第63話-異議-
「皆お揃いになりましたね。では、これより『アグル大同盟当主会議』を始めたいと思います。議長は、エス・リーア伯爵委員にしてエス・リーア共同当主の1人であるこの私、ルフィエ・ヴァフィングが務めさせていただきます」
レンデラム市内、エス・リーア当主屋敷に存在する閉鎖的な1室にて、遂に4人の当主が一堂に会したわ。この場には当主以外の如何なる人間、例え側近であっても参加することを許されない。ただ1人認められた例外を除いて。
「会議を始める前に1つ、皆にお伝えすべきことがございます。本日出席される予定であったゲント当主――アゼルバートが急逝なされました。この場に居る皆で、彼に追悼の意を捧げましょう」
そう言ってルフィエは立ち上がり、右手を胸に当て祈る。
「『かの魂に精霊様のお導きあらんことを』」
彼女に続き、私たちも同じ様にその言葉を復唱する。
「「「かの魂に精霊様のお導きあらんことを」」」「……」
1人は不器用ながらも真剣な様子で、1人は生前の姿でも想像してるのか目を閉じながら顰めっ面で祈っていた。私はというと……まだ現実味がなくて祈りに身が入らなかった。
それと、ただ1人だけは立ち上がらずに無言を貫いている。今朝も泣いていたのか、彼女の目元は微かに赤い。
「皆、ご着席ください」
厳粛な雰囲気に包まれる議場。果たしてこれがどれだけ保つかしら。
全員が席に座った後、一瞬の静寂。そして、議長のルフィエが淡々とした口調のまま進行を再開する。
「亡くなられたアゼルバートに代わり、本日はゲント当主の地位継承が確定しているアゼルバーフ嬢が参加――」
「おい、待てよ」
せっかくの厳かな雰囲気は無粋な男のせいですぐ台無しになったわ。まだ会議は始まってすらいないというのに。
低くよく響く声でルフィエの言葉を遮ったのは、頬に傷跡を持つ妖精種にしてはかなり大柄な男。彼が、彼こそが、今回私の渡り合わなきゃいけない相手。ミシア国第3代当主――エクフィズ。
「異議を唱えるのは構いませんが、話を遮るのは感心しません」
「俺はお前如きの説教を聞きに来たんじゃねぇ。勘違いするなよ」
荒っぽい口調や圧のある声とは裏腹に、その調子はどこか冷静。この男、底が見えないわね。
「なあ議長サンよ。お前、知ってんのか。あのアゼルバーフとかいう女がここ最近、何をしてたのか」
「その問いは、会議の進行を妨げてまでする必要があるものですか」
「大アリに決まってんだろ馬鹿が。その女はウェスーク当主の小間使いをしてたらしいじゃねぇか。そんな奴をゲント国の代表とは認めねぇ」
言い方は乱暴だけど、アゼルバーフが私の影響下にあるという主張自体は間違っていない。
もちろん、ルフィエもこのことは知っているわ。さて、彼女はどうやってアゼルバーフの参加を認めさせるのかしら。
「あら、それは存じ上げませんでした。しかし、彼女の当主継承が確定しているのもまた事実……他にゲント国の代表に相応しい者がいるでしょうか」
「いんや、アゼルバートのジジイ以外に相応しい奴はいねぇなぁ」
「そのアゼルバートの魂はもうここにおりません。だからその子を参加させる他ないという話ではないのですか? あなたの主張は矛盾しています!」
席から立ち上がり強く抗議したのはラフィエ。
あなたが怒る理由は無いと思うんだけど……いや、姉の進行を邪魔されたことが気に食わないのね、きっと。
エクフィズの言葉を素直に受け取るならこの子の抗議は正しいわ。でも、この男の意図はそんな素直なモノじゃない。
「矛盾? 本当にそうか? 俺は今のゲント国は会議に参加するべきじゃねぇって言いたかったんだがな」
「ッ!?」
「矛盾、してるか?」
まあ、そういうことだろうと思ったわ。この男はゲント国の参加それ自体に異議を唱えてる。
……こうなると私が黙っているわけにもいかないわよね。
「ゲント国を『アグル大同盟』に組み入れたのは私よ。アゼルバーフの代理参加を提案したのも私――」
「だろうな」
「話している途中に遮られるのは不快だからやめて」
「フンッ」
やっすい挑発ね。
「ゲント国の参加を認めないというのは、私の提案した枠組み自体を否定することに他ならないと思うのだけれど、そう捉えてもいいのかしら」
「ウェスーク当主サマは枠組み、形式、法、建前がお好きなようだが、俺は違う。この同盟は背後に敵を抱えないための、俺とお前の同盟だ。商人だか何だか知らねぇが、戦わねぇ奴に横から茶々入れられるのは気分が悪ぃんだよ」
この男はアゼルバーフを私の傀儡と見ている。影響力の無いラフィエを除いて2対1の構図になるのはさぞ「気分が悪ぃ」でしょうね。
……もしアゼルバートが生きていたら、この男は参加を認めたのかしら。
「それは私の質問を肯定したと受け取るわよ。その態度を見るに、アゼルバートが生きていても何かしら難癖付けてきそうね」
この男には三竦みを作り出す算段があったのか、あるいは。
「心外だなぁ。俺はこれでもあのジジイのことは尊敬してたんだぜ。だからこそ、今くたばっちまったことがどーにも気になるんだ」
――そもそもこの男がアゼルバートの死を仕組んだのか。
「――お前がアゼルバートを殺したんじゃねぇかってな」
「「「「……」」」」
再び静まり返る議場。けど、さっきみたいな厳粛な雰囲気じゃない。不穏が漂っている。
「証拠はあるのかしら。まさか証拠も無しに――」
「冗談に決まってんだろお前、馬鹿か。証拠なんかねぇよ」
冗談? 何が冗談よ。こんなの笑えない。それもアゼルバーフの目の前で。
「……あんた、そんな発言が許されると思ってるの」
「誰が許さねぇっていうんだ? ここは閉じた場だぜ。まさかこれを見た精霊様の罰を食らうとでも言いたいのか」
度が過ぎた挑発に腸が煮えくり返る思いがする。けど、私は耐えなきゃいけない。ここでこの男を追い出せばジョンの書いた筋書きが崩壊することになるし、この男の言う『冗談』に真実味を与えることになる。
「あんたが私とどう付き合っていくつもりなのかはよく分かったわ。私はあんたが嫌い」
「言ってくれるじゃねぇか。俺は本音を語れる女は好きだぜ」
気持ち悪い。
「……あんたのことは嫌いだけど、それでも心からお願いするわ。アゼルバーフの参加を認めて」
「お前の小間使いを参加させる、『俺の』メリットはなんだ」
「私はこの会議には妖精種諸国その全てが参加すべきだと思っているわ」
「そんなお前にとっての意義なんぞどうでもいい。『俺にとっての』利点を挙げろ」
「……」
「勘違いするなよ? 俺はこの同盟に参加して『やってる』んだ。分かるか」
この男は見抜いている。今、同盟を抜けられると私の方が困るということを。
この男は私に求めてきている。私が有利な(ように見える)状況、それに見合う譲歩を。
……一応、こうなることも事前にある程度は予想していた。ここまで挑発されるとは思ってなかったけど。
「分かった――」
「待ってください、アリス」
私が用意していた譲歩を口に出そうとした時、それを遮ったのはまさかのアゼルバーフ。
この子に呼び捨てにされるのは初めてだったわ。
「エクフィズ。私が勉強のためにウェスーク国で働いていたのは間違いないですわ。けれど、私はアリスの小間使いなんかじゃありませんわ」
「ほう……お前はそこの女の命令に逆らえるのか?」
「ええ。私の国のためになるのならもちろんですわ」
言い切ったわね。
この男の発言には思うところもあるでしょうに、それをおくびにも出さず堂々としている。
「そうか」
そんなアゼルバーフの態度を前に、エクフィズの表情が少し変化している気がした。
もしかして、試されていたのは私ではなく、アゼルバーフの方?
「いいだろう。お前をゲント当主代理として認めよう」
「……ッ! ありがとうございますわ!」
何よ、随分とあっさり認めるじゃない。さっきまでの私に対する圧は何だったのよ。
「では、これより会議を――」
「おい、待てよ」
「「「「……」」」」
え、今度は何が不満なのこの男。
「どうされました、エクフィズ」
「どうしたもこうしたもねぇよ。ゲント当主代理を参加させることでの、『俺の』メリットをまだその女から聞いてないぜ。どうなんだ、おい――アリス」
譲歩の要求はまた別だっていうのね! ああもう、面倒なッ!!




