第58話-半魚-
始まりは大西進の時代にまで遡るわ。
大陸から北に突き出るような形をしている「ジェントロンド半島」。大森林の北の端にあたるそこには元々、緑髪系の妖精種が多く棲んでいたのよ。
彼らは大森林東部での出来事を素早く聞きつけると、すぐに集団でバルバリア島へと渡る決断を下した。今のゲント領域に拠点を築いた彼らは、後に避難してきた多くの妖精種が海峡を渡るための手助けをすることになるわ。
いち早く大陸を脱出した緑髪系妖精種。けど、当時「東の野蛮な原種の民族」と呼ばれたガルマン系民族は、彼らの棲んでいたジェントロンド半島には侵攻しなかった。代わりに空白となったその地に侵入し、新たに定住したのが北方系半魚種のダネア族よ。
ダネア族というのは、元は半魚種どもが仰ぐドレイツたちの組織――「魔鮭様に仕えるドレイツ長老会議」によって指名される「覇者」を代々輩出してきた部族。それがいつしか逆転し、今では覇者に従う半魚種部族は全てダネア族を名乗るようになったんだとか。
ダネア族がジェントロンド半島を手に入れてからしばらく経った後、その地で新たな部族当主が誕生したわ。彼の名はカヌーア、今代の半魚種覇者――「カヌーア2世」よ。
当主の座に就いた彼は早速、ジェントロンド半島から見て北東にある「スキャンダノ半島」の征伐を指示。そこは移動してくる前のダネア族が元々棲んでいた地なんだけど、その他にも覇者に従わない独立した半魚種部族が多く棲んでいたわ。それらを彼は次々と、武力でもって自らの支配下に加えていった。
今や北方に棲む同種で彼に従わない部族はたったの1つとして存在しない。彼が覇者になってからここまでそう長くはかからなかった。
次にカヌーア2世は、彼が支配する領域の南西に成立した巨大国家――統一王国を意識するようになるわ。
北方系半魚種を統べる彼は、統一王国に対抗すべく自らを「ノーゾー(北方)王」と名乗り、支配領域を「北方王国」と称したのだけど……それが彼にとっての悲劇を招いてしまった。
大森林北部に領地を持つ統一王国のドミニ族諸侯――「ホールテーン公」の軍勢が、突如としてジェントロンド半島に侵入してきたわ。そいつらの主張は、「『王』は世界に1人しか存在しない」、「アトゥス教徒以外が『王』を自称することは認められない」――というものだった。
その時スキャンダノ半島にいた彼は、知らせを受けるとすぐジェントロンド半島に迎え撃つための軍を送った。けど、彼の軍は魔法使い有するホールテーン公の軍に惨敗。それどころか、ジェントロンド半島に残していた愛する妻をも戦禍で失ってしまうの。
この戦争の結果、彼は「王」と名乗ることを禁じられる他、ジェントロンド半島の南部――スクレイヴィーグ地方の割譲を余儀なくされるわ。
その後からカヌーア2世は「あるモノ」にのめり込むようになっていった。それは、覇者の中でも魔鮭フィオンタムに認められた者のみが声を聞けるというドレイツ教の魔具――「魔石バーロン」よ。北方系半魚種を統一した彼は魔鮭から覇者の資格を認められたらしくて、毎日、狂ったようにそれと話していたようね。
それはある時、彼にこんな助言をしたと言うわ。「今の半魚種は間違いなく、陸上で魔法使いに敵わない。いずれはジェントロンド半島の領域全てを失うことになる」、と。もしその通りになれば、既にジェントロンド半島で暮らしている大勢の人が難民になってしまう。
そこで彼はとんでもないことを思いつくの。「魔法使いが渡ってこれない海を挟んだ土地を征服し、新たな入植地を築けばいい」、ってね。そして、その標的になったのが――
――――――――――
「私たちの住んでいる『バルバリア島』だったわ」
私が今いるのはウィンタカスターのいつもの屋敷……ではなく、法院よ。
ダネア族をよく知らない多くの法官たちに向けて、私が直々に説明してあげていたわ。
「当主様、質問ですわ!」
「何かしら」
「いずれジェントロンド半島を失う可能性が濃厚なのは分かりますわ。しかし、どうしてその移住先がバルバリア島なんですの? 元々棲んでいたスキャンダノ半島に素直に帰ればいいと思いますわ」
「良い質問じゃない、アゼルバーフ」
確かに私もそう思うわ。元居た場所に帰りなさいよ、ってね。でも――
「彼らにも事情があるみたいね。例えば、そのスキャンダノ半島ってのは南端以外のほとんどが年の半分以上雪が降り続ける土地らしいわ。そんな土地じゃ今更増えた人口は抱えきれない。まあ、カヌーア2世という男が持つ野心、征服欲によるものが1番大きいとは思うけど」
「どっちみち、とばっちりもいいところですわ!」
「それは、うん。ほんとにそうね……」
攻撃される側としては堪ったもんじゃないわよ。
「アリス、俺からも質問だ」
「なんであなたが手を挙げるのよ。私に教えてくれたのあなたじゃない」
「……魔法使いを避けるはずの――」
無視!? ねぇジョンそれは酷くないかしら。
「ダネア族はどうして俺たちウェスーク国を攻撃したんだ? ウェスーク国軍の主力はその魔法使いだ」
それは……確かに不思議ね。もしかして彼、この場で私の意見を聞こうとしてる?
「私の考察になるけど、それでいいわよね」
「ああ」
「奴ら、単純に知らなかったんじゃない? だってウェスーク復国戦争からまだ5年よ。情報が伝わってなくても無理ないわ」
私の考察を聞いた彼は……ニヤリと笑った。
「甘いな」
「なッ!?」
なんなのよ、この男! 悪巧みのし過ぎで意地悪になったんじゃない!? 私に恥欠かせたこと覚えときなさいよ。
「な、何が甘いって言うのよ」
「奴らはノーズィリア領域を東海岸から一掃して、エス・リーア領域に至っては全占領したんだぞ。ウェスーク復国戦争を知らないはずがない」
「ま、まあそうかもしれないわね。ならあんたはなんで奴らが私たちに攻め入ったって言うの?」
「ドレイツからの助言だろうな。間違いなく」
「ドレイ……ツ……?」
予想外の存在が出てきたことで私は面食らってしまった。
ドレイツって……あのドレイツ?
「ああそうだ。良いか、この場に居る法官たちは全員よく聞け。ドレイツどもは既にこの国の敵だ。絶対に信用するな」
「ちょっと待って。ドレイツたちが私に友好的じゃないのは今更だけど、それにしたって敵だなんてそんな」
6年もの間アトゥス教の学院に身を置いていたとはいえ、私にとってドレイツ教は妖精種としての「自己」を形作る重要な要素。その祭司が、国の敵……?
私の中にうっすらとあった「盲信」と言えばいいのか……そんな言葉にするのが難しい「何か」が壊れる音がした。
「アリス、君には今夜の国務卿会議で詳しく説明する」
「……」
私は彼の言葉に頷くことしかできなかった。
「法官たちよ、今ここで俺は命じる。如何なる理由があっても絶対に国の重要な情報をドレイツどもに渡すな。仕事で接する機会はあるだろうが、最低限に留めろ。書類は何度も確認し、必要とあらば黒塗りにしろ。お前たちの油断が、国を危機に晒すと心得よ。良いか!」
「「「はいッ!!」」」
その後も私はちょっとした放心状態にあったまま、法院での説明会は終わった。
「当主様、無理はいけません。もう休まれても良いのですよ」
「イーヴ……大丈夫、平気よ」
そうは言ったけど、これは……なかなかキツイわね。




