*第68話-準備-
雪が解けて春がやってきた。これから始まるのはそう、ユートレー遠征よ! でも、その前にやっておくべきことがあるわ。
「ようこそおいで下さいました、アリス様」
「あら、歓迎ご苦労様。さっそく館に案内してちょうだい」
「かしこまりました」
私はジョンやカルロを連れて「パトリリーバー」という町を訪れていた。
ここはロマーラ帝国時代には州都ダウニウムと北方を結ぶエルミン道路の宿場町として栄えたのだけど、大西進の後からはいち農村に成り下がっていた。ダネア族の支配下に置かれても状況は変わらず、交易拠点としての機能が戻ってくることはなかったわ。
そんな状況が変わったのは去年の秋、カルロ率いるノルウィック遠征部隊が道を修復したことがきっかけよ。これで、羊毛の一大産地であるノーフォルク地方(エス・リーア国北部)と交易の中心地であるゲント国が1本の道路で結ばれたわ。これ程の商機をゲント商人らが見過ごすはずもなく、防寒具が儲かる冬にこそ交易を行えるようにと多数の宿場町が整備され、多くの物品が取引されたの。
海路から外れていたことで衰退したパトリリーバーは、海路が封鎖された現在にこそ陸路の重要拠点として復活を遂げたってわけ。
それで、本題のなぜ私たちがこの地を訪れたか、だけど――
「町長、砦の修復は私たちがやってあげる。でも、その後の運用はそちら持ちでお願いできないかしら」
「いやいや、カンブリージェ地方(エス・リーア国西部)の防衛はウェスーク国に委任されたのでしょう? そちらが責任持ってやって頂かなければ」
私たちはこの地の防衛をお願いするためにやってきたの。
説明するわね。まず、ウェスーク国軍がユートレーへ遠征するルートには3つの選択肢があるわ。
1つ目は海路、これは論外ね。
2つ目はミシア国を通るルート。これはダネア族に襲われる心配はないけど……通行料をどれだけ吹っ掛けられるか分からないし、何より仮想敵国に補給を握られることになってしまう。
最後は去年奪還したエス・リーア国を通るルート。これが本命。エルミン道路を修復したのもこのためね。でも、このルートにも問題があるの。それは、「守ってくれる人がいない」ということ。
復活したばかりのエス・リーア国はレンデラムやノルウィックといった都市を守るので精一杯。どうやっても彼女らにとって辺境であるカンブリージェ地方の道路にまでは手が回らない。だから、私は道路の占有権と引き換えに西部の防衛を引き受けたわ。
もちろん、何かあれば軍を差し向けてちゃんと対処するつもりよ。でも、こんな広い範囲を常に見張っていられる程、私の国にも余裕は無い。だから、なるべく砦の管理や治安維持は住民自身で行って欲しいのよ。
「――というわけなんだけど」
「そちらの事情は理解します。しかし、こちらとしてもこれから農繫期を迎えますのでな、人手は割けません」
そりゃそうよね。交易でひと儲けしたとはいえ、元は農村。春の作付けの時期に人を出し渋るのは当然。それを要求するのなら、代価が必要というわけね。
ふっふっふ、ちゃんと用意してあるわ!
「あなた方自身が砦を守ってくれるなら、今年の税負担は私たちが肩代わりしてあげても良いわよ」
「……そ、それは……本当なのですかな」
「ええ、約束は必ず守るわ」
実はエルミン道路の占有で得た利益は私たちが想像していた以上に大きかったわ。だから、彼らの税を肩代わりするくらい余裕。エス・リーア国には既に多大な恩を売っているから値引きの交渉もできるだろうし。
動かせる頭数の少ない私の国にとっては、お金を払ってでもこうするのが1番都合が良かったの。
「ありがとうございます、アリス様!」
こうして、パトリリーバー町長との話は纏まったわ。
またいつどこがダネア族の襲撃を受けるか分からない状況で、最も重要なのは迅速な情報伝達よ。私たちはエルミン道路沿いの砦付近にある全ての村々に話を通して、情報伝達手段と最低限の防衛機能を確保した。背後が安全になったとまでは言えないけど……遠征の下準備としては充分じゃないかしら。
――――――――――
「これより、ユートレー遠征計画の概要を国璽尚書――ジョンより改めて説明してもらうわ。お願いね」
パトリリーバー近辺の砦、その1室に集まったのは私とジョン、カルロ、イーヴの4人。私たちはここで最後の確認を行っていたわ。
「ああ、まず今回の人員についてだ。国軍の白刃兵50人、射撃兵100人、支援兵50人、計200人余りをカルロ将軍に率いてもらう。また、エルミン道路沿いの各砦には国境警備隊から通信用の人員を派遣する。最後にサスーク属領軍2千についてだが、これは当主様直々に率いていただくことになっている」
今回の遠征にあたって、私たちは用意できる最大限の戦力を捻出してきた。
大蔵卿のアラーナにはかなり無理を言ってしまったわ。彼女に報いるためにも、私たちは相応の戦果を上げなくてはいけない。
「次は行軍計画について。俺たちが最初に狙うのは……順当にここ――リッドカルだ。ここを最初に攻め落とす」
リッドカルとは、ダネオラウとなったエス・リーア国北西部において確実に敵の物流拠点になっている町。エルミン道路とヴィザム川の交点に位置していて、戦略的な重要度は極めて高い。
「方法としては、まずヴィザム川に毒を流し、容易に水路からの増援や撤退を行えなくする。次に丘の上の砦を攻撃する。この際、中に居るのは兵士だけだ。煮ても焼いても構わん。最後、白刃兵が砦を占領すると同時にサスーク属領軍は町に突入、これを解放する。以上だ」
私が気になるのは突入時の戦闘をどう指揮すればいいのか、なんだけど……。
「当主様はこの際、号令をかけるだけでいい。あとは、略奪や虐殺なんかが起きないようにだけ注意しろ。妖精兵は思わぬ行動をすることがあるからな」
「分かったわ」
なるほど。私は規律維持に徹しろってことね。
「リッドカルを解放した後、遂に本命のユートレーだ。詳しいことはまた状況を見て判断するつもりだが、この時おそらくミシア軍も攻撃に参加すると思われる」
アグル大同盟当主会議で、私はミシア国との協力を確認している。ユートレーではほぼ確実に彼らと共同戦線を張ることになる。
「数で勝るミシア軍と白兵戦で張り合うのは難しいと判断し、今回の遠征には射撃部隊をより多くつれてきた。遠距離からの火力で確実に戦果を上げられるように、敵に決定的な打撃を与えられるように、前哨戦となるリッドカル攻略にはその考えを軸に臨んでほしい」
「遠くからチマチマ攻撃するのは性に合わないんだがなァ」
「ルーナ様の方が向いていたかもしれませんね」
「いーや、将軍はこの俺だ。この俺にしかできねェ。生まれたばかりのチビには任せらんねェよ」
相変わらずイーヴは人を乗り気にさせるのが上手いわね。
私もいっちょ、発破かけますか。
「よしッ、作戦の確認はもう問題ないわね! 明日にはいよいよ出撃よ! 皆、準備は万全にね!!」
「「「おうッ!!」」」
食糧、医療品、そして各々の装備。私たちはそれらを何度も確認してからパトリリーバーを発った。それから3日後――
奴らとの戦いが再び幕を開けた。




