23. 武術上級での“事件”
ストレス&下品な話が出る回ですが、リュカは元気なので安心?してください。
訓練場に着く前からずっと、リュカは憂鬱だった。
武術上級の授業には、友人が一人もいないからだ。
アランとセレスは特別生向けの武術の方を履修しているし、レイ、メイ、フィリアはそもそも武術を履修していない。
本当は話せる相手の一人でも作りたいのだが、残念ながら履修者のほとんどがノーア貴族の高等部生のため、それも叶わない。
(訓練服だと、メイの作戦の効果も薄そうだな・・・)
メイ発案の“人間族の淑女っぽくして安心感を与える作戦”は意外と効果があったらしく、この数日、ノーア貴族達による陰口はぴたりと止んでいた。
こんな簡単なことでいいなら、もっと早くにやっておけばよかったと思ったほどだった。
(魔法数学も、予習してたら全然余裕だったもんね。今日も、特訓の成果を出せるようにがんばろう)
あの後、アランは約束通りしっかり特訓メニューを考えてくれた。
他の友人達がなぜか毎回都合が合わず、アランと二人きりとなったものの、真面目に特訓に集中できたと思う。
身体強化にも電撃にも頼らず、身体の動かし方を一から覚え直す特訓によって、自分の抱える課題も明確になってきた。
今日からは武術の授業では電撃魔法は使わず、身体の動きそのものに集中することにしている。
(電撃使わなかったらどうなるのかな・・・早く試してみたいな)
とはいえ、まずは柔軟で組む相手すらいない現実に向き合わなければならない。
女子の人数が奇数で、いつもリュカが余るからだ。
武術上級は一部の実戦以外、男女分かれての授業となっており、担当教師も男女が一人ずついる。
女子生徒の指導担当であるリンヴェイン先生は副学園長の親戚ーー末端の分家にあたる家の出身らしい。
彼女はノーアの女性王族の護衛を務めたこともある実力者だが、強烈な異種族嫌いで、異種族であるリュカのことは徹底して無視している。
全体の訓練から排除されることこそないが、個人では一切指導してくれない。
当然、柔軟で組む相手がいなくても無視である。
とりあえず自分でできる範囲で柔軟を済ませる。
(大丈夫、大丈夫・・・今日のメインは対人制圧だから・・・)
さすがに基礎動作や受け身練習等は組む相手を順に入れ替えながら行うため、リュカも参加できる。
それでも、教師からのフィードバックもなく、ノーア貴族女子達には冷たく視線を逸らされ続けるのは、なかなか心が痛かった。
「さぁ、では今日はまず、二人組になって対人制圧の復習からだ。エリュアール、こっちへ!」
呼びかけてきたのはヒゲ面の男性教師ーーモーランド先生の方だ。
本来なら男女別に行う基礎訓練の段階で「男子も奇数ですし、特別生のエリュアールはそちらで組ませては?」と提案したリンヴェイン先生に対し、「それもそうだな!強者は強者と組まねば!」と目を輝かせた彼は、ゴンズリー先生以上のバトルマニアだと思う。
リンヴェイン先生の提案は明らかなーー同じノーア貴族の生徒達も眉をひそめるほどの嫌がらせなのだが、モーランド先生は「生徒の実力を向上させるための提案」として、極めて前向きに受け取っているらしい。
「エリュアールは、ドレスケルとペアで対人制圧の復習だ!」
「はい」
リュカの前に立ったのは、高等部の男子生徒だ。
分厚い筋肉の上に脂肪が乗った、縦にも横にも大きい身体をしている。
体格差は明らかで、実力もあるーーリュカにとっては、全力の身体強化込みでなんとか戦えるような相手だ。
そういう意味では、この生徒と組ませようとするモーランド先生の判断は間違っていない。
(あー・・・この人、絶対まだ根に持ってるなぁ・・・)
先週リュカの電撃に一発KOされたドレスケル先輩は、ギラギラした目をしながらも、口元に嘲るような笑みを浮かべた。
「今週も特別生様のお出ましか。お前、自分が陰でなんて呼ばれてるか知ってるか?」
「・・・なんて呼ばれてるんですか?」
「電気うなぎ、だよぉ!」
重そうな見た目に反して、俊敏な動きで飛びかかってきた“犯罪者役”のドレスケル先輩を、リュカは思いっきり投げ飛ばした。
特訓の成果が出せて、ほんの少しだけホッとする。
「なんだぁ!?今日は電撃はナシかよ!!」
「技術向上のために、電撃は使わないことにしたんです・・・ナイフ取り上げたんで、攻守交代してください」
「あ゛ぁ??」
リュカがナイフを構えるや否や、本来は“騎士役”としてこちらの動きを待つはずのドレスケル先輩が、先に飛びかかってきた。
「わっ!」
「おらぁ!!」
お返しとばかりに思いっきり投げ飛ばされ、うつ伏せに地面に叩きつけられたリュカの上に、ドレスケル先輩がどっかりと腰を下ろした。
「・・・どいてください」
「まだお前、ナイフ持ってんだろ。
・・・なぁ、お前のもう一つの呼ばれ方を教えてやろうか?」
「・・・なんですか?」
リュカは苛立ってきていたが、心の中で「電撃は使わない電撃は使わない」と繰り返し唱えて我慢していた。
身動きがとれず悔しそうなリュカの様子にドレスケル先輩がニタァ、と笑う。
「両雄のシーツ、だってよ」
「?」
「ドレスケル!!!お前またそんなことを・・・」
「イールワード様に聞かれたらどうする!」
全くピンとこなかったリュカの代わりに、隣のペアの男子生徒達が騒ぎ始める。
(シーツ?・・・白くて薄っぺらいってこと?でもリョウユウって何?)
ポカンとしているリュカに拍子抜けしたのか、ドレスケル先輩はつまらなさそうにナイフを奪った。
そしてナイフを手元でクルクルと弄びながら、またニヤニヤと笑う。
(手を引っ張って・・・無理か。なら、私が体勢を変えて抜け出せれば・・・)
一向にどいてくれる気のなさそうなドレスケル先輩を尻目に、リュカが抜け出す方法を考えていると、
「ドレスケル・・・ノーア貴族として恥ずかしくないのか!」
どこからやり取りを見ていたのか、突然やってきたチャールズがドレスケル先輩を怒鳴りつけた。
武術上級を受けている数少ないーーリュカ以外では唯一の中等部生が、このチャールズ・ブライトンである。
「淑女・・・ではないかもしれないが、公衆の面前で女性にするようなことではない!」
チャールズはドレスケル先輩を睨みつけ、腕を引っぱって立ち上がらせた。
普段ノーア貴族の礼法を守る彼にしては、信じられないほど荒っぽい言葉遣いや所作に、リュカの方が驚いてしまう。
一方のドレスケル先輩は半笑いで肩をすくめただけだ。
「おいおいブライトン、異種族を女性扱いするたぁ、どういう了見だ?
まさか・・・お前まで、王女サマからこいつに乗り換えたのか?」
「くだらぬことを言うな!」
チャールズはそう吐き捨てると、リュカの方に手を差し伸べた。
手を差し出す割には冷たくこちらを睨みつけているが、無視するのもどうかと思い、リュカはとりあえず彼の手をつかんで立ち上がる。
「・・・どうもありが
「お前もだ、エリュアール。
ようやく慎みを覚えたと思ったら、あんな状況で抵抗しないなど、何を考えている?得意の電撃魔法はどうした?」
チャールズの怒りの矛先は、今度はこちらに向いたらしい。
犯罪者役が制圧後に騎士役を倒してどうするのか、と思いつつ、リュカは素直に答えることにした。
「電撃魔法使うのはやめたんだ。ちゃんと武術だけで戦って、人間族の気持ちを理解した方がいいって・・・」
「なんだと?
・・・イールワード様は、この化け物をどうやって躾けたのだ・・・」
チャールズが何やらつぶやいているが、声が小さ過ぎてよく聞こえなかった。
「それにしても、淑女・・・いやせめて女性としての慎みはないのか?
そもそもお前はイールワード様と・・・それを、他の男に組み敷かれて平気な顔をしているなど・・・」
対人制圧で負けることと慎みに何の関係があるのか。
それに犯罪者役にとっては、押さえ込みから逃げ出すのも訓練のうちだ。
「なんでアランが出てくるのか知らないけど、別に抵抗してない訳じゃなくて、ちゃんと抜け出す方法を考えてたんだよ?
平気じゃないし、悔しいし・・・でも、まぁ、ムカついたけど、私だって先週電撃やり過ぎたから、先輩が怒ってても仕方ないよ」
「・・・な、なに???」
負けるというのは、そもそも嫌なことだ。
特にプライドの高いノーア貴族であれば、異種族の下級生女子に一発KOで負けるなど屈辱以外の何物でもないだろう。根に持たれても仕方がなかったのだ。
そう解釈すると、先ほどまでの苛立ちが随分マシになった気がする。
リュカはギュッと拳を握ると、お腹に力を入れて少し大きな声で言った。
「ドレスケル先輩、先週はすみませんでした!
武術に自信がなくて魔法で補ってしまっていたけど、これからは純粋に技術で勝負します。
ちゃんと武術に勤しんで精進するので、ご指導のほどお願いします」
チャールズを含めた周囲の生徒達が驚きの表情でこちらを見ている。
「・・・いいぜ、これからしっっかり教えてやるよ!」
ドレスケル先輩はニヤニヤと嘲るような笑いのまま、偉そうにそう言った。
「エリュアール、魔法学の天才と呼ばれるお前が、そこまで武術に真摯に向き合ってくれるとは・・・おれは感動したぞ!
共に武術の高みを目指そう!!」
離れた場所で別の生徒を指導していたモーランド先生までがやってきて、目を潤ませている。
(とりあえず自分の非は認めた。あとは、がんばるだけだよね!)
決意を新たにしているリュカの隣で「まさかお前、本気で何もわかっていないのか・・・?」と、チャールズだけが呆然としていた。
ノーア貴族女子にも蛇蝎の如く嫌われていそうな、ドレスケル先輩です・・・。
次はモブ目線でのリュカ評価です。




