第65話-乾杯-
会議は無事に終わったわ。でも、まだまだ気は抜けない。これから補佐役級も参加する夕食会が行われるのよ。
夕食会の会場はエス・リーア豪族屋敷の食堂。ここの様式はゲント国や私のとこみたいなロマーラ式ではなくて、はたまた伝統的なアグル式でもない。ダネア族の偉い将軍が居座っていた時期にダネア式に改装されて、以後そのままにされているの。
装飾が少なくて無骨だけど、全く品が無いわけでもない。私はここを初めて見た時にそう感じたわ。
「アリス、戻ったぞ」
夕食会の前には各国補佐役級が集う調整会議があったのだけど、それが終わってから顔を出したジョンはとッッッても悪い顔をしていた。きっと、色々と法外な取り決めを押し付けてきたんでしょうね。
「アリス様、ご健勝そうで何より」
「あら、サイラス。あなたは少し窶れたんじゃない?」
後から出てきたのはミシア国のサイラス。彼は……とても疲れた顔をしていたわ。
「ははは、気のせいですよ。それよりもあなたに紹介したい御仁がいるのです」
その言葉と共に、彼の背後から1人の小さな女の子が現れた。その子は頭を下げながらこちらに進み出てくる。
「はじめましてアリス様。私はミシア当主――エクフィズ、その第2子のキュネルという者ッス。よろしくお願いするッス」
「あら、可愛い。歳は幾つなの?」
「今年で13ッス」
淑女とは思えない言葉使いではあるけど、ミシア国の人だものね……。まあ、可愛げはあるからいいか。
「先日、デルニス当主オズワイン様と婚姻なされたのが、このキュネル様です」
「まあ、あなたがそうなのね」
「はいッス!」
この歳で政略結婚なんて……豪族の娘ってのは大変ねえ。
呑気にそんなことを思っていた私に対し、サイラスが怪しい顔つきで近づいてくる。
「キュネル様は好戦派を率いる第1子への抑えとして融和派から支持されている存在です。その上、オズワイン様との政略結婚を成功させたことで好戦派からも一定の信頼を得ている。正に唯一無二の存在と言えます」
ふーん、なるほど。私たちにとってもかなり都合の良い人材ね。
「あなたが彼女を私に会わせた目的は何なのかしら」
「実はですね。以前、オズワイン様を護衛した際に10回程、暗殺を試みられまして……その後も悪い噂が鳴り止むことを知らない。私の命はおそらく長くないでしょう」
「彼女があなたの後釜を務めると?」
「はい。吹けば飛ぶ程度の私と違って、キュネル様はしっかりとした地盤を持つ豪族です。今はまだ幼いところもありますが、きっと国を正しい方向へと導いてくださるでしょう。もちろん、あなた方ウェスーク国との関係も」
「それは……心強いわね」
私は返す言葉に迷った。
サイラスはウェスーク復国戦争の戦後処理を受け持ったことで、いつしかミシア国の対ウェスーク融和派その筆頭とされていた。それは、本人の望んだ道じゃなかったかもしれない。
私たちと関わったことで彼は対立の最前線に立たされている。そのことに少し心が痛んだ。
「アリス様。私たちは良い友人になれると信じてるッス。父上がどう思っていようと、私の考えは変わらないッスよ」
「あなたの働きには期待しているわよ、キュネル」
「はいッス!」
この子は賢いわね。置かれている立場をしっかりと理解している。喋り方は変だけど。
「ほう、俺を無下にするとは偉くなったもんだなあ? キュネル」
「おと――当主様ッ!? これは、あの、えーとッスね……」
ただ、もう少し周りが見えた方が良いわね。
「あまり実の娘をいじめると後で手痛いのが返ってくるわよ」
「なんだ、お前はリオポルドの墓を蹴り飛ばしたことでもあるのか?」
この男……ッ!
「お父様は私に意地悪なんかしなかったし。それに、どこぞの国が仕掛けた戦争のせいで墓もないわよ」
「それもそうか。はっはっは」
よくもまあ大笑いできるわね……。私はドン引きよ。
「俺の親父――先代当主はリオポルドを極端に恐れていた。『あの男はいつかこの国を脅かす』、いつもそう言っていた。俺には未だに理解できねぇな。今目の前にいる娘の方がよっぽど末恐ろしい」
「そりゃどうも。今代当主である私を目の前にして『娘』呼ばわりはいただけないけど」
「手厳しいなあ『ウェスーク当主サマ』は」
この男のペースに乗せられてはいけない。そう思いつつもついつい言い返してしまう。何なのかしらね、この感じ。
「さて。一応、この俺も他の小国どもに挨拶しなきゃいけねぇからよ、ここいらで失礼……そうだ! これからしばらくお前と話す機会もないだろし、1つだけ忠告しておいてやる」
「何かしら? 聞くだけ聞いてあげるわ」
「このまま大立ち回りをするつもりなら、『背後からのひと突き』に気を付けるこったな」
最後にエクフィズがそう言い残して、ミシア国御一行は別の場所へと移動していった。
正直、ヒヤリと背中に冷たいものを感じたわ。
最後のひと言を言いたいがために、あの男はあえてお父様の話題を出した。「背後」というのがサスーク属領(=旧サスーク国)の隠喩なのは明らかで、ここまで露骨だとわざとらしく感じるわね。
――――――――――
「「お疲れ様です。アリス」」
どうしてあんたらは涼しいテンションでいられるのよ。隣見てみなさいよ。あんたらの家令、今にもゲロ吐きかねない表情してるわよ。
「……ルフィエ、今日はよく頑張ったわね」
まあ、家令の彼について悪いのは多分……いや、間違いなくジョンだし、こういうのは見なかったことにするに限るわよね。
「ありがたきお言葉、痛み入ります」
大波乱から始まった会議を上手く操舵し、無事に着岸できたのはまさしく議長を務めたルフィエの功績。私以外との外務経験に乏しい彼女がそれを成し遂げたのは素直に賞賛されるべきだわ。
「あれ、私は」
「ラフィエは……」
正直、この子は何もしてないのよね。余計な口は挟むクセして大事なところは姉に促されてばかりで……。
「失格。姉の元で修行して出直しなさい」
「そんな、あんまりです! 私だってッ!」
「泣いてはいけないわ、ミノ・スヴォス。みっともない」
色んな人がいる場でベソかいて姉に窘められるようじゃ私も褒めようがないわよ……。
「感情の制御がダメダメね」
「仰る通りです……。ミノ・スヴォス、いつまでも泣いてないで夕食会が始まるまでに化粧直してきなさい」
「はい……グスン……」
「アリス、申し訳ありませんが1度失礼いたします」
そう言ってルフィエは顔がぐしゃぐしゃの妹を連れて裏の方へと消えていった。
後に着いていった家令の心労たるや……きっと彼がこの国で1番の苦労人ね。
――――――――――
「双子との会話、遠目に見ておりましたわ。まるで母親のようでしたわね」
「あんな大きな娘を持った覚えは無いわよ。それに、あんただって最初はああだった」
「そうかもしれませんわね!」
「かもしれない、じゃないわよ」
この子――アゼルバーフは今まで所属していた法院から新たに設立された尚書府へと異動になっていた。今回はジョンに付いて補佐役級会議に出席するのが当初の予定だったのだけど……あの1件のせいで役割が急遽変わってしまった。
「今日の私はどうでしたでしょうか」
父の死を抱えて、エクフィズという男に翻弄されて、それでもこの子は今日の会議を乗り切った。
「上出来よ。よく頑張ったわね」
これは、私からの最高の誉め言葉。
「ありがとうございますわ!」
こんな状況で心から笑えるはずがない。けど、この子は笑った。
「泣いてもいいんだぜ、我が妹」
「あら、あなたは」
「おっと、自己紹介がまだだったな。俺はアドルバート。バルバンリア商会の会頭になった男だ。今後ともよろしく、アリス様!」
「やめてほしいですわ、お兄様!」
突然、アゼルバーフの肩に手を回す男。誰かと思ったけど、彼が例の守銭奴……アドルバートなのね。
肩を抱かれるのは本気で嫌みたいだからやめてあげなさい。
「お兄ちゃん頑張ったんだぜ? 突然、親父が死んだかと思えば、今日はおっかない原種のあんちゃんに詰められて」
「おっかない原種のあんちゃん」って……。
「ジョン、彼に何かしたの」
「いや、俺は至って普通に話し合いをしただけだが」
普通に話し合い、ねぇ。
「いや俺としても美味しい話だったのは間違いないんだが、圧というか何というか、有無を言わせない感じがな……」
兄の苦言にうんうんと頷く妹。なんだ、仲良いじゃないあなたたち。
「まあ、ともあれなんだ。妹のフォローをしてくれてありがとよ、アリス様」
「……」
ええそうね。もっと私に感謝なさい! なんて、いつもならそう言うところだけど、今日はやめとくわ。だって――
「フォローなんかしてないわよ。その子は今日……いえ、この数日間を自分の力だけで乗り切ったの」
私の言葉にアゼルバーフは誇らしげだった。
「そうか、頑張ったんだな。『当主様』」
今はまだクラリスの取り仕切るゲント国を、いずれ遠くない内にこの2人は引き継ぐことになる。
最も恐れるべきはエス・リーア国で起こったような分断だけど、この様子を見るに心配なさそうね。
「まだ当主ではありませんわ。余り調子に乗らないでください、お兄様!」
――――――――――
ひと通りの交流が終わり、私たちは用意された席に着く。料理と酒が運ばれ、夕食会の準備は整った。
開始の挨拶はもちろんルフィエ。
「皆様、本日は長時間の会議、お疲れ様でした。その上で夕食会に参加いただけましたこと、心より感謝申し上げます」
それとラフィエも。
「それでは皆様、グラスを手に取りましょう。乾杯の音頭はアリスがお願いします」
ここで私!? もうッ、仕方ないわね!
「妖精種の明るい未来を願って!」
『ヒャイル(乾杯)!!』




