アランは一瞬リュカの方に顔を向けて手を握ったが、その後は油断なくドレスケル先輩を睨みつけている。
視線だけで人を殺せそうな目だった。
「あ、あの
「行こう」
リュカの手を引くアラン。
決して強い勢いや力ではなかったが、断固たる意志を感じる手だった。
手を引かれるままに、その場を離れていく。
ドレスケル先輩が動く気配がないか、気配を探っていると、
「な、なんだよ!お前専用だってんなら、ちゃんと躾けとけよ!!」
後ろから響いてきたドレスケル先輩の大声が、不意に聞こえなくなった。
アランが魔法で声を遮断したらしい。
「なんでお前らばっかりがいい思いしてんだ!オレだって英雄の孫だぞ!!」
ドレスケル先輩がまだ何か叫んでいるようだが、何も聞こえない。
音が消えているのが落ち着かず、怒って追いかけてきてはいないかと何度も振り返っていると、アランの声がすぐ近くで聞こえた。
「・・・聞こうとしないでくれ」
見れば、こちらをじっと見つめている青い目がそこにあった。
怒っているような、不安に揺れているようなーー切実な眼差しに、なぜか心が痛くなる。
「う、うん・・・」
なんとなく、アランの手をぎゅっと強めに握り返してみる。
驚いたような顔の後、ようやく彼の表情がやわらいだ。
いつもの穏やかな彼の顔だ。
(・・・助けにきてくれた・・・ってことだよね?)
この人なら、信じても大丈夫なはずだーー混乱しきった頭で、理解できたのはそれだけだった。
リュカは振り返ることをやめて、アランと二人で夕闇に沈む廊下を歩いていった。
ピンチはひとまず終わり。
あとはアランとのお話です。




