第47話-岐路-
レンデラム解放戦が始まってから8日目のこの日、私は岐路に立たされた。
「ジョン閣下から報告が入りました。『レンデラムを無事にダネア族から解放した。エス・リーア国の豪族2人を確保できたから、当主様にこの地まで出向いて欲しい』とのことです」
私はその日の朝にイーヴからこの様な報告を受け、遠出の準備を進めていたわ。
「当主様、緊急の報告があって参りました」
「何かしら」
「キーペンハム(ミシア国との国境の町)に『ノーズィリア国からの使者』を名乗る者が現れ、当主様との会談を望まれていると」
「ノーズィリア国……ですって!?」
旅支度も終わろうかという昼頃、立て続けにゾーイからもこの様な報告を受けたの。
私はすぐにジェファーを執務室へと呼びつけた。
「当主様、どうしたんだい? これからレンデラムに向かうんだろう」
「面倒なことになったわ。ゾーイ、さっきの報告を彼にも」
報告を聞いたジェファーからはいつもの飄々とした感じがなくなり、顔は次第に険しくなっていく。
「なるほど。これは……面倒だね」
「でしょ」
ウィンタカスターからレンデラムへと行って帰ってくるまでには、向こうでやることを考えても2週間以上は欲しい。一方で、キーペンハムからウィンタカスターは最短で1日半もあれば着いてしまう。
「当主様はどうしたい?」
この問いの真意は、私とジェファーのどちらがレンデラムに向かうか――ということ。
もし私がレンデラムに向かうのなら、ノーズィリア国からの使者はジェファーが対応することになり、また、その逆も然りよ。
「正直、迷っているわ」
「顔には『レンデラムに行きたい』と書いてあるけどね」
「じゃあなんでわざわざ聞いたのよ……」
私はこの時点でほとんど旅支度が済んでいたし、それに何よりジョンに一刻も早く会いたかった。
「行ってきなよ。あ、でもその前に方針は聞いておきたいな」
「方針、ねえ」
「当主様は、ノーズィリア国の使者が何の目的でこんな南の果てまでわざわざやってきたんだと思うかい?」
「ミシア国か、ダネア族か。間違いなくこのどちらかでしょうね」
ジェファーの問いかけに対して、私は両国の共通敵をとりあえず挙げてみた。
「――まあでも、話を聞いてみない限り、本当のところは分からないわ。ノーズィリア国がダネア族に襲撃されていることを私は知っているけど、私の国もダネア族に対抗していることを向こうが知っているとは限らない。それに、海路ではなくミシア国を通って来たというのも気になるところよ」
まあ、分からないことをあれこれと考えてもキリ無いわね。
「私としては、今のところはノーズィリア国と協調関係にありたいと思うわ。ジェファー、そのように上手く調整してちょうだい」
「了解、当主様」
「それと、詳細な報告・連絡を毎日すること! いいわね?」
「はいはい、分かってるさ」
本当に分かっているのかしら……。
私はいつもの調子に戻ってしまった彼を見ながら、ため息を吐いた。
旅支度を済ませた私は、イーヴや連れて行く侍従たちと共に屋敷の2階から地上階へと大階段を降りていく。入口前の広間では、アラーナ、オリヴァーを始めとする数人の官僚が私のことを待っていてくれていた。
「私が留守にしている間、ウィンタカスターにいる国務卿の最高位はあなたよ――アラーナ。屋敷の管理なんかはあなたに一任するから」
「お任せください」
「部下だけでなく、ジェファーやオリヴァー、法官や侍従たちなんかとも協力すること」
「はい!」
「私も、アラーナ閣下のことを全力でサポートいたします。ですから――」
「「どうか、お気を付けて行ってらっしゃいませ」」
「ええ、行ってくるわ!」
こうして、私は大きな懸念を首都に残したまま、バルバリア島東部のレンデラムを目指すことになったの。
後になって振り返れば、ここが最大の分岐点だったわ。
――――――――――
ここから先の出来事はとても複雑なのだけれど……いや、だからこそ、私の体験だけではなくて、後に国務卿の面々から聞いた内容も参考にして、できるだけ時系列順に記していこうと思うわ。
私がウィンタカスターを出発してから最初に起こった事件は、私の身に関することでも、ノーズィリア国の使者のことでも、ましてや、本軍がいるレンデラムのことでも無かった。
「隊長、これは大事ですよ!」
「すぐにウェスーク州中央部で動かせる部隊をウィンタカスターに集結させなさい! それと、現地付近の部隊には、『可能な限り戦闘を避けて戦力を温存すること、情報収集に徹するよう心得よ』と伝えるんだ」
私が出発した翌朝。ウェスーク国国境警備隊隊長のゾーイは、隊長室にて張り詰めた声で指示を出す。
「このことを当主様には」
「もちろんすぐに報告だ! あと、同じ内容をジョン閣下とルーナ様にも、頼んだぞ。私は、これからウィンタカスターにいる国務卿を集めて緊急会議の準備をする」
「隊長。ジョン閣下は分かりますが、ルーナ様というのは」
「状況によっては、ゲント国や遣ゲント傭兵団にも協力要請の必要が出てくるかもしれない、ということだ」
太陽が上がってから間もない頃に隊長室に入ってきた連絡――それは、「ワルハムの街に半魚種が襲撃を仕掛けてきている」というものだったわ。
ウェスーク国では、少ない魔法使い戦力を効率的に運用するために、情報収集や情報伝達に重きが置かれてきた。
「何ですって!?」
「何だとッ!?」「嘘だろ!? オイ」
「ワルハムの街が、ですか!? そんな……」
「すぐに屋敷へと向かいます」
――その成果として、ことの発生から半刻以内という間に、私、ジョン、カルロ、ルーナ、オリヴァーといった全ての国務卿にその情報が共有されたの。
「ジェファー様! 早く出てきてください!」
「何だいゾーイ、こんな早朝から……ふわぁああぁあ」
「ワルハムが、半魚種に襲撃されています」
「……へ?」
ゾーイの言葉で、眠い目を擦っていたジェファーの手が止まる。
私たちにとって、世界が大きく動いた夏――その中でも特に激動だった1週間が、こうして幕を開けたの。




