第64話-会議-
「どうなんだ、おい――アリス」
押されっぱなしなのもなんか癪ね。ちょっと思いついた反論で言い返してみようかしら。
「じゃあ逆に聞くけど、あんたは結局のところ何が不満なのよ。さっき、あんたは確かにアゼルバーフを『ゲント当主代理として認める』と言った。なら、もしアゼルバートが予定通りに出席しようとも同じ態度を取るつもりだったのよね」
「アゼルバートはこの場にはいない。無駄な話だ」
エクフィズの口調から圧が消えた。なら、ここで畳み掛ける!
「まず私の質問に答えて。あんたは何が不満なの。これに答えてくれたらあんたの『過ち』をここだけの話にしてあげてもいいわよ」
「ほう、俺がどんな『過ち』を犯したと」
あくまで白ばっくれるというのね。
私は自然と口角が上がっていくのを感じていた。挑発された苛立ちからの反動で興奮してるみたい。
「当主を失ったばかりの弱い立場の国を、わざわざ私を挑発してまで会議から締め出そうとしたことが『過ち』でないというの? それはさすがに傲慢じゃないかしら。私は別に構わないわよ、あなたの経歴に『自ら調印した条約を反故にした』という汚点がついてもね」
「チッ!」
条約に調印する際、これがバルバリア島に存在する全ての妖精種国家に適用されることは了承している。ゲント国の排除はそれの反故に他ならない。
「まだ分からない? あなたがアゼルバーフを当主代理として認めたのならこの子の参加は確定してるの。それでもまだ私に圧力を掛けるというなら――」
「もういい、俺が悪かった」
また私の言葉を遮りやがったエクフィズだけど、今回は両手を上げていた。
「あんたに取り込まれることが分かっているそこの……アゼルバーフを簡単に『はいどうぞ』と参加させるわけにはいかなかったんだよ」
不利な状況を何とかしたいというのは理解できるわ。けど、あのやり方を私は許容したくない。
「あんたねぇ――」
「だから、俺の『過ち』をここだけの話にしてくれよ……頼むぜ。まさか、高名なウェスーク当主サマが自分の発言を反故にするこたないよなぁ?」
彼はニヤついていた。まるで私の口撃では痛くも痒くもないと言いたげに。
本ッ当に腹が立つ。
「ぐぬ……ッ!」
私個人としては今とても悔しいし、彼のやり方を決して許したくはない。けど、会議はまだ始まってすらいない。ここでこれ以上、彼を追及するのは……良い時間の使い方とは言えないわね。
「……もちろん、私は自分の言葉に責任を持つわ。あなたの『誠実さ』に応えてあげる」
「フンッ」
今の私が咄嗟に言える精一杯の皮肉だった。これに鼻を鳴らすだけで返した彼は一体、腹の中で何を思っているのか……私に読み取ることは難しい。
「そういうわけだから。ルフィエ、もう進めていいわよ。進行を止めて悪かったわね」
ラフィエが不満気にこちらを見てくるけど、私は無視する。ルフィエは特に動じる様子もない。
「それでは改めて。エクフィズ、あなたはアゼルバーフの当主代理としての参加を認めますね」
「ああ、構わねぇよ」
「では、これより『アグル大同盟当主会議』を始めます」
そう、何度も言うけどここまで会議は始まってすらいない。会議前のひと悶着が今日の1番の山場だったわ。
――――――――――
意外にも会議は順調に進んでいった。順調すぎると言っていい程ね。
ダネア族の脅威は言わずもがな全員が認識していたし、ジェファーの説明や文書上で既に根回しは済んでいたから、後はそれを確認していけばいいだけ。
唯一の懸念だったエクフィズも特に口を挟んでこなかった。これはサイラスのお陰かしら。
今さっき私たちの確認した内容はこんな感じ。
・ダネア族の脅威に妖精種国家は一致団結して立ち向かう。
・自衛を除き妖精種国家に対して武力行使を行わない。
・ダネア族の海賊行為には現場から1番近い国が対応する。
・唯一武力を持たないゲント国は物資面での支援を行う。
・ダネオラウと隣接しないウェスーク国は常に援軍派兵準備をしておく。
・ダネア族の打倒、ダネオラウ全占領を最終目標とする。
「今年はどこまで奪還できそうですか、アリス」
「うちの将軍はエス・リーア国の支援さえあればノルウィックまでいけるだろうと言っていたわ」
「ほ、本当!?」
ノルウィックってのは、ゲント国のキャンタブリーやローカスターなんかと張り合える程に交易が盛んなエス・リーア国の最大都市。ゲント国の緑髪系商人を通さず、対岸の商人と赤髪系国家が直接取引する拠点になっていたわ。特にノーズィリア国と対岸の交易は、そのほとんどがこの地を経由して行われたと聞いたことがある。
カルロが進めているエス・リーア国開放作戦の最終目標がそのノルウィックで、もちろんこのことはルフィエもラフィエも知っていた。ただ、1つ問題があって……。
「どのように進軍するつもりなのですか?」
レンデラムのあるエス・リーア国南部とノルウィックのある北部の間には広大な湿地帯が広がっていて、まともな道が整備されてないのよ。従来は空路か水路での移動が行われていたわ。でも、原種が中心のウェスーク国軍は空を飛べないし、水辺はいつダネア族に襲撃されるか分かったもんじゃない。
「地盤を固めて馬車でも通れる道を作りながら進んでるわ。彼らは魔法使いだからあなたたちの想像よりも遥かに進んでいるはずよ」
道が無ければ作ればいい――なんて力業は魔法使いの特権ね、ほんと……。
ドン引きする面々を前に私は無理矢理話を進める。
「うちの将軍がやると言ってるからには今年中のノルウィック攻略は確定よ。なら、私たちが足並み揃えて決めるべきは来年春夏の奪還目標、でしょ?」
「で、お前はどこがいいと考えてるんだ。既に決めてあるんだろ」
「ええ、もちろん」
私は思いっきり胸を張った。
「次に狙うはズバリ――『ユートレー』よ」
ユートレーはロマーラ帝国のバルバリア島支配において南のダウニウムと共に中核を担った北の大都市。アトゥス教が広まった後はキャンタブリーと共に大司教座も置かれていた。妖精種に支配された後はノーズィリア国デルニスの首都が置かれたことで再び発展し、ドレイツ長老会議も常にこの地で開催されるようになっていったわ。
まあ、地理的に遠く離れたウェスーク国とは今までほとんど関わりがなかったのだけど。
「つまり、俺に動け、と?」
「当たり前でしょ。『ミシア国はノーズィリア国を併合した』のだから、『北の大都市』の奪還にも協力してもらわなきゃ」
この場に居るのは議長とエス・リーア共同当主、ウェスーク当主、ミシア当主、ゲント当主代理の5人。ノーズィリア代表は参加していないわ。なぜかって、アグル大同盟に加盟する直前のミシア国がノーズィリア国を併合したから。そして、私たちはそれを誰も咎めなかった。このままではノーズィリア国が亡ぶのは自明だったから。
でも、これを契機にミシア国の脅威が増大するのは私としてはよろしくない。だから、ウェスーク国ももっと北方に影響力を持たなきゃいけない。
「もちろん、私たちも協力は惜しまないわ。一緒に半魚種どもを追い出しましょ」
ユートレー遠征は私たちの「完璧な計画」に不可欠な布石。この提案を通すことこそが私にとって最大の目的だったの。
「ああ、いいぜ。乗った」
事前にジェファーを送り込んで根回しさせてたとはいえ……。
エクフィズからあっさり出た了承に思わず飛び上がりそうになるのをグッと堪える。
「妖精種の未来のために」
でも、口角が上がるのは抑えきれなかった。
今回の目的は達成された。私、成し遂げたわ!




