第56話-解囲-
休む暇もない激動の1週間は終わった。けど、決して事態が収束したわけではないわ。むしろ、ここからが本番と言っていいくらい。
「アリス、準備は整った。いくぞ」
「ええ、この街から脱出するわよ! ついでに、ここにかまけている連中を丸っと殲滅させてもらうわ!」
レンデラムがダネア族の軍勢に包囲されてから凡そ3週間。その間に、私たちはカルロ将軍が率いる大戦力を1番近い都市であるカーコルカスターに集結させていたの。ゲント国からの支援も受けて、万全の体制を整えさせたわ。
解囲作戦は至って単純明快。海岸のある東側にまずは白刃兵と妖精兵、城内からの支援を集中投入して敵の退路を断つ。後は残りの敵を城を回り込むように追い込みながら、城内にいる射撃兵が殲滅する。
目指すは敵の一網打尽よ!
「攻撃を始めなさい!」
「行くぞ、野郎ども!」
私とカルロが同時に放った号令で、「レンデラム解囲戦」――その火蓋が切られたの。
……
「まさか、1日で城壁を出られるなんて……」
そんな、「レンデラム解囲戦」は呆気なく終わった。
まあ、「ウィンタカスターの戦い」とは比べ物にならない戦力――具体的には250以上の魔法使いと800以上の妖精兵を投入したのだから、当然っちゃ当然なのだけれど。それに、充分な準備期間もあったしね。
今回の戦いで殺した敵兵の数は、少なく見積もっても5千以上とのことよ。これなら、しばらくはダネア族も大胆な行動には出れないはず。
「アリス、行くぞ」
「当主様、参りましょう」
「ええ」
私とジョン、イーヴと侍従たちは、退路が確保できた時点でウィンタカスターに帰ることが決まっていた。1ヶ月近くも首都を空けていたのだから、きっと仕事が沢山溜まっているでしょうね……アラーナが泡吹いて倒れていないかも心配。
「じゃあね、カルロ。それに、ルフィエとラフィエも」
「おう、こっちは任せろ」
「「アリス様、ありがとうございました」」
ウェスーク国軍部隊の多くは、カルロ将軍の指揮下でエス・リーア国開放作戦に従事することになったわ。だから、ウィンタカスターに帰る私たちとは、またしばらくお別れ。
「エス・リーア国が平和になったら、またいつか訪れることもあるかもしれないわね……『レンデラム』」
――――――――――
さて、ウィンタカスターへと帰る間に、これまでの出来事を纏めようと思うわ。
まずは7大国――今の妖精種5ヶ国についてから。
私の国――ウェスーク国は、あの1週間で大きな被害を受けた。特に酷かったのは、占領された港町――ワルハム、サザントム、イスケーターの3ヶ所と、市街戦が行われたウィンタカスターよ。
港町では住民に大きな被害は出なかったけど、市長や町長、領主といった有力者が殺された。
ウィンタカスターをはじめとする包囲に抵抗した都市や城塞では、民兵として戦いに参加した者から戦死者が出てしまった。
今回の1件で私は、自国が狙われた時の脆弱性、動員できる兵力の少なさを痛感した。だからこそ、いつか来る次の襲撃に備えて、戦力を魔法使いに頼り切るのではなく、住んでいる妖精種自身で抵抗できるような組織を作ることにしたの。
この戦いは私たちにそんな犠牲と教訓をもたらしたのだけど、得たものはもちろんそれだけじゃないわ。
今回の大きな戦果といえば、エスーク領域を手に入れたことと、エス・リーア国を実質的な属国にできたことかしら。このままダネオラウの解放が順調に進めば、北東に広大な緩衝地帯を確立できるわね。
また、この危機を利用して「アグル大同盟」を主導できたのも大きいわ。まだまだ不確定要素も多いけど……ジョンとジェファーの手腕があればどうにかなるわよね、きっと!
ゲント国もあの1週間の内に1回、その後は2回、ダネア族に襲われたけど、それらは全てルーナや部下たち――遣ゲント傭兵団によって退けられた。そのお陰で、ゲント人の私の国に対する評価はかなり良好みたい。いつかこの国を併合するにあたって、これはかなり好都合だわ。
この国は早々にアグル大同盟への参加を決めた国の1つよ。一見、兵を持たない彼らに利点はなさそうだけど、なぜ参加したのかしら。理由は単純、この戦争で彼らは「儲かるから」よ。それと、大陸にある「ジェトロンド半島」の利権もちょっと……これはまたいつか分かるわ。
私の国は現金が乏しいから、今回の1件でゲント人商人には沢山手形を刷ってしまった。しばらく頭が上がらないわね。
エス・リーア国はほぼ全土をダネア族に占領されていたところ、「レンデラム解放戦」の結果として首都のみが豪族の支配下に戻ってきた状態よ。
この国も早々にアグル大同盟への参加を表明してくれた。ルフィエ、ラフィエの2人はまだ暫定当主だから、条約も暫定なのだけど。
この国は実質的に私の国の属国で、ゲント国には使者を送ったみたいだけど国際的な地位は無いに等しい。だから、アグル大同盟は国際的地位を回復する足掛かりとしても考えているみたいね。
それと、レンデラムを離れる前に私は、大陸、教会的な考え方をある程度2人に教えておいた。私の話に納得してくれた彼女たちは、早速ゲント伯国を通じて教会に伯爵位を請求するらしいわ。
ノーズィリア国……この国は酷いわね。ダネア族からの侵攻で北のバルニスは体制が崩壊、南のデルニスも首都を失っている。そんなわけで、オズワインとアンフレダが使者としてウィンタカスターに遣わされたのだけど……ジェファーとの会談もまあ酷いものだったらしいわね……。
それから3週間以上が経った今でも、この国からはまだアグル大同盟への返事を貰えていないわ。ミシア国は無事に通過できたみたいだけど、オズワインは果たして無事なのかしら。
アンフレダは人質としてウィンタカスターに残しているから、いざとなれば彼女を使う算段もあるけど……あまり無茶なことをしたくないのが私の本音よ。
とある理由で北のダネア族は落ち着いていて、ミシア国に対してはジェファーが釘を刺してあるから、この国が滅亡するにしてもまだ時間はありそう――というのがジョンの見立て。引き入れるチャンスである今のうちに引き入れたいところね。
ミシア国は今回、被害を全く受けなかった唯一の国よ。だからこそ厄介なの。
意外にもアグル大同盟への参加は了承してくれた。けど、ジェファーが言うには、何を考えているか分からないから警戒しておくに越したことはない――だって。
以前はノーズィリア国に集まっていたドレイツたちが、今ではこの国に続々と移動していて、「魔竜様に仕えるドレイツ長老会議」もこの国の首都――タモースで開かれる見込みらしいわ。ってことは、ミシア国当主が次代「覇者」に指名されるのも時間の問題ね。まあ、何かしら特権があるわけでも無いし、私としてはどーでもいいんだけど。
こんな感じで、妖精種国家のほとんどがアグル大同盟への参加を表明してくれたわ。最大の懸念だったミシア国が参加してくれたのは嬉しい誤算ね。
さて、ここからは外の情勢について。
最近、アトゥス教会に関する大きな知らせが入ったの。なんと、ムー島に長らく避難していた「キャンタブリー大司教」が、遂にキャンタブリーの地に帰ってくるとのことよ。
私が卒業した学院のあるムー島ってのは、元々はユートレー大司教の私領。きっと、キャンタブリー大司教は肩身が狭かったでしょうね。
キャンタブリー周辺が教会から認められた国(ゲント伯国、スーク伯国)になり、大司教や教会組織の安全が確保できたってことで、やっと彼女たちは元の大聖堂へと帰ることが認められたの。ここ数日はムー島もゲント伯国もこのことでお祭り騒ぎらしいわ。このご時勢に呑気なものね。
大陸の統一王国は相も変わらず政争の途中みたい。もはや内戦の様相を呈しているらしくて、外に向ける余力がないのかゲント伯国への干渉も今のところ全くないわ。私たちとしてはありがたいことね。
正直、向こうには関わりたくないから、ジェファーやゲント人商人による情報収集だけを続けさせるつもり。
さて、最後は一番の問題――「ダネア族」について。捕虜から得られた情報は膨大よ。さて、何から纏めようかしら。
――――――――――
「アリス、今いいか」
レンデラムを出てから2日目の午後。場所はダウニウムの少し北東といったところだったわ。そこで突然、馬車が止まった。
「何かしら」
「ルーナに異変が起きたと連絡が入った」
「ルーナに!?」
「アゼルバートは俺たちにも来てほしいらしいんだが、どうする」
「もちろん向かうに決まってるわ!」
こうして、私たちはウィンタカスターへの帰路から外れ、急遽、ダウニウムより南東にあるゲント国の首都――キャンタブリーへと向かうことになったの。




