12. 名前を呼ぶ
「もう聞いた?特別生授業の話」
「聞いたわ。イールワードさんが、異種族達を打ち負かしたんでしょう?」
「魔族の王族二人を破ったのよね。あのエリュアールの魔法障壁も、あっさり打ち破ったらしいわ!」
新米特別生向け「プライド叩き折り実験」から数日が経つと、中等部三年の生徒達の間では、このような噂話が交わされていた。
「さすが人間族の英雄の血筋ね・・・異種族達がマネしようとしても、同じ魔法は使えなかったらしいもの」
「あのバルダシル様のお孫さんだものね。きっと特別な魔法を使えるのよ」
「イールワード家では幼い頃からさぞ厳しい教育を課すんでしょうね」
虚実が絶妙に混じったその噂は、まるで事実そのものであるかのように断定的に語られていった。
「きっと厳しい教育の中で、いつも自分を律しているのね。イールワードさんって、いつも無表情・・・というか、少し気難しそうな顔じゃない?」
「そうよね。最初は一人で離れた席に座ったり、こちらへの誘いを断ったりしていたし・・・」
「でも、最近は違うもの。異種族に混じって行動することで、彼らの行動を分析して、対策を立てていたのかもしれないわ」
「きっと、とてもストイックなのね」
そして、噂が広まるのと同時に、アランの周りに少しずつノーア貴族の生徒が増えていった。
「イールワードさんは、お祖父様から直接魔法を習ったのね」
「・・・ああ」
「僕、バルダシル様の大ファンで・・・!どんな風に魔法を教えてくれるのか、教えてくれない??」
「ああ、祖父は・・・」
そのほとんどは中級か下級貴族の生徒で、アラン自身を褒め称えて教えを乞うたり、彼の祖父に憧れているので詳しく知りたいといった者ばかりだ。
特別生授業では高等部の生徒達に、食堂や合同授業では主に同学年の生徒達に囲まれ、アランは常に彼らの中心にいて仲良く会話しているように見える。
「・・・で、リュカは寂しい訳ね」
「うっ・・・うん・・・」
「アランくん、種族とか関係ない風だったし、意外とやさしかったもんね」
「仲良くなれそうだったのになぁ〜」
そんなアランを見ながら、リュカは自分の気持ちを持て余していた。
食堂の中で、六人がけの席に座っているのはリュカ達四人のみ。
少し離れたテーブルにいるアランは、同学年のノーア貴族達に囲まれていた。
隣では、レイがそんな彼らに冷めた目を向けている。
「イールワードの人間が異種族に友好的な態度をとってくれたら、少しは風当たりもマシになるかなって期待してたんだけどね」
「打算じゃん」
「レイはレイだよねぇ・・・」
「それはそれとして、いいヤツそうだなとは思ってたよ」
なお、レイによる盗聴防止魔法は今日もさりげなく展開済である。
「今年もほぼ、私達四人のグループだねぇ・・・」
「セレスくんは?」
「先生に聞きたいことがあるから、後で一人でお昼食べるってさ」
「熱心だよねぇ・・・」
この二週間ほど、セレスは合同授業の班分けで、リュカ達四人と同じグループに入っていた。
特別授業ではリュカと行動を共にすることが多く、授業の流れでたまに一緒に食事をとることもあったが、基本的には一人で行動している。
「本当に身分とか関係なく、仲良くなれたらよかったんだけど」
「つくづく、平等なんて幻想だねー」
「あっ、ところで、さっきの授業の話なんだけど・・・」
友人達の話を聞きながら、リュカはまたアランのテーブルの方へ視線を向けた。
(私が勝手にときめいただけ・・・だけど、もう、気になっちゃうもんなぁ・・・)
アランはノーア貴族達と話している。リュカ達と話していた時と同じで、あまり表情はないが、相手の話を受けて話しているように見える。
(でも、なんか、こう・・・表情が違う気が・・・)
何が違うのか、とリュカが真剣に考えていると、ふとアランがこちらを見た。
(あっ・・・さすがに見過ぎた・・・)
ほんのかすかに視線が柔らかくなり、こちらに目礼してくれた・・・ように思ったが、すぐに視線が逸れた。
一応リュカも目礼を返して、そっと視線を外す。
(・・・また話しかけてみようかな)
ノーア貴族がじわじわと周りを固め始める前までは、アランとセレスとの三人で特別授業を受けていたのだ。
話しかけても別に不自然ではない、はずである。
ぐるぐると考えているうちに、昼休みの終了を告げる鐘がなった。
「さて、授業行きますかー」
「・・・私、ちょっと行ってくる!」
「えっ!?」
リュカは急いで席を立つと、食堂を出ようとするレイ達とは反対の、アラン達のテーブルの方へと歩いて行く。
「行動力・・・」
「それでこそリュカ」
友の声が聞こえて少し恥ずかしくなったが、止まる訳にもいかないので、そのまま勢いで話しかけることにする。
アラン達もちょうど今、立ち上がって移動するところだ。
「・・・イールワードさん、次の授業の教室まで、一緒に行かない?」
「!?」
「あっ、イールワードさんは僕たちと・・・」
「えっ、次は特別授業でしょ?」
強引なのはわかっていたが、特別生であることを盾にしてみる。
彼らが特別授業の教室まで同行する方が不自然なはずだ。
「それは・・・」
「先輩達との待ち合わせ場所まで一緒に行く約束なの。そもそも、お前と一緒に行く理由もないでしょう」
下級貴族グループのリーダー格らしい女子生徒が、嘲笑うように言った。
この前からアランのことを猫撫で声で褒めていて、ちょっと気に入らないと思っていた生徒だ。
心の中で一度深呼吸をし、リュカは努めて穏やかな声を出した。
「移動しながら少し話したいなって・・・特別授業のこともあるし」
自分が敵対的に出ては、アランが困ってしまうだろう。
ちょっと話したいだけなのだ・・・アラン自身が断るならばともかく、他の人に止められたくはなかった。
「あのねぇ」
「・・・ああ、行こう。先輩達には、俺は先に行ったと伝えてくれ」
「えっ」
「待って、イールワードさん。そういう訳には・・・」
「なぜだ?」
女子生徒に止められた瞬間、アランの声が冷えた。
「どうするかは、俺が決めることだ」
いつもと変わらぬ無表情で放たれた言葉が、場の空気を切り裂く。
「イールワードさん、ごめんなさい。私はそんなつもりじゃ・・・」
女子生徒が慌てて取り繕おうとするが、アランはそちらに背を向けると、スタスタとリュカの方へ歩いてきた。
「リュカ、行こう」
「っ!!」
「っ・・・う、うん!」
アランが自分を名前で呼んだことに驚きつつ、リュカは彼の隣に並んだ。
ーー前みたいに呼んでもいいのか、ずっと不安だったんだ。
小さく息を吸って、呼びかける。
「じゃあ行こう、アラン」
二人の背中をノーア貴族達のたくさんの視線が追ったが、バタン、と閉じられた食堂のドアによって、その視線は断ち切られた。
「イールワード様もなかなか気難しいですね・・・」
「気位の高いお方なのでしょう」
「あのように異種族と名前で呼び合って・・・」
全ての状況を遠目で見ていたユミア王女は、自分を取り巻く貴族達の言葉を聞きながら、わずかに目を伏せた。
「戦いへのこだわりがあるのであれば、異種族との交流も致し方ないでしょう。
マナでは異種族を懐柔し、上手く飼い慣らしていると聞きます・・・わたくしもいずれ、そのやり方を学ばなければなりませんね」
「ユミア様・・・」
ユミア王女が寂しげに微笑んでみせると、ノーア貴族達は陶酔し切ったような表情を浮かべた。
「しかし、今のわたくしはノーアの第一王女です。この国のため、まずは学園の秩序を正さなければ」
そして、王女を含めたノーア貴族達もぞろぞろと食堂を出て行き、食堂には誰もいなくなった。
次の話は、食堂を出たアランとリュカの会話です。




