19. 違うということ
勉強会(後の雑談)回です
週末、6人は朝から図書館のグループ自習室に集っていた。
リュカが今年履修している苦手科目で、特に問題とされそうなのは魔法数学中級と武術上級だろう、という結論に至り、魔法数学は主にフィリアとメイから、武術はアランとセレスから教えてもらうということに決まった。
リュカはその代わり、魔法言語学と魔法理論学の要点をまとめたノートを持ってきた他、実践防御魔法学、実践攻撃魔法学あたりは実践で要点を教えることになった。
「武術を履修しているのも意外ですが・・・リュカさん、ちゃんと魔法数学できるんですね・・・てっきり、壊滅的なのかと」
「えっ!?」
セレスの言葉が心外なリュカである。
魔法数学は他の科目と比べるとたしかに苦手だが、さすがに壊滅的というほどではない。
「ちゃんと初級で8割はとってたよ!」
「それって普通に得意なんじゃないの?」
「・・・加点が取れず、推奨年次通り履修する授業のことを得意とは言わないのでは?」
「え゛っ!?!」
「ええー・・・」
「・・・セレスくん?ちょっと、得意科目の一般的な定義について、お話しようか」
「す、すみません・・・」
座学についてはセレスが圧倒的だが、メイやフィリアも上級授業はそこそこ取っており、教え方は彼女達の方が上手だったりする。
メイとフィリアからセレスへのお話が終わると、「ずっと気になっていたんだけど」と前置きして、レイが軽くセレスを睨め付けた。
「・・・セレスってさぁ、イスヴァル先輩の尻拭いに来たって言う割には毒舌だし戦闘狂だし傲慢だよね。
人間との交流、やる気ある?」
「レイさん・・・そんな風に思っていたんですか・・・」
「うっわ、レイこそ毒舌じゃん・・・」
以前、セレスが魔法理論学の新米特別生向け「プライド叩き折り実験」の時に見せた毒舌っぷりは、すでに他の友人達も知るところになっている。
今ではそれなりに辛辣なセレスに慣れている面々だった。
「私達といる時はこの感じだけど、特別生向け授業ではだいたい『礼儀正しくて紳士的』って言われてるよ」
「そうなの?」
「謙遜はしていないが、適切な助言を行い、相手に配慮しながら正々堂々と戦っている・・・と、ノーア貴族達が話していたな」
「その国に合わせた礼儀で振る舞うのは基本ですから」
「ということは、毒舌で傲慢なのが素なんだ?」
「ご、傲慢・・・自分に誇りを持ち、強者ほど堂々と振る舞うというのが、魔族の美徳なんですよ」
なるほど、とリュカは妙に納得した。
セレスといいルシアードといい、やけに実力をひけらかすような態度をとると思っていたが、あれは魔族達の文化だったのか。
ノーア王国では謙遜が美徳とされているため、特にノーア貴族の特別生達はルシアードの傲慢な態度を嫌って、両者の溝が深まっていたのだが。
「それに事実に誠実であるべし、という美徳もあります。事実を的確に表現できる言葉を選ぶと、毒舌っぽくなるだけですよ・・・」
「ノーア貴族を怒らせないような言い方で助言もできるんだね・・・」
「あぁ、それは・・・まぁ、戦術を練る価値もない弱者が相手ですからね・・・強者の配慮です」
そう言ってセレスは皮肉げに笑った。
「〜っ!聞いた!?これのどこが『礼儀正しくて紳士的』かって話よ!!」
「まぁ、ルシアード先輩と比べれば、セレスは紳士的だよ、うん・・・」
「比較対象が悪過ぎますね。あの男は魔族の中でも、特に偏った価値観を体現しているので」
偏った価値観?と首を傾げたリュカに、頷き返すセレス。
「あの男は、老害どもーーかつて人間族に戦争を仕掛けた老人達のことですが、彼らによる思想の影響が強いんです」
セレスの説明によると、人間族がよく魔族にイメージする“強さこそが価値”といった価値観は、現在では少数派になっているそうだ。
魔族にとって強さは重要だが、それをどの程度重視するかは個人差がある。
戦後は特に、人間族との長年の戦争に疲れ、また様々な種族との交流を通して、強さ以外の価値を大切にする者が増えたらしい。
“強さこそが価値”という価値観は、今では老人達と一部の過激な若者のみのものとなり、魔族社会では古い価値観と呼ばれているそうだ。
「あの男は魔族の中では人気が高くて、老人達や周囲が担ぎ上げようとするのも仕方なくはあるのですが・・・」
「ん?ちょっと待って。イスヴァル先輩の人気が高いって、なんで?」
メイが嫌そうな顔で尋ねると、セレスは意外そうな顔をした。
「あの男は魔力量だけは非常に高いですし、見目も整っているでしょう。特に女性からは非常に人気が高くて
「えー!!?」
「嘘ぉ!?」
叫んだのはリュカとメイである。
「・・・?
あの男は、普段から女性を口説いてばかりいるでしょう」
「口説いて・・・?
女子の魔力障壁叩き割ったり、魔力で染め上げる嫌がらせとかならしてるけど」
セレスは一度ぴたっ、と動きを止めた後、納得したような顔になった。
「・・・そうでしたね。ノーア貴族から見れば、あれは完全に侮辱の類なんでしょう。
みなさんが魔族の文化についてほとんど知らないことを忘れていました」
そうしてセレスが語り出した内容は、驚くべきものだった。
「つ、つまり・・・魔族女子は、魔力障壁貫かれたら『なんて強い男なの!素敵!!』ってなるの!?」
「ええ。強い者を魅力的と感じる傾向は、男女共にありますから」
「で、闇魔法で染められたら『わざわざマーキングしてくるなんて可愛い男ね』って反応だと?」
「ええ、魔力で攻撃するのではなく、相手に与えているという発想なので・・・あるいは『わざわざ魔力を分けてくれるなんて親切ね』みたいな感じでしょうか」
メイが頭を抱えた。
フィリアもこめかみを押さえているし、レイは肩をすくめている。
リュカは、軽く天を仰いだ。
「い、異文化過ぎる〜〜!!」
「ぜんっぜん共感できない・・・」
「つまり、魔族的には完全にモテムーブだったのか・・・ぷっ、ウケる・・・」
「本人は女子にモテる気満々だったんだねー・・・」
「魔族は他者から与えられた魔力を上手く自分に吸収できる、ということか?」
アランだけ別の世界にいる感があるが、どうもそういうことらしかった。
他者が放った魔法やその残留魔力を吸収することは、人間族には基本的にできない。分解したり打ち消すのがせいぜいである。
「はい。なので、魔族の男性が女性に自らの魔力を与えるのは、求愛行動のようなものです。
魔力を吸収できない種族であれば、代わりに食べ物や贈り物を与えることもありますが・・・」
「・・・食べ物・・・」
「ノーア貴族女性に求愛しまくって・・・友好的に?振る舞ってるつもりだったわけね」
「ええ。ノーア貴族の文化を理解していないので、完全に裏目に出ていますが・・・」
リュカは話を聞きながら気になったことを聞いてみることにした。
「私がルシアード先輩の魔法を防いだり、魔力障壁を破ったりしたのって、魔族的にはどうなるの?」
「そうですね・・・防御魔法を破れるほどの強さを見せつけてこちらの気を引きつつも、魔力は受けつけない、プライドの高い女性という印象です」
頭が痛くなってきたリュカだったが、一応続きを聞かなければと思う。
拳を強く握りしめ、心の準備をする。
「じゃあルシアード先輩が毎日訓練に誘ってきたのは?」
「もちろん、リュカさんの魔力障壁を破れれば、交際してもらえると思っていたのでしょうね」
「もちろんって・・・」
「・・・もちろん、か・・・やば、ジワる・・・」
レイは肩を震わせて笑っているが、リュカは全く笑える気がしなかった。
それでは、始まりから既にすれ違っているではないか。
「半年以上、破れなかったら?」
「それは・・・自分はこの女性に見合う男ではない、と思うでしょうね。あの男であれば、まだ諦めていない気もしますが」
当時のリュカは「魔力障壁を破られたら、もうルシアード先輩に会えないかも」と必死だったのだが。
(知らないうちに、私が拒絶していることになっていたのか)
少し後悔しそうになったその時、ルシアードの隣で笑う女子生徒が頭に浮かんだ。
「・・・その間に、他の女の子を口説くのはなぜ?」
「ああ、それはまた別でしょう。古い魔族の価値観では、強者は伴侶を複数持つのが当然なので」
「え」
「げっ!?」
頭も心も痛い話だが、これまで感じていた引っかかりが解消されていく気がする。
「例えば古い価値観では、王は大抵三人の伴侶を持ちます。
政治的に選ばれる最も正式な伴侶(王妃、王配)と、高魔力の子孫を残すための伴侶、そして恋愛的な伴侶・・・ノーア貴族でいうところの愛妾ですね」
「・・・む、無理〜・・・」
メイが漏らしたその一言に尽きる。
勘違いではなかったのだ。
ただ・・・前提が最初から違っていただけで。
「一人だけが特別って考え方、魔族にはないの?」
「!!もちろんありますよ!!
古い価値観がそうなっているというだけで、現在の魔族は大半が一夫一妻です。
・・・ですから、あの男が特殊なんですよ・・・」
「なんでそんなヤバいのを友好の使者にしちゃったの?」
「それにはまた色々事情が・・・」
セレス達はまだルシアードの話を続けていたが、リュカはそっと目を伏せた。
(・・・高魔力に惹かれて、か・・・)
結局、ルシアードにとっての特別はアマルシアであり、リュカではなかったということは変わらないらしい。
求められてはいるが特別ではないというのは、求められないこととはまた別の地獄ではないだろうか。
(・・・何も始まらなくて、よかったんだね・・・)
ふぅ、と息を吐いて目を開くと、向かいの席のアランがこちらを見ていた。
穏やかな青い目と目が合う。
彼の無表情な顔に、かすかに気遣わしげな表情が浮かんだ。
「大丈夫か?・・・気分が悪くなったり、していないか?」
予想外の方向から心配されていて驚きつつ、首を振って「大丈夫だよ」と答える。
アランの中では、リュカは「いつもルシアードに絡まれて迷惑している人」なのだろう。
そう思うと、なんだか少し笑顔になれた。
その認識は完全には間違っていないし、彼にはこれからもぜひそう思っていて欲しい。
(・・・ありがとう、アラン)
ひどい気分になりそうなところを、アランの言葉で救われた思いがする。
「私も、色々と紛らわしいことをしてたみたいだから、反省してた」
「・・・そうか?」
「うん」
アランに笑い返しながら、リュカは固く握りしめていた拳をそっと開いた。




