第69話-順調-
――日中1の刻
「作戦を始めてちょうだい」
前日夕方にリッドカル近辺へと進出した私たち。夜が明ける前に準備を始め、日の出と同時に私の命令で攻撃が始まった。
指示は、「作戦通りに」――とだけ。それだけで前線の指揮官は動いてくれる。
まず最初に行われるのはヴィザム川に毒を流すことよ。
敵は半魚種、水中移動が得意な人種。奴らは追い詰められれば必ず水場に逃げ込む。その手段を初手で潰しておくの。
幸いなことに奴らは元からある砦をそのまま流用していて、かつ川の上流に櫓や歩哨の存在は確認されなかった。
「『第3部隊』、配置に着きました。これより毒の放流を開始します」
私が今いるのは「第1部隊」――町に突入する妖精部隊の指揮所よ。だから、第2部隊と第3部隊の動きは入ってくる通信からしか把握できない。でも、全く問題はないわ。それぞれには最高の指揮官を割り当てているんだから。
最初に行動する「第3部隊」の編成は白刃兵10人と支援兵20人。これを率いるのはアエセルスタヌス(エゼルスト)従士。彼は過去、「私のバルバリア魔法戦線」時代にルーナ隊の副長をしていた人物よ。隠密作戦を率いた経験が多いわね。だからこそ、敵の監視を掻い潜る必要があるこの役に抜擢されたの。
砦を攻撃する「第2部隊」の編成は白刃兵40人と射撃兵80人、そして支援兵が20人。これを率いるのはもちろんカルロ将軍よ。彼はレンデラムとノルウィックという2度もの大きな攻城戦を経験しているから、砦を焼くくらい朝飯前よね。
最後に私とジョンが率いる「第1部隊」は妖精兵2千とその他少数の魔法使いからなる最大部隊。私たちが動くのは最後になるから、それまでは待機ね。
――日中2の刻
「『第2部隊』が砦を包囲しました。砲撃を開始するとのことです!」
遂に砦への攻撃が始まった。ここで活躍するのは、もちろん「投石機」! この兵器の存在を知らない野蛮なダネア族共にバンバカ投石していくわよ!(実は妖精種にも作る技術はないのだけどね)
ロマーラ帝国時代と違うのは、投石機で投射するのが魔法で加工した特殊な石だってこと。水を脆い石に閉じ込めて、その周りを水と反応する石で固めるの。それを敵に放り込む! 地面と衝突したら中の水と外の石が触れて人が簡単に死ぬほどの超威力で破裂するんだって。これで兵士も城壁も粉微塵ってわけね。
これに驚いて飛び出してきた兵がいたら、外で待ってる射撃兵が穴だらけにしてあげる。奴らに逃げ場はどこにもないわ!
最後、魔力探知で人の数が減ったことを確認したら、白刃兵が突入して砦に火を放つ。これで砦の制圧完了よ。……これ制圧って言うより殲滅よね。
1つ懸念点があるとすれば、投石機の発射位置が敵の弓の射程圏内に入ってしまうことだけど……まあ支援兵は皆が防御魔法を使えるから大丈夫でしょ。
――日中5の刻
遂に砦の異変に気付いた町の守備兵たちが町の外で隊列を組み始めたとのこと。私たちはこの時を待っていた。
町の中で戦闘すれば住民にも被害が及んでしまうし、それに、遮蔽物の多いところではこちらの射撃兵を上手く活かせない。だからこそ、町の中に居る兵士を1度、外に誘き出す必要があったの。
「アリス、行くぞ」
「任せなさい!」
こちらは既に万全の状態で待機している。あとは――
「総員、前進!」
敵と戦うだけよ。
現在進行形で第2部隊の攻撃を受け続けている敵の砦に、こちらへと目を向ける余裕は皆無。私たちはその丘の麓を悠々と進んでいく。すると、徐々に町の様子が見えてきた。暴動なんかが起こっている様子はないわね。
「陣を組みなさい!」
今回こちらは圧倒的優勢だから、陣形は普通の横陣。何の面白みもないただ妖精兵を横に並べたものよ。でも、下手な奇策よりそれが単純で強い。
「ジョン、魔法使いはあなたに任せたわ。イーヴ、しっかり私を守ってね」
「おう、思う存分暴れてこい」
「当主様、お任せください」
2人の返事を聞いて、自然と笑いが込み上げてきた。
これが、戦場……ッ!
私は大きく息を吸い込み、思いっきり叫ぶ。
「妖精兵、突撃!」
2千人が一斉に飛び上がった。私たちは妖精種。宙を駆け、敵に突撃する。先頭はもちろんこの私。
全速力で飛んでいると足元の景色は流れ、遠くに居たはずの敵がどんどんと近づいてくる。私は強く、強くお母様から継いだ弓を握りしめる。
射程に入った。私はそこで急停止し、弓を思いっきり引き絞る。
「攻撃……開始ッ!」
私の放つ矢が合図だった。私たちの足元を無数の光弾が駆け抜けていった。
敵が、人が弾け飛ぶのが見える。遠くから観測するのではない、間近にある死。それに私が動じることはなかった。人の死に慣れてしまっていた。
「敵の数はたかが知れているし、こりゃ私たちの出番はないわね」
戦場のド真ん中で、私はそんな言葉を口走った。
無数の光弾と矢が無慈悲に敵へと降り注ぐ。私はその事に何の感情も抱かなかった。
――日中8の刻
リッドカルの町を完全に制圧したわ。砦も守備兵も失ったこの町に抵抗の余地はなく、町長自らが私に降伏を申し出てきたの。
妖精種による自治が認められていたレンデラムやノルウィック、パトリリーバーなんかと違って、この町の町長は半魚種の男が務めていた。人口比も今はほぼ半々なんだそう。これは……なかなか厄介ね。
パッと見では町民2種の間に軋轢は感じない。でも、どちらも心の内で何も思っていないはずがない。
私は妖精種の当主。だから、すぐにではないけどいつか、少なくともユートレーに向かう前には決めないといけない。そのまま半魚種の共存を許すか、追放するか……皆殺しか。
――日中11の刻
夕方になり、砦の方も片が付いたみたい。カルロも町にやってきた。
「終わったぜ」
「あら、ご苦労様」
「そっちの被害はどうだ」
「ケガした奴や火傷した奴はいるが、死人はいねェ。俺たちの完全勝利だ」
「そうか」
「やったわね!」
ひと通り互いを労った後、私たちはそれぞれの情報を共有することになったわ。
まずは今回の敵の規模。おそらく砦と町の守備隊を合わせても千人いくかいかないかってところね。これは予想よりもかなり少ない数よ。だって、敵は本気の攻撃に万単位を動員できる勢力だもの。
次に戦果だけど……これはあまり美味しくなかったわ。指揮官の1人でも捕まえられると良かったんだけど、全員死んじゃったから。私たちが尋問できる相手は町長だけみたい。
「明日は町長を尋問にかけて、それから今後について話し合いましょ。異論はあるかしら」
「いや」「ねェな」「ありません」
「じゃあそれで決まりね」
――夜間2の刻
皆で夕食を取った後、下着を着替え、床に就く。
藁に包まれた私は今日あったことを振り返る。
人を殺すことに何も感じなくなっちゃったな。
私が殺したのはおそらく数人。でも、それだけじゃない。私の命令で千人が順調に死んだ。
これからも私は人を殺し続ける。大切な人と国を守るために。
明日か明後日にはこの町の運命が決まる。私は……きっと、殺すことを選ぶ。
今日、町の中ですれ違った子供たちの顔が浮かんだ。妖精種も半魚種もいた。どちらも同じ人間。でも、決して交じり合うことはない。選択しなくちゃいけない。
私は国を守るためにあとどれだけの人を殺すんだろう。千人? 万人? 十万人?
そんなことを考えながら私は、暖かい藁に包まれてゆっくりと眠りに落ちていった。




