第29話 魔法はカッコよく使いたい……
「それじゃあ、今度は洗濯ものくらいは残しておいてね」
「わかったよ、エリン」
エリンは手を振って、ボクの部屋から出ていった。
ボクの部屋の掃除にきて、綺麗すぎて掃除ができないとすねたエリンはかわいかった。
それでいてソードアークは部屋を汚しすぎだと怒ってるのもかわいいけど。
掃除ができないなら洗濯をってエリンが言い出した。
でも、ボクは服も綺麗にしてて……掃除の魔法って本当に便利だなぁ。
次からは洗濯ものを少し残しておくことを約束させられてしまった。
エリンはボクやソードアークの世話を焼きたいんだろう。
……孤児院でのつながりを切りたくないって気持ちも強いと思う。それは、わからなくもない気持ちだ。
アリスティアお嬢さまにメイドとして仕えることになったから、ボクやソードアークがいなければ別世界すぎてエリンには辛いのかもしれない。
エリンにはできるだけ優しくしようとボクは思った。
思ったけど、それはそれとして……ドアのカギを閉めておく。
「やっぱりボクは『カードの魔術師』だったな……」
フフフ、と笑いが出てしまう自分を止められないボクがいる。
エリンがいなくなればこの部屋はボクだけの世界だ。
エリンが邪魔だとは思わないけどひとりの時間も大事だろう。
まさにボクの小世界!
王城でいろいろな魔法のカードを手に入れたことでボクのテンションは上がりすぎていた。
でも、ここは寮のボクの部屋だから誰かにみられることはない。
何をしてもバレない安全な場所だ。
……何よりも……ボクだってみんなみたいな呪文の詠唱とか、やってみたいという思いがある!?
魔術師なのにボクだけ魔法が使えない(設定になってる)から!?
せめて、そんな雰囲気だけでも!?
でも、カードの魔法は特に詠唱とかがいらないんだよ……もちろん、起句だけの詠唱破棄というものがどれほど優位なのかはイセリナ先生から教わってる。
それでも!?
あの詠唱しつつ流れるように魔法を使うのが……カッコいいんだ……。
ボクも、そうありたいと思うのは誰にも止められないはず。
5枚のカードをトランプのように少しずつずらして、扇のような形で左手に用意する。
そして、ピンと背筋を伸ばす。これが大事。
「いでよ、わが魔導の書!」
そう口にしながら魔力を循環させて魔力の本を出す。いう必要ないけどこれでいいんだ。それだけでテンションが上がる。
この本がボクにしかみえないというのが残念すぎる。できればみんなにみてもらいたいくらいなのに。
それは絶対にできないけどな!?
いろいろと極秘だから!?
右手で左手にもったカードのうち、1枚を引き抜く。
「ページ3! 複製! 仮面のカードをセット! 『子葉』」
ボクは自分でページをめくり、3ページ目で仮面のカードを増やす。
これ、自動でページが変わるともっとカッコいいのに。
「ページ4! 合成! 2枚の雷3本カードをセット! いくぞ! 『止揚』!」
合成によって雷10本のヤバいカードが生まれ、2枚の雷3本カードが消える。
「……ククク。これが……大陸を統べる力か……」
ボクは枠に入ったままの雷10本のカードをみて、不敵な笑いを浮かべる。
大陸を統べる気なんてないけど!
あの人の魔法だからそのくらいの威力があるにちがいないし!
だいぶ自分に酔ってる自覚はある。
でも今は仕方がないんだ!?
カードがいっぱい集まって興奮してるんだから!?
「ページ5! 分解! 雑魚殲滅カードをセット! 『枝葉』」
あのなぞのカードについては『雑魚殲滅カード』とボクが勝手に命名した。
どうせボクにしかみえてないしいいよね? 勝手に命名しても?
分解するとほうき10本のカードが2枚できる。
正直なところ、掃除の魔法に関してはほうき10本でも過剰なところがある。もっと分解したい。
さあ、最後だ。
「ページ2! 平穏! ほうきのカードをセット! わが部屋を快適にせよ! ゆけ! 『使用』!」
まるで大軍を指揮するかのように、カードをセットした右手を前方斜め上へと伸ばし、どこかを指さす。
ほうき1本のカードが輝いてから消えて、ボクの部屋の空気が変わる。
もう慣れ切ってしまった掃除の魔法だ。
すごく部屋が綺麗になって、幸せだとは思う。思うんだ。
「……くっ。最後は雷のカードで攻撃魔法をぶちかましたいっ……」
でも、割と本気でそう思ってしまうボクがいる。
たぶん、それが一番カッコいいはずだ。
どうして掃除の魔法しかダメなんだ……。
いや、もちろん雷の魔法カードを部屋で発動させるのは絶対に無理なんだけど。
「……それだけじゃなくて、そもそも掃除の魔法すら、極秘なんだよなぁ……」
興奮してた自分の気持ちが、掃除の魔法で落ち着いたらしい。
まさか、そんな効果はないよな?
掃除の魔法にスッキリしちゃう効果まであったらちょっと怖い。
……今のはただ掃除の魔法の慣れた感じで冷静になっただけだろうし。
いや、掃除の魔法を最後にしたからカッコよさに疑問をもっただけかもしれない。うん。
「あーあ。せめてみんなと同じ属性魔法でも使えるようになれば……そうすればボクだって……」
他の学園生みたいに魔術師っぽく学園生活を楽しめるだろうに……。
冬の休暇が近づく中、1年目の学園生の中で魔法が使えないのはボクだけになっていた。
「大丈夫なのかね、シーアルドくん?」
基礎訓練が終わったあとでイセリナ先生に学園長室へと連れられてやってきたら、学園長にそういわれたんだけど……。
「……ええと、何が、でしょうか?」
学園長室までの間に3回も味わうことができたイセリナ先生の温かくやわらかな感触を反すうしてたら反応が遅れてしまった。
問われていることに対して、思い当たるものがない。
何の話?
「いや、いろいろとためこんでしまっているのではないかという話を聞いているんだが……」
「いろいろと? ためこんでる? ボクがですか……?」
はて?
本当に何の話だろう?
ボクは首をかしげた。
そこでボクの方にぐいっと身を乗り出したのはイセリナ先生だった。
今、対面には学園長とイセリナ先生が並んで座ってる。
「ナイスクマリーくんから聞きましたよ……シーアルドくんがいろいろと悩んでるという話は……」
「え? ボクが……悩んでるって?」
ナイスクマリー!?
イセリナ先生に何をいった!?
「寮のシーアルドくんの部屋からブツブツと何かが聞こえてくるという話があって、魔法学園で一番親しいナイスクマリーくんがシーアルドくんの部屋にいくように頼まれたそうです。さすがにアリスティアさんには頼めなかったのでしょうね」
ボクの部屋からブツブツと……?
あっ。
まさか……。
「ナイスクマリーくんがノックしようと思った時、ちょうど中からシーアルドくんの声を聞いたのだと」
うえっ!?
あれを聞かれてた!? 嘘だろう!?
さすがに恥ずかしいんだけど!?
「こういっていたそうですね。『せめて属性魔法でも使えるようになれば』と」
……ああ。そこか。
よかった。
カッコいい魔術師ごっこの方かと思った。
あれが聞かれていたらかなり恥ずかしいところだった。
そこなら別に問題は……ないこともないのか、先生方にとっては。
「ごめんなさい、シーアルドくん。わたしの指導がうまくないから……」
悲しそうな顔をしてイセリナ先生がそういった。
「そんな!? イセリナ先生の責任じゃありません!」
ボクは本気でそう答えた。
そう。絶対にそれはちがう。
イセリナ先生は最高の先生なんだ……。
「でも、わたしはまだ新任教師なので……これ以上、シーアルドくんに負担をかけてしまうのなら担当の交代もカーインド学園長にお願いしなければならないかと思っていて……」
ダメだ!
そんなのは絶対にダメだ!
ナイスクマリーのヤツ!?
さては仕組んだな!?
もうくじはやってないのに!?
毎日交代してイセリナ先生を受け止めてるじゃないか!?
それを独り占めしようなんて……あいつ、絶対に許さん……。
「ボクはイセリナ先生を誰よりも尊敬してるんです! あの『雷撃の魔術師』よりもボクはイセリナ先生から教えてもらいたい! そう思ってます! お願いします! 卒業まで! いえ! 卒業してもずっと、ボクの師匠でいてください!」
ボクはめちゃくちゃ必死にそういった。
イセリナ先生以外の先生なんていらない。割と本気でそう思ってる。
「でも悩んでいるのでしょう……?」
「いや、ボクの場合は悩んでいるというか、その……みんなにいえないことがあるからどうしようもなくて、ですね。そこはイセリナ先生の責任ではありませんし」
ボクが早口でそういうと学園長がうなずきながら口を開いた。
「……ふむ。私もデレシーロ先生を交代させるつもりはない。だが、シーアルドくんが属性魔法を使えないままだという点で悩んでいることも心配している。本音を聞きたいのだが、そこはどうなのかね?」
……本音といわれてもちょっと困る。それ、いえないヤツだし。
「それは……属性魔法が使えないことが全く悩ましくないとはいいませんけど……おふたりもご存知のようにボクが魔法を使えないというのは……」
「ああ、なるほど……。他の学園生からみてキミがまるで無能にみえてしまうという部分か……そこは本当にすまないことをした。どうしても国としての利益を優先せざるを得ないからね……」
ボクもそれはわかってるし、だから女王陛下を通じて学園長は金貨500枚を用意したんじゃないかなって考えてるくらいだ。
それに……実際のボクは掃除の魔法どころか、いろいろな魔法が使えるとすでにわかってる。ボクだけは。
学園生にバカにされたとしても、少し腹が立つくらいで……それが一番のストレスではない。
一番は……掃除以外の魔法についてはボク以外には誰も知らない秘密だという部分かもしれない。
新しく手に入れた攻撃魔法についてはイセリナ先生や学園長、アリスティアお嬢さまにもまだ知られるわけにはいかない。
……ボクがどういう生き方を選ぶか、その覚悟が決まるまではまだ。
でも、それがストレスっていうのもまちがってはいない。
結果として隠してるからバカにされるわけだし。
「私としては……キミから何か要望があるんなら、可能な限りそれは叶えたいと考えているのだよ」
「はい。ありがとうございます、学園長。それならボクの担当はイセリナ先生でお願いします。3年間ずっと、そうしてもらえたら嬉しいです。それがボクの要望です」
「シーアルドくん……」
イセリナ先生が申し訳ないような、それでいて嬉しいような表情になってくれた。
これでいい。
イセリナ先生の好感度くらい大事なものはないだろう。
「……そうか。もし、何か望みができたら、いつでも希望を伝えてくれていいからね」
「はい」
「では今から、今日、呼び出した本来の話をさせてもらいたい」
あれ?
ボクの悩みとストレスについての話で呼び出したんじゃなかったのか?
「……学園生の噂が少し気になって、ね。調べていたんだが」
「噂、ですか……?」
ボクは魔法学園ではアリスティアお嬢さまとナイスクマリーのふたりとしか関わっていない。
寮に戻ればもう少し他の学園生や騎士学園の人たちとも話したりするけど、基本的にはこのふたりと一緒にいる。
そのせいで、学園内の噂なんかはほとんど知らない。
しかもそれがボクに関わるなんて……何の話なのか、よくわからない。
ボクに直接何かをいえばあの侯爵令息みたいになるかもしれないから、はっきりいえば学園生には遠巻きにされてる。
あ、この前みたいな『掃除の魔術師』という噂でも流れてるのかな?
ボクが『掃除の魔術師』なのはある意味では事実だけど。
「……実は、ラレヤール侯爵令息をみたという話が学園生数人から出ている」
一瞬、何の話なのか、本当にわからなかった。
でも、侯爵令息についてはさっき考えてたからすぐに思い出した。
アリスティアお嬢さまが毒殺で病死になるだろうっていってたような……?
「……ええと……あの人ですか?」
「……覚えていなかったのかね?」
「あ、いえ、ちゃんと覚えてるんですけど、こう……ただの侯爵令息って覚えてて名前はあいまいで……ボクみたいな平民からすれば貴族は自分のところの領主さまくらいしか興味がないというか……」
自分のところの領主さますら興味がない平民がほとんどだと思う。
いや、でもあの侯爵令息か……ある意味では『掃除の魔術師』の噂との関係もあるような?
「……ええと、こういっていいのかわからないんですけど……生きてるんですか?」
「ふむ。あくまでも事実だけを伝えるが……神殿には病死で死亡届けが出ていると調べがついた」
……それなら死んでるってことなんじゃ?
「ラレヤール侯爵令息をみたという話が出て、すぐに調べたんだが……それが今のところわかっている事実だ」
……ああ、つまり、侯爵家がそういう事実にしたかったってことかな。
本当のところは死んでるのか、生きてるのか、どっちともいえないって話なのかもしれない。
もちろん、よく似た別人をみたって可能性もあるわけで。
「……目撃情報は学園都市ではなく、ダンジョン周辺で、だ」
「ダンジョンですか……?」
「シーアルドくん。しばらくダンジョンへ入るのはあきらめてもらえるだろうか? ラレヤール侯爵令息は1年目の学園生の中ではかなり優秀で、属性魔法も使いこなしていたのだよ。キミにはいろいろと我慢させてしまって申し訳ないとは思っているのだが……」
えぇ!?
くっそ! なんとか侯爵令息のヤツぅぅぅぅ!?
新しい魔法をこっそりダンジョンで実験したかったのにぃぃぃ!?
ボクは全力でなんとか侯爵令息を呪った。心の中で。
☆☆☆☆☆
「滅びればいい……」
ラレヤール侯爵令息はそうつぶやいた。
ダンジョンの浅層でも特に浅いところで、第2階位や第3階位の魔石をばらまきながら。
ラレヤール侯爵は魔法学園の講義の中の雑談で、バレルという教師からスタンピードについて聞いていた。
そして、質問もしていた。
バレルは侯爵令息という身分に忖度し、丁寧に質問に答えた。
侯爵令息ならバカなことはしないだろうと考えて、だ。
だから、ダンジョンの階層よりも位の高い魔石が吸収されたら何が起きるのか。
ラレヤール侯爵令息は知っていた。
「どうせ死ぬなら……みんな、滅びればいい……」
ラレヤール侯爵令息は、シーアルドだけを恨んでいたわけではなかった。
彼はこの世の全てを恨んでいた。




