18. 藍色に想う
予告詐欺ですが、勉強会前にちょっと重めの回です。
夜、ベッドに入ってから、その日あった事を思い返すのがリュカの日課である。
授業の内容や美味しかった料理、友人達の楽しい話など、なるべく良いことを中心に思い返す。
最近はその中にアランとの会話や彼の表情や仕草も含まれてきている。寝る前のささやかな幸せな時間だ。
しかし、アランへの想いが強まる中で、どうしても頭をよぎることがあった。
かつてのルシアードへの、苦い失恋の記憶である。
(ルシ先輩・・・って呼んでたよね、昔は・・・)
ルシアードと出会ったのは、中等部一年の時だった。
入学してすぐに、リュカの師匠と縁があるゴンズリー先生から、新米特別生向け「プライド叩き折り実験」への参加を依頼され、そこでルシアードに出会ったのだ。
初めてルシアードに言われた言葉を、リュカは今でも覚えている。
(「お前は何だ?人間でも魔族でも精霊でもないな・・・どこの田舎から出てきた少数種族だ?」だっけ・・・)
自分の種族をなるべく隠すことは師匠との約束だったので、リュカは何の返事もしなかった。
嘘をつくのは苦手だし、こんなに喧嘩腰の相手に何かを答える義理もないと思ったからだ。
すると、ルシアードはつまらなさそうにこう言ったのだ。
(「よく見れば、特別生でもない子供ではないか・・・魔法もまともに使えぬ者が遊びに来るところではない」だったっけ。
あ、いま思い出してもなんか腹立つわ・・・)
当時は相当腹が立ち、こいつのプライドをバキバキにへし折ってやろうと固く決意したものだ。
そうして魔法障壁でルシアードの魔法を防ぎまくり、ついでに電撃を容赦なく浴びせかけて向こうの魔法障壁を片っ端から破ってやったところ、彼は悔しがりながらも「すごいな!」と素直に賛辞を述べた。
それからは毎回親しげに話しかけられ、魔法の訓練に誘われ、ほぼ毎日会いにくるようになった。
そんなルシアードを、最初は随分と警戒したものだったが。
(・・・先輩、あの頃は普通に優しかったな。美味しいお菓子とかもくれたし・・・)
異種族としてひたすら疎外される中で、親しげに話しかけてくるルシアードの存在がどれほど救いだったことか。
彼に心を許すのに、それほど時間はかからなかった。
自分の実力を認めてくれて、遠慮なく戦うことができる相手は、この学園では(教師を除けば)彼が初めてだった。
ましてや、それが他を寄せ付けない絶世の美男子であれば、ときめかないはずがないではないか。
(・・・仲良くなれた、つもりだったんだけどなぁ・・・)
そうして「ルシ先輩のお気に入り」として半年ほど過ごした頃、彼女が現れた。
突然ルシアードに「大切な話がある」と呼び出された時には、ついに告白でもされるのかと心が躍ったものだったが。
(アマルシア先輩・・・やっぱりみんな、ああいう女性らしくて可愛い人がいいんだろうなぁ・・・)
持ちかけられたのはなんと恋愛相談で、アマルシアという女子生徒と履修授業が重なっていたリュカに、紹介や協力を頼むという話だった。
アマルシアは美しいローズピンクの髪に金色の目をした、妖精のような美少女で、魔族であることを理由に仲間外れにされていた。
彼女はリュカよりも二つ学年が上だったが、仲間外れ同士それなりに仲良くしており、ルシアードとのことも話していた。
だからこそ、余計につらかった。
(「か弱くて愛らしい彼女を守りたい」なんて言われたら、ね・・・)
あの時の絶望感と、胸が張り裂けるような感情は、今でも生々しく思い出せる。
全てを投げ出してエオルテに帰りたいと何度か思ったし、実際に直後の長期休暇ではエオルテに帰省した。
帰省中も何もする気力が起きず、師匠には随分と心配をかけてしまった。
(・・・勘違い、しちゃったんだよね)
ルシアードは魔法に関する興味から自分に構っていて、たまたま距離が近いタイプだっただけで、恋愛的な好意は持っていなかったのだろう。
「可愛いヤツめ」と頭を撫でられ、「やはりこの俺と対等に渡り合える女でないと・・・まぁこの学園ではお前くらいだろうな」などと言われていても、全ては勘違いだったのだ。
(アランのことは、勘違いしないようにしないと)
だから、もう、同じような間違いはしない。
アランは優しいし、種族や身分を超えて仲良くなれている気はするが、それはあくまで友人としての話。
彼はリュカとだけ特別に仲が良い訳ではないし、あの優しさが向けられる相手は自分だけではない。
アランのわずかな表情の変化にときめいても、静かな気遣いが嬉しくても、それは自分が勝手に思っているだけのこと。
(思い上がるな。自惚れるな。
・・・私が、誰かの特別になれるなんて、そんな期待は)
してはいけない。
淡い望みが絶たれた時の苦しさを、もう味わいたくないならば。
化け物ではなく、同じ人として扱ってくれるだけで、充分ではないか。
あの穏やかな目で、気遣ってくれるだけで。
(あぁ、でも・・・諦めたく、ないなぁ・・・)
そもそも、立場だけでいうなら、マナ国の首長の後継者らしいアランは、ルシアード以上に政治的に重要な立場にいるはずだ。
ノーア貴族達の様子を見ても、女性はいくらでも寄ってくるだろう。
確かめたことはないが、ひょっとしたら故郷に婚約者がいるかもしれないし、そうでなくても想い合う相手が既にいる可能性はある。
もしそうであれば、まだ知り合って一ヶ月そこそこの自分に、いったい何ができるというのだ?
(想ってるだけ・・・それだけなら、いいよね・・・?)
いつか、どこかで苦しんで終わるとしても。
(今、この恋を殺さなくても、いいよね?)
リュカの頬をつたって、涙が流れ落ちていった。
額に当てた手が震える。
(寝る前にこんなこと、考えちゃダメだね・・・あたたかいものでも飲んで、寝よう)
涙が落ち着いた後、リュカはそっとベッドから降りた。
寝間着の上から薄い外套を羽織ると、給湯室へ向かうために部屋を出る。
窓の外の藍色の闇を見た瞬間、ふとアランの穏やかな眼差しが思い浮かんだ。
この藍色は、いつも彼の不思議な青い目の中心に見える、あの深い色だ。
(・・・今はまだ、アランの色だって思ってても・・・いいよ)
リュカはそっと手を握りしめ、暗い廊下を歩き始めた。
リュカは決して孤独ではないですが、ずっと寂しさを抱えて生きています。
次回こそは、勉強会です。




