第55話-激動・7日目後段-
「これは、どういうことですかな? 詳しく説明いただけますね、ジェファー殿」
ウィンタカスターに建つ私の屋敷、その応接室は奇妙な状況になっていた。
いつも通りに飄々とした笑みを浮かべるジェファー。不安そうに俯くオズワイン。そして、最後に部屋へと案内された何も知らないミシア国当主補佐のおじさん――サイラス。
「お久しぶりです。お会いするのは復国式典以来ですね! サイラス殿。あ、こちらはノーズィリア国副当主のオズワイン様でいらっしゃいます」
「ノーズィリア国副当主!? 幼くして即位したとは聞いておりましたが……このお方が」
「は、はじめまして……僕がオズワインだ」
さすがのサイラスとて、まさかこの少年がそんな大層な人物だとは思わないはず。表には出さなかったけど、きっと腰を抜かしそうになったでしょうね。
「お初にお目にかかります、オズワイン様。あなた様とは腰を据えてゆっくりとお話したいものですが……その前に、もっと大事な用があるのです。そこのジェファー殿に」
いや、そんなことはないかも。後に回される豪族当主って……可哀想に。
「――『アグル大同盟』とは、一体何なのですか? 全権大使を急遽呼び寄せるだけの価値があるのでしょうな」
「もちろんですとも!」
サイラスの問いに、軽い口調で返したジェファー。察しの通りというか何というか、サイラスをこの場に呼んだのはもちろん彼よ。
ノーズィリア国の使者が来るという情報が入った時点で、彼はミシア国に潜入させている部下を通じてサイラスを寄越すようメッセージを送っていたの。因みに、これは彼の独断よ。私には一切知らされてなかった。酷い話よね。
ジェファーの部下とサイラスはミシア国の都市――バズムで合流。それがこの日より2日前のことよ。その時にサイラスは「アグル大同盟」の名を聞いた。つまり、ジョンとジェファーはその時点で既に計画を練り上げてたってわけ。
「早速、本題に入りましょう。僕からお2方にこの『アグル大同盟』を提案させていただきます」
傍に控えてた侍従から2人に資料が手渡される。
資料と共にジェファーが説明した内容は、大雑把に「アグル(妖精種)の皆で手を組んでダネア族の侵略に対抗しよう」というものよ。
ダネオラウの拡大は止まることを知らない。これ以上の拡大を食い止めることは種の存続に関わる急務であって、いずれはダネア族をバルバリア島から追い出す必要もある。その目的達成のため、妖精種国家は同じ方向を向く必要があるの。
同盟は大きく3つの条文から構成されているわ。第1条、現時点で妖精種国家の支配下にある領域にダネア族が侵入してきた場合、侵入された領域の支配国から要請があれば同盟国は軍を派遣し、迎撃することができる。第2条、ダネオラウから領域の一部を奪還できた場合、以前の支配国に関わらず奪還した国の領域とする。第3条、ダネア族をバルバリア島から完全に放逐するまで妖精種国家は互いに不可侵とする。
ジョンがレンデラムで双子に説明したのも、ルーナがアゼルバートへ渡した資料に書かれていたのも全く同じ内容よ。ただ、それぞれには特別な入れ知恵もしてるけど。
「原種であるあなたに妖精種の団結を説かれるというのも滑稽なことですな」
そう言ってサイラスは鼻を鳴らした。彼には何か不満があるようね。
「よく……分からない。これに参加すれば僕たちは故郷に戻れるの?」
オズワインはあまり理解できていない様子。
「現時点ではまだご納得いただけないみたいですね」
残念そうにわざとらしく肩を落とすジェファー。そんな彼にサイラスは低い声で問う。
「私どもの国は未だダネア族の被害を受けていないのです。それに、第2条に関してはわざわざ明文化する必要すら感じません。奪ったモノは元がどうあれ奪った者が手に入れる、当たり前のことではないですか。一見、私どもの国には参加する利が無いように見えますが、ジェファー殿はそこのところどうお考えで?」
「今は利が無いように見えるかもしれませんが、いずれは必要に迫られるはずですよ。ミシア国も、『魔竜様に仕えるドレイツ長老会議』も」
ジェファーのこの返しに、サイラスは目を細めた。
「ドレイツ長老会議に言及するとは……あなたは一体どこまで存じているのやら」
「僕は何も知りませんよ。ええ、何も。今の僕が確かに言えることは、ダネア族に支配されてしまえば僕たちやあなた方が今持っている利権から何から全て失われる、ということです」
そう言いながらジェファーは、心なしか更に小さくなって見えるオズワインに目を向ける。
「サイラス殿は先程『私どもの国は未だダネア族の被害を受けていない』と仰っていましたが、ノーズィリア国が完全に征服されてしまったらどうでしょう」
「ふむ」「えっ……?」
「ダネオラウと隣接する距離が伸びるだけではありません。奴らは西のイロー海における拠点を手に入れ、今まで以上に海賊活動を活発化させるでしょう。西に海岸を有するあなた方の国はその時、傍観者ではいられなくなります」
サイラスは目を瞑ってジェファーの発言を聞いていた。一考に値する、くらいに考えてるのかしら。
「本国に持ち帰り、検討させていただきたい」
「駄目です。何のために全権大使であるあなたをここに招いたとお思いですか。状況は刻一刻と変化している。ことは急を要するのです」
サイラスからの願い出をジェファーは一蹴。本来なら事前に内容を伝えた上で大使を呼ぶべきで、こちらの対応が非常識なのだけど……彼は「緊急事態」であることを強調してそれを正当化、更には相手にこの場での決断を強要している。なんて男なの。
「しかし、このような大事を私1人で決めるわけにはいきません」
「それは近々、近隣の国に攻め入る予定があるから……なんて、流石にそんなことはないですよね」
ジェファーの発言にオズワインの肩がビクッと震える。
エス・リーア国がダネオラウに呑まれた今、ミシア国に隣接する妖精種国家はノーズィリア国とウェスーク国のみ。そのどちらを攻めるとなれば、答えは1つね。
「そんなこと……ない、ですよね?」
オズワインはサイラスに恐る恐るそう尋ねた。サイラスの顔は険しい。
「私どもの国――特に一部豪族や軍の内部に好戦派がいることを否定はしません」
「そんな……」
「だから、安易に参加を約束してしまえば、第3条を巡って好戦派と対立する可能性がある……と、そういうことですか」
サイラスは頷く。
「そうです。そして、それだけではありません。私どもの国内……特にタモース(ミシア国首都)近辺では『赤髪の春戦争』での成功を未だに懐かしみ、『ウェスーク復国戦争』における敗北を認めない世論があります。民はウェスーク国主導での枠組みを忌避するでしょう。それに、先ほど指摘された通り、宗教勢力の意向も無視できません」
好戦派、反ウェスーク感情、ドレイツ教勢力。サイラス曰く、様々な要因がミシア国参加の逆風になってるらしいわ。
「サイラス殿はどうお考えですか。率直にお聞かせ願いたい」
「私は……参加した方がいいと考えています。ノーズィリア国やエス・リーア国の惨状を見ても、私どもの国1国のみでダネア族に対抗するのは不可能です」
「ならば――」
「私が説得すれば当主――エクフィズやそれに従う1派を納得させることは可能でしょう。しかし、私どもの国は1枚岩ではないのです。私自身、ウェスーク国の復国後に『売国奴』の汚名を着せられ、殺害を仄めかされたことだって何度もございます」
ミシア国は大きな国よ。豪族の人数は7大国で1番多いし、都市や部族だって幾つも抱えてる。当主による独裁が維持できてる小国上がりの私の国とは違うの。
「――私がもしこれを独断で決めてしまえばどうなるでしょう。それでもし私が死ぬことになれば、あなた方ウェスーク国にとっても損失だとは思いませんか」
そこまで言われてしまえば、さすがのジェファーとてこれ以上に強くは言えないわね。
「……分かりました。なるべく早く良いお返事いただけること、心からお待ちしております」
「期待はしないでいただきたい」
サイラスはジェファーから資料と調印書を受け取り、席を立った。
「あ、そうだ。サイラス殿にはもう1つお願いがありました」
「まだ何か?」
「ノーズィリア国に帰られるオズワイン様の、道中の安全を保障いただきたいのです」
「……私に『子守』をしろというのですかな」
「やだなあ、『豪族警護』ですよ!」
こうして、ジェファーはちゃっかりとミシア国内でのノーズィリア国使者の安全を、『ミシア国高官に』対して約束させることに成功したの。これがサイラスにとっては大きな苦難となるのだけど……私には知ったこっちゃないわ。
――――――――――
「間に合わなかった、か……」
ワルハムに着いたカルロたちが目にしたのは、暗い目をした町民たちの姿。それはまるで、この町がサスーク国に支配されていた頃を思い出す光景だったわ。
因みに、敵兵の姿は無かった。敵は撤退時にこの街を通らなかった。つまり、彼らが行った徹夜の行軍は全くの無意味だったということよ。
「ブレットの爺さん……ッ!」
彼はすぐに町長の最期を知ることになった。小高い丘の上に建てられた町長の屋敷。私がバルバリア島に戻ってから最初に訪れたその建物で、彼は胸を刺されて亡くなっていた。
既に遺体の腐敗は始まっていて、屋敷には酷い悪臭が立ち込めていた。それでも、カルロたちはその遺体を運び出し、礼拝堂の裏で丁寧に埋葬した。
「ジョンとゾーイに伝えてくれ。『作戦は失敗した。すまない』と」
結論から言うわね。カルロの南下は完全に失敗だったわ。シアボーンとトントーを包囲していたダネア族の軍勢は、南へと続く街道ではなく、北西へ流れる川からイロー海に撤退していたの。
よく考えれば、半魚種の奴らがわざわざ陸上の道を使うわけがなくて、川から逃げるのは当たり前のことなのよね。どのみち、カルロたちは奴らに追いつけなかったわ。
「クソッ……!」
彼は行き場のない怒りを昔の本部があった建物にぶつけることしかできなかった。彼の拳からは血が流れ、いくつも傷がついた。それでも、彼は止め処なく溢れる激情を抑えられなかったの。部下に止められても、日が暮れても、それでも。




