第42話 のんびりできると油断してはならない
「あら、このクッキー、美味しいですわ」
「学園都市の神殿の前で、この前、同じパーティーだった巫女見習いの方が売っていたものです」
「あー、オーロラさんだったか。ヌーヴォルスが魔法かけてもらってたよな」
イセリナ先生の講義が終わったあとに、ボクたちはクッキーを食べていた。
……本来ならアリスティアお嬢さまには毒見とかも必要なんだろうけど、とりあえず最初にボクが食べたことでその代わりという形になってるんだと思う。そのへんはアリスティアお嬢さまもおおらかだ。
「あの人、クッキーとか焼くんだな。そういう感じはしなかったんだが」
「ナイスクマリー。おそらく、修道院などの経営活動の一環ですわ」
「経営活動、ですか?」
「そうです。いくらかは寄付金も入ってくるでしょうけれど、それだけで修道院を守っていけるわけではないのです。卒業後にどこの修道院へ行ったとしても、そういうことができるように神学校在学中からいろいろと取り組んでいるのでしょう」
「なるほど……そういう意味では、卒業後にいろいろと先がある魔術師見習いは楽ですね」
「そうともいえないと思いますけれど……まあ、魔術師見習いが畑仕事やお菓子作りをすることはないですね……シーアルドのように、王家に仕える可能性が高い場合などは特別……苦労するだろうとは思いますけれど……」
アリスティアお嬢さま!? なんてことを!?
アリスティアお嬢さまとナイスクマリーからボクに向けて、憐れむ視線が向けられている。
その視線に悪気はないってことはわかる。
入学してからずっとふたりとは一緒だったから、それはわかるけど……。
……でも、アリスティアお嬢さまやナイスクマリーにしてみれば、ボクが苦労するだろうとしか思えないだろうな。
ふたりにとってのボクは『掃除の魔術師』のままだから。
それなのに『なんとか魔術師』としての強力な魔法が期待されてるって感じ。
どうやって真実を知らない人たちをだましていくのか、謎でしかない。絶対に無理だとボクは思うんだけど?
……本当は、いろいろな魔法が使える。今は。
この学園で仲良くしてもらってるふたりにも、このままずっと秘密にしていくんだから……ボクってかなり悪いヤツだよな……。
でも、そうしないと、サラマン・イスクみたいな人生になるかもしれない。だから、そういう部分はどうにか飲み込んでやっていくしかない。
たとえ嫌なヤツになったとしても人生が狂うよりはいいはず。
そんなことを考えていると……。
「シーアルドくんはいるかね? ああ、いたか」
「……副学園長?」
ちょっと前にボクの魔法に関する情報漏洩みたいな感じで、処罰を受けた副学園長がやってきた。
「すぐに応接室まできてもらいたい。騎士学園から何人かの先生方がきているのだ。キミに確認したいことがあるらしい」
「え……?」
また騎士学園……?
頭に浮かぶのはガハハと笑うホワイトナイト学園長の大きな口。
嫌な予感しか、しないんだけど……?
「副学園長。わたくしの同席は認めて頂けますわね?」
「シュタイン伯爵令嬢か……仕方あるまい」
「では、シーアルドとともに応接室へ向かいます。ナイスクマリーはイセリナ先生のところへ」
「了解しました」
ボクとアリスティアお嬢さまよりも先に、ナイスクマリーが講義室から出ていく。
イセリナ先生を呼んできてもらえるのは助かる。
それにしても……。
「副学園長、その……学園長は……」
「学園長は王都だ。今はおらんぞ」
ああ、最強の味方が!?
こんな時にいないなんて!?
……もちろん、アリスティアお嬢さまとイセリナ先生がいれば安心だけど!?
副学園長はなんか……頼りにならないというか、下手したら敵視されてるかもしれないというか。
ある意味ではボクのせいで処罰を受けてるともいえなくもないから。
どうして、こう、ボクのところに面倒なことがやってくるんだろうか……?
いや、『なんとか魔術師』だからこういうことになるんだろうというのはわかってるんだけどね?
「では、さっそくだが、キミにききたいことがある」
学園長室よりも広い、応接室。ここにははじめて入った気がする。
向かい側のソファに座ってる3人の騎士学園の先生のうち、真ん中の先生が口を開いた。
何のために3人も騎士学園から先生がきたのかはわからない。
「いえ、あの……まだイセリナ先生が……」
「デレシーロ先生を待っていると、いつまでたっても話が進まん。あとで説明すればよかろう」
そう切り捨てるのは副学園長だ。
確かにイセリナ先生はゆっくり歩くから、なかなか到着しないだろうけど……。
やっぱりボクの味方って印象がないよな、副学園長って。
……掃除の魔法についてもかなり否定的だったし。
「では、どうぞ、ギガンタル先生」
「ええ、そうさせてもらいますよ。キミ、シーアルドくんだね?」
「は、はい」
「まず確認だが……昨日は、商業区画の方へ出かけていた、ということでまちがいないだろうか?」
「昨日……」
確かにボクはエリンと出かけたけど……商業区画?
「確かに昨日は出かけていましたけど、商業区画というのがちょっと、よくわからないです」
「……ふむ。噴水のある中央広場はわかるかね?」
「あ、はい。神殿があるところですよね?」
「そうだ。そこから北側の大通りの方向がおおまかにいえば全て商業区画になる」
北側ってことは……あ、うん。ボクたちが東寮だから、中央広場に向かって進んだら右側の大通りってことか。
確かに、そっち側に歩いたような気がする。
「……おそらく、中央広場から北側の大通りの方向には歩いたと思います。ただ、大通りよりも、もっと細い道だったけど……」
「そうか。その時、騎士学園の生徒とトラブルはなかったか?」
「あ……」
あれか!?
ボクとエリンにからんできた4人組の!?
ふたりは気絶させたけど、怪我はさせてないはず。
「ええと、4人組の……確か騎士学園の2学年だとかいってましたけど、その人たちにからまれました」
「ふむ……どうやらキミでまちがいないようだ」
「はい……?」
あれ、ボクが悪いのか?
エリンを狙って、ろくでもないことをしようとしてきたと思うんだけど?
「その時、君は貴族だと身分を偽った。どうだ? まちがいないか?」
「ええっ!?」
どうやらボクは何かとんでもない疑惑をかけられているらしい……。




