第67話-財政-
普段はボサボサな金髪を1つ結びにしてヨレヨレの布を被り、大量の書類と共に会計院に籠り切りのアラーナ。とても元貴族とは思えない、容姿に無頓着すぎる彼女だけど……今日はちゃんと髪を整えて髪飾りもつけて、ドレスも刺繍のされた上質なものを身に纏っていた。ジェファーが帰ってきたからかしら。
「今日は私からも1つご報告があります」
しかし、そんな彼女に浮かれた雰囲気は一切なくって、むしろ深刻な表情を浮かべている。
彼女をこんな顔にさせる原因は1つしかないわ。
「我が国の財政状況についてです」
そうよね! やっぱりそうよね!!
事前に色々と耳にはしていたわ。今年はヤバい、と。でも、そこから目を背けてきたのも事実。
……向き合う時がやってきたのね。
「お前、酷ェ顔してるけどよ、そんなにヤバいのかよ」
ノルウィックから帰って来たばかりのカルロはまだ現状を把握できていないみたい。
「ヤバいです、はい。えーっと、オリヴァー様。まずはこの国の税制度を説明して頂けますか」
「分かりました」
彼の説明の前に基礎的な事柄を書いておくわよ。
ウェスーク州ではその領土を11のシヴ(群)に分けて管理しているわ。州はそれぞれの群にシヴィフ(群長)を派遣して、その人らが管轄する町、村、部族から税を徴収しているの。
ただ、私が自治権を認めた3つの都市(ウィンタカスター、サザントム、イスケーター)だけは例外で、それらは州を通さずに市長が会計院の管理する国庫に直接、税を納めているわね。
「復国時に設けた7つの群では、農民から土地の広さに応じた量の作物を税として徴収しています。今年から新たに加わったエスーク占領域の4つの群については、また検地が完了次第、徴収を予定しています。商人や職人など土地を持たない者に対しては、通行税やギルドに売上税などを課して貨幣にて徴収を行っています」
「あ、ありがとうございます。では、ここからが本題なのですが……この国では昨年まで税で得た麦の4割を貯蔵することができていました。それは偏に魔法のお陰です」
アラーナの説明は正にその通りで、魔法を業務に応用している私の国では軍も官も他国に比べてかなり人員の数が少なく済んでいる。それに加えて魔法肥料を使用した農業が始まったことで麦の生産量は格段に増えた。
少ない人件費と高い生産性を誇る農業。魔法によって支えられた2つの要因から私の国の財政は大きく黒字だったの。
「そして、この国で産出しない銀や錫、生産できない高品質な鉄などは、そんな余剰になった麦を直接輸出したり、それを担保にした手形を発行することで輸入していたんです」
それについて法整備を担当したジョンや、実際に商人と接するジェファーがこれに頷いた。
私の国で産出しないけど、それでもどうしても必要になる物資ってのはそこそこあるの。その中でも特に重要なのが金属類よ。
例えば、農具なんかに幅広く使用される青銅、その生産に必要な「錫」。クルノール男爵領に鉱脈が見つかっているけど、生産量はまだまだ全く必要量に足りてないわ。
貨幣として使用される「銀」もそう。これは全く産出しないから、国内での経済規模を大きくするために輸入は不可欠。
そして、最も大事なのが「高品質な鉄」よ。ロマーラ時代の製鉄技術が失われて久しい今、武器防具に使用するものは輸入に頼り切っているの。純度の低い粗悪品なら多く出回っているんだけどね……。
それらの品は全て大陸から輸入されているわ。もちろん、ゲント人商人を通じて。
「しかし、今年は戦争がありました。問題になるのはウェスーク国の本軍ではなく、サスーク属領軍です。数千人規模になるその運用のために多くの食料や金属資源を消費しました。それに、元は農民である彼らを徴兵したことで、サスーク領主は民が冬を越すために必要な食料、その不足分の保証を要求してきています」
まさか……まさかサスーク属領がここで足を引っ張るなんて……。というか――
「属領軍は領主が責任持って養うのが筋ってもんでしょ!?」
「それについては私から」
私の怒りに口を挟んだのはオリヴァー。
「今回の派兵はウェスーク国の都合であって、その費用負担は国がすべきだ――と、サスーク領主はこの主張の一点張りです」
「あいつら、自治を認めて貰える有難みが分かっていないようね……」
腹の底から怒りが込み上げてくる。あんな連中、生かしておくべきじゃなかった。
「サスーク領主には私が直接、話を付けてやるわ……覚悟なさい……」
「ひっ」「ぴぇ」
あらら、アラーナとルーナを怯えさせてしまったわ。いけないいけない。
「こほん、話を遮って悪かったわね。アラーナ、続けて」
「は、はいぃ……えっと、それでですね。食料の保証を抜きにしても、なのですが……実は、既にゲント国に発行した手形の額面が国庫に残っている物品資金の残高を超えてしまってるんです……」
え……。
静まり返る会議室。誰も口を開こうとしない。そう、あのジョンでさえも。あのジェファーでさえも。筋肉人形のカルロでさえ。皆、閉口したまま。
私にだって分かる。これは……かなり不味いんじゃないの。
「現物に交換する期限とかは……ないのよね?」
「はい。しかし、この手形はゲント国を通じて対岸に広く流通しています」
こういう話の時に出てくるのは、そう、あの男。
「対岸の情勢がきな臭くなって麦の需要が高まれば、僕たちは手形の額面に応じた麦を差し出す必要に迫られるね」
ジェファー、あんた随分と早口ね。この状況を楽しんでない?
「アラーナ、策はあるのかしら」
「私からの提案は3つです」
・1、サスーク属領軍を動員しない
麦を大量消費した原因であるサスーク属領軍を今後動員しないことでこれ以上の国庫への負担を減らす。遠征はウェスーク国本軍のみで行う。
・2、要塞整備計画の凍結
ダネオラウの奪還、遠征に力を注いでいる内は国家事業としてのバー(要塞)の建設をストップし、従来のフィド(民兵)による防衛に徹する。
・3、ゲント国との協力
もし手形と麦の交換要求量が我が国の供出できる限界を超えた場合、ゲント国に融通してもらうことで一時的に危機を回避できるような協定を事前に結んでおく。
「――今すぐに講じれる策はこのくらいかと」
1つ目の案にはカルロから待ったが掛かった。
「俺たちはサスーク属領軍の動員を前提に遠征計画を立ててンだ。本軍だけってェと3部隊全員数えて精々200人、これで攻城戦はハッキリ言って無茶だぜ」
2つ目の案にはゾーイが反論を唱えた。
「先の戦闘では私たちが不甲斐ないばかりに民に多くの犠牲を強いてしまいました。それを繰り返さないために、要塞整備は不可欠です」
3つ目の案にはジェファーが難色を示した。
「ゲント国に肩代わりを頼むとなると……何か大きな譲歩が必要になるね。例えば、遣ゲント傭兵団の拡充だとか、もっと多くの道路整備だとか。代わりの要求に応える余力があるのかい」
普段ならこうした状況にはおどおどびくびくしてしまいそうなアラーナだけど、今回は覚悟を持って臨んでいたようで厳しい言葉を受けても毅然としている。
「皆さんの考えは分かります。でも、無いものは出せないんです。もしここで無理をして手形と麦の交換がショートしたらどうなるか、想像してみてください。私たちの信用は失われ、必需品の調達が困難になってしまいます」
話は平行線を辿った。結局、今日中に結論が出ることはなかったわ。私も無理に結論を出すことはしなかった。決まったことは1つだけ。
「とりあえずサスーク領主を〆る」
「落ち着いてください!」
でも、問題はない。冬はこれから、まだまだ時間はたっぷりあるのだから。話し合いを重ねれば、いつか必ず妙案が出てくるはず。焦る必要はないの。
「今日の国務卿会議はこれで終わり! 皆、お疲れ様!」




