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アグロンド王国物語-妖精が王国を築いたり魔法研究の旅をしたり大戦争までしちゃったりする話-  作者: ガーレ
アリス編・第2章-アグル=ダネア戦争-

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第50話-激動・3日目-

 3日目の午前中は、この1週間の中でも比較的静かな方だった。


「アゼルバート様、どうか、私たちの帰還をお許しください」

「何度聞いても儂の考えは変わらんぞ。許可は出せん」

「ですが……ッ」


 けど、何も動きがなかったわけじゃない。彼女はこの日、直接アゼルバートの元を訪れていたの。

 キャンタブリーに駐留している遣ゲント傭兵団の団長――ルーナは、本国の一大事を黙って見ていることしかできない現状に不満を抱いていたわ。けど、今の彼女が手勢を率いて帰還することはできない。なぜなら、彼女たちを動かす権限を持っているのは他でもないゲント国当主――アゼルバートだからよ。


「ルーナの嬢ちゃん、もう諦めた方がいいぜ? こうなった親父は梃子でも動かない」


 2人の会話を聞いてケラケラと笑うのは、緑髪で大柄な妖精種の男。アゼルバートを「親父」と呼んでいることからも分かるように、彼こそがあのアドルバートよ。


「こういう時はな? やっぱり『これ』に限るんだよ、『これ』。もし用意できるなら俺からも親父に頼み込んでやるよ」


 彼は右手の親指、人差し指で輪っかを作る下品なジェスチャーをしながら、左手は指を3本立てている。要するに、買収を仄めかしているの。守銭奴らしいわね。


「バカ息子が! これは商売以前の問題なんだぞ。幾ら金を積まれたところで対価として釣り合わん」


 アゼルバートが私に国売りを持ち掛けた最大の理由は、商いを生業とする緑髪系の民族アイデンティティを守るためだと私は考えているわ。彼にとって遣ゲント傭兵団はその最たる要であって、いついかなる時でも不在では困るということよ。


「どうしても、駄目ですか?」

「そなたの頼みを聞いてやりたい気持ちはある。だが、それだけは聞けん」


 ジェファーがその場に居れば何かしらの案を提示できたかもしれないけど……残念ながらルーナに外交交渉は難しかったわ。


「……分かり、ました。お時間をいただき、ありがとうございます」


 彼女は失意の中、アゼルバートの部屋を後にすることになったの。


「あら、ルーナちゃんじゃない……って、どうしたの? そんなに落ち込んじゃって」


 屋敷を出る途中、ルーナは廊下である女性と出くわした。彼女はこの国におけるナンバー2、当主夫人のクラリスその人だったわ。

 ルーナは彼女に今さっきあった出来事を軽く説明した。


「――あの人とそんなことがあったの。もう年だし頑固なのも仕方ないわね。それで、ウェスーク国の戦況はあまり芳しくないのかしら」

「まだ……分かりません。でも、戦力が足りていないのは間違いない、です」


 クラリスはルーナの説明を聞きながら、口元に指を当てて何かを考えているようだったわ。


「おっほん」


 何を思いついたのか、彼女は急にわざとらしく咳払いをする。


「あー、そーねえ、ルーナちゃんは一騎当千の兵だって聞いたことがあるわ。たった『1人だけ』でも大勢の敵をなぎ倒しちゃうんでしょうね。あ、でも、あなたさっきからずっと体調が悪そうよ。もしかして月の血かしら……無理せず公務は休んだ方がいいんじゃない?」


 彼女の言い回しはとってもわざとらしかった。それに、ルーナには月の血なんてもの「そもそも存在しない」わ。彼女がそのことを知っていたのか、というのはこの際どうでもいいことよ。

 ルーナも、彼女が言わんとしていることにすぐ気づいたようね。


「ッ! クラリス様。私の体調を気遣ってくださり、ありがとうございます」

「ええ、可愛いルーナちゃんのためだもの。これくらいのお節介は焼かせてちょうだい。……しっかりね」


 クラリスはルーナにウインクをして、廊下を足早に去っていく彼女の後を見送った。




――――――――――


 これまでに何度も語られているけど、ルーナの魔力量は化け物よ。それこそ、普通なら移動に1日はかかってしまうキャンタブリーとローカスターの間を、俊敏魔法を行使し続けることによりたったの数時間で走破してしまう程には。


「あ、狼煙……」


 彼女は最初、ローカスターで狼煙が上がっているのを街道から目撃していた。その時は定時連絡くらいに思っていた彼女だけど、それに色が付いたことで一転、状況は緊迫をはらむ。

 彼女が見た色は「黒」――それは「敵襲」を示す合図。


 彼女はすぐに都市を見渡せる丘の頂上へと登り、望遠魔法や魔力探知を駆使して状況を観察する。彼女の視界には、都市の北に流れるメーワイ川を次々と遡上してくる半魚種の軍団が映った。既に都市の衛兵とは戦闘が始まっている。


「酷い……」


 彼女は悲痛な表情を浮かべてそう言葉を漏らしたわ。けど、それとは裏腹に、彼女の背後では数多の魔法陣が無情にも生成され続けていたの。

 そこから放たれる貫通魔法は、まるで1つ1つが意志を持っているかのように次々と敵兵の心臓を穿つ。


 「光の柱事件」がトラウマになっていた彼女は、その事件の後、魔法陣の複数展開や魔法の複数同時行使といった技術の特訓を積み重ねてきたわ。


「あなたたちがこの都市を攻撃するというのなら、私はアリス姉の命に従って、あなたたちを絶対に許さない、です」


――その結果がこれよ。彼女の攻撃系魔法は必中で、その上、手数は射撃兵50人と比べても劣らない。敵として認識されてしまったが最後、もはや誰1人として彼女の魔手から逃れることはできないの。


「――170、180、190、200、210、220」


 彼女は今にも泣き出しそうな声で、殺した敵の数を数えていった。けれど、攻撃を加えることへの躊躇は微塵もない。

 苛烈かつ一方的な攻撃に曝され続けたことで、敵はものの半刻ほどで戦意を喪失してしまった。彼らは次々に川へと飛び込み、海の方へ逃走を図る。水中に潜られては、さすがの彼女であっても手出しできない。

――彼らはきっと、そう考えていたのでしょうね。


「ごめんなさい」


 そう言って、彼女の瞳から1粒の涙が零れた。強烈な青の光を放つその雫が地面に到達すると、そこを中心に巨大な魔法陣が展開される。

 止め処なく溢れ出す魔力でできた液体は、水が低い方へと流れ落ちるように丘を下っていき、メーワイ川へ至ると同時にその「汚染」を始めた。


「ごめんなさい。でも、これが私に与えられた役割なの、です」


 青く光る川に浸かった生物がどうなってしまうのか。翌朝、多くの魚や半魚種の死骸が川の水面に浮いていたことから、それを察することができるわ。


 まあ、それはさておき。ルーナは自身の口から出た言葉がきっかけで、私に課された役割をようやく思い出していたの。


「私がアリス姉から命じられたのは、ゲント国を守ること……。キャンタブリーに戻らなきゃ」


 こうして彼女はウィンタカスターに向かうことを止めた。本国にいる仲間たちを信じて。


 ゲント国はそれからも何度か半魚種による襲撃を受けているけど、遣ゲント傭兵団の活躍によってその全てを追い返すことに成功しているわ。かの国はこの1件で、私の国に対しての信頼を更に一層深めていったの。




――――――――――


「隊長、『サザントム』から敵の大軍が出発したとの報告が。少なくとも6千は超える規模とのことです!」


 後から考えると、この日のゲント国への攻撃は陽動だったのかもしれないわね。なぜなら、奴らの本当の目標は間違いなくウェスーク国の首都――ウィンタカスターだったんだもの。

 明日から遂に、激動の1週間における最大の戦い――「ウィンタカスターの戦い」が始まる。

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