第52話-激動・5日目-
激動の1週間も今日で5日目。その始まりを告げる朝日が昇る頃。ウィンタカスター北方に陣を構えていた敵軍は大混乱に陥ったわ。まあ、指揮を執るべき高位の人間が全員死んでいたのだから、仕方のないことね。
そんな奴らの混乱に乗じてカルロ率いる軍勢が突入したことで、敵陣はすぐに瓦解。ものの半刻も経たずに北の戦闘は決着がついてしまったの。
昨日戦闘があった南ではほとんどの敵兵士が殺されたけど、今日はそれとは逆に多くが捕虜として生け捕りにされた。奴らはこれから法官による尋問を受けた後、裁判にかけられることになるわ。
市街中心部には国境警備隊と侍従部隊が投入され、敵占領区域の解放作戦が着々と進行中よ。このペースでいけば午後には全区域を解放できる、そのようにゾーイは報告してくれた。
「それじゃあ、俺らはちょっくらシアボーンまで行ってくるからよォ。ここは任せたぜ、ゾーイ」
「お任せください。カルロ将軍も、ご武運を」
今朝戦ったばかりのカルロたちだけど、彼らに休んでいる暇なんてないわ。なぜなら、今この瞬間も敵の包囲を受けている2つの城――シアボーンとトントーを引き続き解放する必要があったからよ。
彼らは遠征の準備を手早く済ませると、すぐに西方へ出立していった。
――――――――――
「さて、戦況も落ち着いたことですし、そろそろもう一度あなたとお話がしたいと思っていたのですよ。オズワイン様」
その日の午後、ジェファーはノーズィリア国の使者――オズワインを屋敷へと呼び出していたわ。その目的は、この子に託された意図を探ること。前回まともに話を聞くことができなかったから、そのやり直しってわけね。
「知らせに書いてあった通り、僕だけで来たよ」
ジェファーは事前にアンフレダを随行させないよう要求していたわ。理由は……まあ分かるわよね。また話が拗れたら困るもの。
「では早速お伺いしますが、なぜあなたは遠く離れたこの国までわざわざお越しになったのですか」
「ウェスーク国の協力を取り付けてほしいと叔父上から頼まれたんだ」
話を聞いてみると、現在のデルニスでは幼い豪族当主――オズワインに代わってその叔父が実権を握っているらしいわ。今の国内にこの子は不必要。だから、使いとしてこんな遠くにまで送られてしまったとのこと。
位の高い者を送れば多少の譲歩があるかもしれない、なんて甘い期待もあったんだろうけど……あの女のせいで完全に逆効果になってしまったわ。
私たちがレンデラムで得た情報から推察するに、ノーズィリア国がダネア族の脅威に晒されているのは間違いない。それも、国の存亡に関わる程の大きすぎる脅威に。
「僕たちが今の時点で得ている情報によれば、既にダネオラウ(ダネア族支配領域)はバルバリア島北部の多くを支配している、と。ノーズィリア国はその圧力に耐えかねている。違いますか?」
「ちょっと違う」
「ほう、それはどのように」
「北のバルニスはもう滅んじゃったんだ。ダネア族に侵略されて。僕たちのデルニスもユートレー(首都)が陥落して、少し前にローンカスター(西部の小さな城)へと移動したばっかり。だから……前みたいな『ノーズィリア国』はもう無いんだ」
オズワインの話を聞いたジェファーは目を見開いた。彼がここまで驚きを露にするのも珍しいけれど、それも仕方のないことよ。
ノーズィリア国の凋落は、私たちの想定を優に超えていたのだから。
長年、長耳種と対峙してきたノーズィリア国バルニス軍。その部隊の多くは、バルバリア島北部最大の砦――エイデンバーに駐屯していたわ。そこが突然、海からの襲撃を受けて陥落してしまった。
突如として始まったダネア族との戦いでバルニス中が混乱し、その最中にノーズィリア国先代当主は命を落としてしまう。
バルニスの都市や町はそのほとんどが東海岸沿いに立地しているから、それらは容易くダネア族の襲撃を受けることになった。
軍の主力も、国を纏める当主すらも失ったバルニスに、抵抗する力なんて残されていなかったの。
バルニスの絶望的な状況を知ったデルニスは、自らも首都を襲撃されて西部へと避難する中で、軍の一部を北西へと差し向け、バルニス西部の主要な砦をなんとか敵より先に支配することができた。
けど、現状で安否が分かっているバルニス豪族はアンフレダのみであり、事実上、かの国は滅んだとのことよ。
自分だって亡国の姫じゃないか……なんて、ジェファーはあの女に対してそう思ったけど、もちろんそんなことは口にしない。
「そうですか。あなた方の現状は把握しました。それで、僕たちにはどの様な協力ができると?」
「叔父上は、アリス様にノーズィリア国の当主になって欲しい、って言ってた」
ジェファーの額に皺が寄る。彼は「嘘」の気配を感じ取っていたわ。もちろん、幼いオズワインは嘘なんかついていない。嘘をついているのはその叔父の方。
「ノーズィリア国当主は、デルニス、バルニスそのどちらかの豪族から選ばれるのではないのですか」
「うん。でも、バルニスは滅んだからその約束は無しにして、ウェスーク国と新しい約束を結びたいって、そう言ってたんだ」
想定外の早さでバルニスが滅んでしまったことで、ノーズィリア国当主の座は宙に浮いたままとなってしまっている。それを餌に、この子の叔父――オズライクは私たちとの協力関係を望んでいるらしいわ。少なくとも、この子はその認識でいる。
けど、ジェファーはその認識の裏に何かあると考えていた。
「もし、僕たちの協力関係が無事に成立すれば、オズワイン様は国へと帰るおつもりですか」
「うん」
「それは止めた方がいいでしょう。もし、僕の考えが正しければ……あなたとアンフレダ様は、死にます」
なぜ死ぬかって? 殺されるからに決まっているわ。誰に? もちろん、そんなのはかの国で実権を握っているオズライクしかいない。じゃあ、その意図は?
「な、なんで……」
「邪魔だからですよ。あなたたちの存在が」
オズライクはクーデターを目論んでいる。ジェファーはそう推測したわ。
オズワインとアンフレダが同時に死ねば、デルニス豪族当主の座が手に入るだけでなく、バルニス豪族の血も途絶えることになり、名実共に北方の権力者として名を馳せることができる。
「――おそらく、あなたたちはミシア国で殺されることでしょう」
もちろん、そんな計画には後ろ盾がついていたっておかしくないわよね。ジェファーの見立てだと、それを支援しているのはあのミシア国。
ダネア族との争いの中で勢力拡大を目論むのは何も私の国だけじゃないわ。ミシア国が死に体のノーズィリア国に対して先手を打っていても何ら不思議じゃないってわけ。
更に、この件に関して臭い存在はもう1つ。
「空位となっているのはノーズィリア国当主の座だけではありません。おそらくは、まだ次代の『覇者』も決まっていないのでしょう?」
「バルトウィルダ(覇者)」――それは妖精種が大森林で暮らしていた頃から存在する称号。数多ある妖精種部族の中でも1番大きな勢力を誇ると、そうドレイツたちから認められた部族の長に与えられてきたものよ。長老会議は覇者の縄張りで開かれるのが慣例なの。
バルバリア島で7大国が成立した後も、その称号は残り続けたわ。直近ではノーズィリア国当主がそれを保持していた。
「ドレイツたちは未だにアリスをウェスーク国当主だと認めていないですから。彼女がこれ以上に勢力を拡大するのはさぞ面白くないでしょうね」
ドレイツたちは彼らに比較的従順なミシア国当主を次代覇者として指名したいはず。おそらくは、その地盤固めのために、奴らはミシア国とオズライクを引き合わせた。
「じゃあ、僕をウェスーク国に送ったのは……」
「豪族殺しの濡れ衣をアリスに着せるため、と考えるのが自然だと僕は思いますが。どうでしょうか」
「濡れ衣……」
私がドレイツたちから罪を問われるなんてことになれば、少なくともオズライクとミシア国は向こうの大義に付くでしょうね。そうなれば、始まるのは三つ巴よ。
3つの勢力が対立する状況は展開が読みにくいわ。最悪、ドレイツ勢力とダネア族が共闘なんてことになれば目も当てられない。
「オズワイン様、このままドレイツたちの生贄となるか。それとも、この機会にアリスへと忠誠を誓い自らの手で祖国を復活させるか。今ならまだ選択の余地があります」
「選択……」
まあぶっちゃけ、今までの話は全部、継ぎ接ぎの情報を無理矢理こじつけた妄想に過ぎないわ。それが合ってるかどうかなんてのはどうでもいいことよ。
重要なのは、幼いオズワインを丸め込んで私たちの手駒にできるかどうか。
「今日この場で決めろとは言いませんが……。早めに決断されますよう、よろしくお願いいたしますね」
まあ、ジェファーのことだし、心配は要らなそうね。
「本日はご足労いただきありがとうございました、オズワイン様。宿に戻られましたらアンフレダ様にはしっかりとご説明いただき、立場を『重々』弁えるようお伝えください」
「う、うん。分かったよ」
別れ際、彼が最後に言い付けたのは傲慢な姫に釘を刺すことだったわ。




