15. 『人間族の英雄』 (アラン視点)
アラン視点。14話の答え合わせです。
昨日(金曜)更新された14話をご覧になってない方は、まずはそちらからお読みください。
歴史学の課題のため、アランは図書館で借りてきた本を自室の机の上に積み上げた。
その中の一冊、『人間族の英雄 バルダシル・イールワード』という本を開くと、早々に彼はため息をついた。
(・・・やはり、ひどいな)
その本は、ノーア王国で有名な歴史学者が監修した小説だった。ノーア王国内では非常に人気が高く、劇の台本としても採用され、平民にも広く内容が知れ渡っている。
前書きには「本書は、ノーア王国と共に魔王を打ち倒し、人間族を救った英雄バルダシルーー彼の犯した唯一にして最大の誤りに迫る意欲作である」とある。
(・・・誤り、か)
小説の中で英雄バルダシルは、魔族との戦いの中で偶然出会ったノーア王国の王女と恋に落ち、二人は順調に愛を育む。
しかし、ふとしたすれ違いから、王女が自分を捨てて異国の王子と結婚すると思い込んだバルダシル。
悲しみを紛らわせるために浴びるほどの酒を飲んだ彼は、当時彼に仕えていた下働きの女の誘惑に抗えず、一夜の過ちを犯してしまう。
バルダシルは過ちを悔いて、再び王女に想いを伝えようとするが、彼の子を身籠ったと主張する下働きによって、愛し合う二人は引き裂かれた・・・という筋書きだった。
王女が降嫁する家に、庶子や愛妾がいることなど許されるはずがない、というノーアの価値観に沿った内容だ。
(・・・こんなものが、真実として流布されているとは)
アランは小説を一旦机に置くと、隣に積み上げてあった別の本を開く。
こちらはノーア王国の隣国エオルテの作家による、祖父バルダシルの伝記だ。
わざわざ取材のためにマナ国のバルダシルを訪れたその作家は、目を輝かせながらバルダシルや彼を知る人々から話を聞いて回り、見聞きした事実をもとにして伝記を書き上げた。
完成した伝記を贈られて大層喜んだ祖父は、お礼に名匠の手による大剣を贈ろうとして祖母に呆れられ、結局二人で別の贈り物を準備したという。
それは、アランが祖父に何度も聞かされた話だった。
「クレアは呆れた顔まで美しいのだ!」などと、孫相手に何を惚気ているのかと思ったものだったが。
(・・・あの二人を、よくも・・・)
アランは不快な気持ちを抑え、もう一度ノーア王国の小説を手に取った。
アランの祖母であり、バルダシルの妻であるクローディアは、非常に怜悧で理知的な女性だ。
どこか超然としていて感情の起伏が少ない祖母だが、祖父とは確かな絆で結ばれており、二人が深く愛し合っているのは明らかだった。
祖父は外向きでは祖母を「クローディア」と呼ぶが、家ではいつも「クレア」という愛称で優しく呼びかけていた。
そして、そう呼ばれた祖母は、花が咲くように美しく微笑むのだ。
(・・・本レポートでは、俗に『人間族の英雄』と呼ばれるバルダシル・イールワードについて、五か国で書かれた史料をそれぞれ比較・検討し・・・)
アランは借りてきた全ての本に目を通し終わると、レポートを書き始めた。
課題は「同一人物に関する異なる史料を比較し、それぞれの成立背景および思想的傾向を分析して、レポートにまとめること」である。
存命の人物を対象としてもよいとのことだったので、アランは迷わず祖父を選んだ。
本来は本を二冊だけ読んで比較すればいいのだが、アランは五つの国ーーバルダシルの故郷であるマナ国、ノーア王国、隣国エオルテ、聖国、魔族の国イスヴァルーーの本を比較・分析していた。
史料の追加と早期提出によって、加点をもらえればいいと思う。
(・・・ノーア王国の史料では、終戦の立役者バルダシル・イールワードとノーヘイン王家との関係性を誇張することで、戦争後の王権の強化につなげようとする意図がうかがえ・・・)
アランは淡々と分析を続ける。
何年か前、似たような課題を祖母クローディアから出されたことを思い出した。
「書かれた内容を理解するのは当然のこと。歴史学においては、前提となる知識や背景に照らして、史料が書かれた意図を理解しようと努めなさい」と言われたが、幼かったアランには言われたことの半分も理解できなかったのを覚えている。
アランが理解できなかったことに気づくと、祖母はコホン、と咳払いし「誰が、いつどこで、何のためにこの本を書いたかを考えて読みなさい」と言い直した。
あの、いわば理性の塊のような祖母は、祖父とは別な意味でアランの憧れである。
「・・・よし」
書き上がったレポートのインクが乾くのを待ちながら、アランはレポートには使わなかった小さめの本を手に取った。
それは、マナ国で出版された、祖父バルダシルの活躍が童話風に描かれた絵本だった。
(・・・なつかしい。)
祖父が幼いアランに一生懸命絵本を読み聞かせていた姿を思い出し、つい借りてきてしまった。
それと同時に思い出すのは、あのリュカという少女のことだった。
宝石のように美しい髪の、やさしくて、どこか寂しげな少女。
彼女と話す時、不思議と穏やかな気持ちになり、表情のコントロールを忘れて、素の自分が出てしまう。
(リュカも英雄バルダシルの絵本を読んだと言っていたな・・・その絵本は、どっちだったのだろう・・・)
できれば彼女には、祖父のことを否定されたくない。
「おじいちゃん、大人気だね」と笑ってくれたあの顔が、冷たい軽蔑や嫌悪感に歪むところは見たくない、と思う。
なんとなく、そんなことにはならない気もしてはいるのだが。
(・・・ノーアでは、こちらの小説の内容が信じられている。それに、最近の囲い込み・・・ならば、ノーヘイン王家は、まだ・・・)
ノーヘイン王家から内々に、アランとユミア王女との婚約の打診があった時、アランは祖父と相談して、それをはっきりと断った。
祖父はそもそも政略結婚には否定的だったし、アランも興味がなかったからだ。
ただ、イールワード家を巡る状況を鑑みれば、自分もいつかは誰かと結婚しなければならないだろう。
その時は、祖父と祖母、父と母のような、深く心が結ばれた関係を築きたい。
祖父にそう伝えると、「そうか。では、まずは人をよく見て知ることから始めよ!人と接する時は、自分の心と頭、身体の全てを駆使するものだ。相手をよく見て対話し、しっかり手合わせするのだぞ」と大変嬉しそうな様子で言われた。
アランもその言葉通り、人のことはよく観察し、会話や手合わせ等で感じた印象を大切にしている。
(俺が関わったら、リュカに迷惑がかかるか・・・)
自分が関われば、この閉鎖的なノーア王国で、ただでさえ異種族として苦労している様子のリュカに、余計に迷惑がかかる可能性が高い。
彼女も自分がノーア貴族達に囲い込まれるのを見て、思うところがあったはずだ。
だが、それでもーーああして自分から話しかけてきてくれたのだから。
(相手をよく見て知ることは大切・・・な、はずだ)
真に友となりたいならば、リスクを案じて距離を置くのではなく、共にいてできることをするべきーーきっと、祖父ならばそう言うだろう。
そう結論づけると、アランはそっと絵本を閉じ、机の上を片付け始めた。
アランはちゃんと誠実な男ですので、ご安心を。
(誤解を招きそうな表現があったので、修正しました)
次回はまた不穏回予定です。




