第53話-激動・6日目-
6日目の今日は祈りの日よ。アトゥス教徒にとって祈りの日は、仕事を休んで神に祈りを捧げる日。ドレイツ教徒であるダネア族にとっては、そんなの知ったこっちゃないみたいだけど。
「祈りの日くらいゆっくりさせてくれ……」
「まあ気持ちは分かるけど」
私とジョンが滞在している都市――レンデラムはこの日、北の街道と東の海から同時にやってきたダネア族の軍勢に囲まれてしまったわ。
「奴ら、しっかりと南西の街道に陣取っていやがる」
カーコルカスターに続く1本道はもちろん封鎖。補給線が絶たれたこの状況は、まさに完全包囲よ。
「どうにかならない?」
「無理だ。耐えるしかない」
カルロ率いる本軍はウィンタカスターより更に西のシアボーンにいるから、早期の援軍はとても望めない状況ね。
まあでも、幸いなことにこの都市には優秀な射撃兵と支援兵が大勢残っていて、1ヶ月籠城できるだけの物資もある。つまるところ――
「耐えるしかない……かあ」
このどうしようもない状況に、私はぼやくことしかできなかった。私たちが今いる臨時の執務室は、どんよりとした空気に包まれる。
「ルフィエ様、ラフィエ様がいらっしゃいました」
「イーヴ、通してちょうだい」
そんな部屋を訪ねてきたのはあの双子姉妹よ。扉の向こうに立っていた2人は相も変わらず瓜二つで、全く見分けが付かないわ。
「「ただいま参りました、アリス様」」
「よく来たわね。ごきげんよう」
「「ごきげんよう。この度はどのようなご用件でしょうか」」
全く同じ角度で首を傾げる2人に、私は皮紙の束を差し出した。
「この資料に書かれた計画をあんたたちで実行しなさい」
「「これは……」」
「今この都市にある物資の配給計画です。こんなこともあろうかと、事前に用意しておきました」
「ジョンが考えた『完璧な』計画よ!」
ダネオラウにおける支配というのは、どうも社会構造を破壊するようなことはせず、単純に頭を挿げ替えるだけのようね。
エス・リーアにおいても、当主やその夫人、ダネア族の支配に反対した勢力は容赦なく殺されたみたいだけど、大人しく恭順したルフィエ、ラフィエと彼女たちに付き従う家令1派は殺戮を免れたわ。
つまり、この都市に及ぼす彼女たちの影響力は未だ健在で、私たちはそれを利用できる。
「都市住民の分も考えられてる……」「計画に無理がない……凄い……」
「当たり前です。何をそんなに驚いておられるのですか」
「「てっきり、無理な徴発を指示されるかと」」
「あのねぇ、私たちはあくまであんたたちを解放しに来たの。それで逆に恨みを買ったら意味ないじゃない」
エス・リーアを円滑に私たちの勢力に組み込むためには、侵略者ではなく、あくまで「解放者」でなくちゃいけないわ。だからこそ、物資の配給は私たちが直接するんじゃなくて、彼女たちに任せることにしたの。もちろん、不正を働かないかちゃんと監視はするけどね。
「少なくとも、私は……あなたのことを恨んでいますよ」
「あら? 私、何か恨まれるようなことしたかしら」
どうやら、私は今まで避けてきた地雷を踏んでしまったらしい。
気づけば双子の片方から向けられる視線が怨嗟の籠ったものに変化していた。
「ミノ・スヴォス(我が姉妹)、少し落ち着――」
「あなたはエゼルドを殺したのでしょう」
双子のもう片方が慌てて止めようとしたけれど、それを遮って飛び出したのはエゼルドという名前。
正直、それを聞いた私は動揺した。私の余裕はこの瞬間に虚勢へと変わったわ。
「え、ええ、そうよ。そうしなきゃ私が死んでいた」
あいつの顔が脳裏に浮かんだ。幼かった頃の顔や戦場で飛び出す寸前の顔。今でも私にはどうして裏切られたのか分からない。だから、あの出来事を思い出すと胸が苦しくなる。
「そんなはずない! あの子はいつも、『アリスと肩を並べられる男になる』って、そう言って日々励んでいたのです!」
「もうやめなさい!」
双子のもう片方が強く窘めるけど、それでも私を攻め立てる言葉は止まらない。
「あの子に何か唆したんでしょう? 罠にでも嵌めましたか? 銀髪系は悪知恵が働くと評判ですものね――」
「黙って」
「あの子に見限られるような無様を晒したんでしょう。あなたが大人しく死んでくれれば良かった!」
「もう黙ってよ!!」
つい叫んでしまった。
あいつが軽く人を裏切るような人間じゃないということは、カーコルカスターでの評判からも分かっていた。肉親からそんな風に攻め立てられると、ますます裏切られた私が惨めじゃない。
もしかしたら、あの事件はエス・リーア豪族が仕組んだ陰謀だったんじゃないか、なんて。そんな都合の良いことも考えた。けど、この2人があれに関与していないのは疑いようもないし、前当主はもう既に死んでいて確かめようがない。
「あんたたちにも、私は不甲斐なく見える……?」
おかしいわね。普段の私なら喧嘩を売ってきた相手には怒鳴りつけるなり叩き出すなりしたはずなのに。今の私はこんな情けない質問を返すことしかできなかった。
「私……ルフィエは、アリス様を不甲斐ないだなんて思いません」
「え?」
私は2人から口汚く詰られ、罵られるものと思っていた。私は、2人にとってそれだけのことをしたはず。
だからこそ、ルフィエから出た予想外の言葉に、私は変な声をあげてしまったの。
「ほら、ミノ・スヴォス、言いたいこと言ったならもう行きますよ。私たちは計画実行に向けての準備がありますので、これで失礼させてもらいます」
ルフィエは、私に突っかかってきた方――ラフィエの首根っこを掴んで、そそくさと部屋を出て行ってしまった。
静かになった部屋の中、イーヴが私の方に近寄ってくる。
「当主様、あまりお気になさらないように。長く接してきた私たちこそ、当主様の強さを真に理解しております。ですよね、ジョン閣下」
「ああ」
ああ、って何よ。ああ、って。もう少し気の利いたこと言いなさいよ。
「私を恨んでいる、ね……」
まったく、あの双子には情緒を乱されて散々だわ。ああもう、なんだか腹立ってきた!
明日、あんたたちの運命が決まる文書を突き付けてやるから覚悟なさい。
――――――――――
「くそッ、間に合わなかった」
シアボーンの町を見たカルロはそう吐き捨てたわ。
けど、町自体は民兵と少数の国境警備隊隊員が必死に抵抗したお陰で無事。
「ジョンとゾーイに伝えろ。『逃がした』とな」
なら、なぜ彼は苦い顔をしているのかって? それは、ウェスーク国内陸部に侵入した敵を残さず殲滅することこそが、彼がジョンに与えられた任務だったからよ。
彼が着いた頃には、シアボーン周辺に敵は1人として残っていなかった。つまり、彼は――
「この俺が……失敗、だと……?」
彼が任務を完遂すれば、敵は兵数を大幅に消耗し、しばらくは海からの大規模な襲撃が行えなくなる。それが、ジョンの考える私たちにとっての戦略的勝利だったわ。
けど、彼は敵の大兵力を逃がしてしまった。これでは、またいつどの海岸から襲撃を受けるか分からない。防衛に兵力を割く必要が生じて、こちらから大きく打って出ることができない。つまり、戦略的敗北よ。
「いや、諦めねェぜ俺は」
普通なら大人しくウィンタカスターに帰るのだろうけど……彼は諦めの悪い男だったわ。
「てめェら、今日は寝ている暇なんかねェぞ!」
彼は一縷の望みをかけて夜通し南下することを決断したの。目指すは敵が最初に上陸した地――ワルハムよ!




