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0731・火炎牛の夕食




 今日は<火炎牛>で頼んでいるので、出てくる夕食は牛肉を使った物になるだろう。

 そう思って期待しながら食堂へ行くと、ちょっと驚きの光景が広がっていた。


 食堂のテーブルの上にはローストビーフが乗っていたのだが、そこまでは良い。

 それぞれの皿にドーンとスペアリブが乗っており、更にはその隣に揚げたトンカツみたいなのがあった。

 アレはなんだろう?



 「コトブキ君が牛肉を獲ってきたって言ってたし、このトンカツみたいなのはシュニッツェルかな? 本来は仔牛肉で作る物だけど、まあ気にしたら負けだよね。使ってるの<火炎牛>っていう牛だし」


 「そうね。牛カツと考えたら分かりやすいわ。前に置いたままだった調味料も、新しく渡した物も追加で使われてるみたいだし」


 「このスペアリブはハーブを散らしてある。後はそれぞれのソースを付けて食べるみたい。他にも何故かもつ鍋がある不思議。体には良いし、美味しそう」


 「私達が醤油、味噌、酢、味醂に昆布出汁とか鰹出汁を渡したからでしょうか? パンにもつ煮が出てくるシュールな夕食になってますね。美味しそうですけど」


 「食べられるなら何でもいいじゃない。それよりさっさと食べましょうよ。既にアルゼルが豪快にスペアリブを齧ってるわよ」


 「これ、モグモグ……美味しい」


 「口の中にガッツリと詰め込んでるねえ。まあ、あばら付近にくっ付いてる肉って何故か美味しいんだよ。魚も骨近くの身は美味しいし不思議だと思う。かつて王侯貴族は貧乏人の食べ物と見下していたのに、美味しいと分かるや手の平を返したからね。未だに覚えてるよ」


 「そんな事ありましたね。昔からこの部分は美味しかったので、王侯貴族は永遠に見下していてくれてよかったのですが……」


 「あいつらにそんな期待をしても無駄よ、無駄。自分が得するなら前言を引っ繰り返すなんて当たり前のようにやるわ。そういう連中でしょうに」


 「そうハッキリと言われると耳が痛いわ」



 そう言いながら師匠の影から出てきたのはマリアさんだった。

 何故か手に二本のワインを持っているので、あれが夕食を食べる手土産なのかな?



 「<破滅>殿から<赤美味豚>の話を聞いたから来たのだけど……今日は違うみたいね」


 「うむ。残念であったな。早めに来てリクエストしておれば通ったであろうが、今日は<火炎牛>だそうじゃぞ」


 「それも滅多に私のところまで上がって来ないお肉じゃない。喜んで頂くわ」



 マリアさんは師匠のヌケルトン・クラフターが引いた椅子に優雅に腰掛け、そのまま食事を始める。

 何故かファルも手伝ってるけど、そこは好きにしてもらって構わない。

 正直に言って、僕が口を出しても面倒にしかならないだろうし。



 「それにしてもブラッディアの女王でしょ? <赤美味豚>はともかく<火炎牛>ぐらいは献上されたりしないの?」


 「極稀にあるけれど、基本的には滅多にないわね。そもそも贅沢をしていないし、するといちいち五月蝿い連中も居るのよ。だから女王とはいえ普段は質素にしているし、ここに来た方が贅沢な食事をしているわ」


 「妾は質素にする必要なぞ無いし、そんな事を言って来おったら喧嘩を売っていると見做す。ま、怖れて喧嘩を売ってくる者なぞ居らんがな」


 「だからここに食事に来るのよ。ここで食べた物にケチを付けるという事は、私と<破滅>殿の両方に喧嘩を売る事になるからね。私だけなら国の事で黙らせる事が出来ても、ここに居る<破滅>殿を黙らせる事は無理だもの」


 「まあ、それはね。敵に回したら最後、いつの間にか消えてるでしょ。それも何処までの範囲が消えるか分からないわ」


 「最小で本人のみ、最大で血族の全て……と、家屋敷ですかね?」


 「分からないよ? 領地も吹っ飛ぶかもしれない。流石にその可能性も含めたら絶対に喧嘩を売らないだろう。容赦なく潰されるのが想像できる」


 「想像というかー、ゴクン! 90パーセント超えの未来ー? モグモグ」


 「食べながら喋るのは止めなさい。どっちかにしないとマナー的にアウトだからね」


 「モグモグ………モグモグ……」


 「まあ、そうよね。【暴食】が喋る方を選ぶなんてあり得ないし」


 「何か不思議な味がするけれど、コレ美味しいわね? ……この食感は多分だけれど内臓類かしら」


 「一国の女王様がもつ煮を食べるというシュールな絵。知らなかったら問題無い?」


 「すっごい庶民の食べ物だけど、美味しいんだからそれで良いんじゃない? さっきの話もそうだけど、庶民が食べている物を手の平返しで受け入れるんだしさ。イタリアの王様みたいなものよ」


 「名前は忘れましたけど、パスタを手づかみで食べていたという王様ですね。で、マナー的に駄目すぎるのでフォークを作らせたんでしたっけ?」


 「正しくは四本歯のフォークだね。ナポリ王国のフェルディナンド四世が毎日パスタを出せって命じたんだけど、その時代パスタは手づかみで、上に上げて下からアーンって口を開けて食べるものだったんだよ」


 「その時代でも見苦しく食べる物だった。だから王妃であるマリア・カロリーナが料理長に作らせたのが始まり。その後、チェーザレという人物が四本歯のフォークを考案した」


 「ハイソな家に生まれると、そういう知識も持たないといけないの? 大変ねえ……」


 「別にそんな事は無い。たいていのパーティーには一人か二人、そういう薀蓄うんちくを語る人が居る。だから何度も聞いて覚えてしまうだけ」


 「そうそう、別に覚えたくもないんだけどね。何度も聞こえると覚えちゃうんだよ、何でああいう語りたい人って居なくならないんだろう?」


 「誰かに語っていると優越感を感じるんでしょ。知らないけど」


 「そういう者はこちらにも居るね。知っている事を偉そうに語られる事ほど面倒臭い事は無いんだけど、そういうヤツは知識をひけらかして悦に入るタイプだよ。流すのが一番いい。邪険にすると恨んでくるし」


 「そうそう。面倒なのって居るよねー」


 「そういう者は何処にでも居ますよ。誰もが知っている事を教えてくる者まで居ますからね。どれだけ愚かだと思っているのかと、内心で怒りに塗れる事もあります」


 「稀に間違ったマナーでドヤ顔するヤツとか居る。あれには流石に怒りよりも呆れの方が強かった」


 「どこかで聞いたんだろうけど、勝手に新マナーとか言い出すバカな人って居るもんね。その新マナーの押し付けこそがマナーが無い証明なんだけど、ああいう人って本当に理解しないし」


 「自称マナー講師って、私達の行くパーティでは失笑の対象でしかない。たまにその話題で盛り上がってる人達が居るぐらい」


 「まあ、マナーなんて他の人を不快にさせない事が重要だと聞きます。訳の分からない自称マナーを押し付けている時点で不快ですからね、それはマナーではないでしょう」


 「そうそう。マナーなんて他の者を不快にさせなければそれでいいのよ」



 そう言いながら物凄く優雅に食事をするマリアさん。

 凄く優雅だけど、食べてるのはもつ煮なんだよね。

 なんとも言えない気分になってくるけど、スペアリブとかシュニッツェル? とかは食べ飽きているんだろう。

 さっきから殆ど手をつけていない。


 それともヴァンパイアにとっては内臓類の方が好みに合うんだろうか?

 ヴァンパイア映画とかでも血を吸うだけのヴァンパイアも居れば、人間を食材にしているのもある。

 この世界のヴァンパイアがどうかは知らないけど、好みとしてあるのかもしれないね。


 僕達も話ばかりではなく食事をし、この日の夕食は十分に満足するものだった。

 尚、アルゼルは残った全てを平らげていたのだが、現在は僕のマイルームの訓練場で呻いている。


 【暴食】の悪魔にも、限度というか限界というものはあったらしい。


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