第44話-商談-
翌日、私たちは改めてアゼルバート(ゲント国当主)を招いた会談を用意したわ。
「おおお、ジェファー久しいな。サスーク国の役人を引っ張ってきた時以来ではないか」
「アゼルバート様も相変わらずお元気で」
「うむうむ。儂はまだくたばる気はないぞ! ほっほっほ」
挨拶も程々に、私たちは早速本題に入る。
「アゼルバートの要望を改めて聞いてもいいかしら」
「儂の娘――アゼルバーフと、ゲント国を貰って欲しいのだ」
隣で今日は静かに座っているアゼルバーフの頭を、彼はポンッと叩いた。
大胆な発言に聞こえるけど、彼はわざと曖昧にことを運ぼうとしている。
「もう少し具体的な内容をお聞かせ願える?」
「『具体的な内容』と言われてもな、そうとしか言えんであろう」
「なら、昨日のあなたの発言も踏まえて、こちらで勝手に解釈させてもらうけど……それでいいわよね」
「その『解釈』とやらを聞こうではないか」
「あなたは、アゼルバーフをゲント国領域の領主に据えることを条件に、ゲント国がウェスーク国に併合されることを望んでいる――問題ないかしら」
「ああ、問題ない」
私はジェファーの方をチラリと見る。彼は頷いた。
「なら、私はその提案を拒否するわ」
アゼルバートに動揺の色は見えない。
「理由を聞かせてもらってもいいかね」
「それはこっちが聞きたいことよ。あなたが国を売る理由が見えないの」
「昨日そなたに言わなかったか? アゼルバーフのためだ」
「そのためだけに、この島で最大の商会を作り上げたあなたが国を売るって言うの?」
「親バカがそんなにいけないことかね」
彼は動揺していないけれど、アゼルバーフは不安そうにこちらを見ている。
駄目よ、交渉の場でそんな顔をしちゃ。
「重大な決定を相手に呑ませるのなら、できる限り情報は開示するべきじゃない? 例えば……統一王国とゲント伯国の関係、とか」
彼の瞳が少しだけ揺れる。直後、彼はニカッと笑った。
「ほう。そなた、少しは世界が見えているようだな」
「言うことはそれだけ?」
のらりくらりと本質に触れようとしない彼に対して、私は圧をかける。
「まず客に商品の魅力を提示し、大筋の合意を取り付け、その後に、利益を最大化するための詳細を詰めていく。大きな商談の基本だ」
「商品の対価を後出しするなんて誠実さに欠けるわね。そんなことしてたら嫌われるわよ」
「『後出し』とは言ってくれるな。商品の価値をはかり、最終的に決定するのは客の方ではないか。儂らは客にとって商品がより魅力的に映るよう促すだけだ」
「なら、あなたたちがあえて隠していた『対価』に釣り合うだけの『魅力』を提示してみなさいよ」
「バルバリア島南部の支配が盤石になる。伯を従えるそなたは候に陞爵し、大陸貴族との交渉で優位になる。儂の国で活動している商人の情報網が手に入る。これくらい、そなたたちであればすぐに思いつくであろう。これでは不満なのか?」
私たちに「魅力」を提示する彼はとてもご機嫌だった。彼は、「商談」という行為を楽しんでいるように見える。
「大満足よ。喉から手が出るほど魅力的だわ! それで、私たちはこの商品にどんな対価を支払えばいいのかしら。あなたたちは、この取引にどんな利益を見込んでいるの?」
「ふむ、そうだな……」
彼は目を細めた。
「――こやつらの安全が保障される。これが、儂にとって最大の利益だ」
「お父様……」
隣を見ながらの『安全が保障される』という発言。ジェファーの言っていたことに間違いはないみたいね。
「それは、統一王国のドミニ族、セーネス族、バルガンド族の間で板挟みになっている現状……繊細な舵取りが必要な現状を私の国に押し付けて、息子娘がそれらから解放される――ということかしら」
「皆まで言うな」
「否定しないのね」
私はアゼルバートからアゼルバーフの方へと向き直る。
「あんた、私の大ファンだって言っていたわね」
「はい」
「それは、本当のこと?」
「もちろんですわ! 神に誓って嘘は申しませんわ!」
「ジェファー、どう?」
「うん、彼女は嘘をついていないよ」
ジェファーの言葉に2人は目を見開く。
「もしや……嘘を見極める魔法があるというのか」
「あら、大陸の魔法使いから聞いていないのかしら」
私はアゼルバートに対して初めて優越感を覚えた。顔に出ていないか心配ね。いや、これくらいならいいか。
「儂は、交渉ごとで決して嘘を吐かない――このことは神に誓っている」
「そう」
「愚息やこやつにも、そのことは叩き込んでいる」
「そのようね。私はあなたたちのことを信用に値すると思っているわ」
「儂の……儂らの誓いが、まさかこの瞬間において役に立つとはな」
「私たちのことを狡いと思う?」
「ああ狡い。だが、それでいい。真偽を見極めるのは最も重要なことだ」
私は彼の目を真っ直ぐに見る。
「これ以上、私たちに隠し事は無しよ」
彼は私の目を真っ直ぐに見てくる。
「それは、儂らが決めることだ。そなたらが提案を呑んでくれたらば話せることだってある」
はあ、こちらが分かっている以上の探りを入れるのは無理そうね。
「いいわ、提案を呑んであげる。でも、やっぱり併合まで最低2年は待ってちょうだい」
「2年も待てないと言ったであろう」
そうよね、昨日の内容をただ反復しただけであれば拒否されるに決まっているわよね。
でも、今日は私たちもしっかりと切り札を用意してきてるの。あっと驚きなさい!
「併合までの間、ウェスーク国はゲント国の防衛義務を一方的に負ってあげてもいいわよ。そんな、『片務的防衛同盟』はどうかしら」
「『片務的防衛同盟』だと……い、いいのか!? そんなこと」
食いついた! やったわ!
そうよね、こーんなに美味しい話、食いつくに決まっているわよね!!
「既に遣ゲント傭兵団を無償で派遣してるしね。それを発展させた条約を結ぶ用意が、私たちにはあるってことよ」
私はそう言いながらジェファーにウインクする。彼は笑っていた。うん、何も問題なさそうね!
「その代わり、大陸からの傭兵団は帰しなさい。あと、ウェスーク国の法官と外交官が、ゲント国の外交文書その全てを閲覧する権利も貰うわ。防衛義務を負う以上、あなたたちに下手な外交でもされたら困るもの。私たちが要求したいのは主にこの2点、どうかしら?」
普通であれば内政干渉と糾弾され、即座に国交断絶レベルの要求だけど……彼らの当初の目的は国を売ること。何ら問題はないはずよ。その証拠に、この爺ニンマリ笑っていやがるわ。
「これくらい何も問題はない。いっそ併合せずとも、ずっとそのままでいいぞ」
「嫌よ、いつかは必ず併合するわ。まあ、早くとも2年後だけれどね」
「そなた、2年という期間にやけに拘るな。何かあるのか?」
その間に、北東の情勢を安定させる……なんてことを言う必要はないわ。ゲント国の防衛義務――その履行能力を疑われて、併合の話を急かされかねない。
「それは言えないわ」
「ふむ、まあよい。儂はその要求を受け入れる」
交渉成立ね!
私とアゼルバートは立ち上がり、軽く抱擁を交わした。
ふと横を見ると、まだ不安そうな表情のアゼルバーフ。
「アゼルバーフ、もちろん私はあなたをこき使うつもりでいるわよ。これから頑張りなさい!」
私の言葉でこの子の表情はどんどん明るくなっていき、最後は満面の笑みに変わる。
「はいッ! ありがとうございますわ、『当主様』!!」
「まだ早いわよ」
勢いよく飛びつこうとしてきたこの馬鹿な子を、私は両手で跳ね除ける。
「それじゃ、詳細についてはジェファーに任せるから。よろしくね」
「そうだよね……うん、分かっていたとも……。ではアゼルバート様、さっそく始めましょうか」
「うむ。儂はそなたとの交渉も楽しみにしておったのだ」
こうして、「ウェスーク国」と「ゲント国」の……いや、この内容はもはや妖精種の慣習にはそぐわないわね。大陸式に「スーク伯国」と「ゲント伯国」の――と言った方が正確かもしれないわ。ともかく、今日は片務的防衛同盟から始まる併合話についての覚書が当主間で交わされ、この話は正式に両国間で進められることが決まった。
肝心の条約は、両国首都の丁度中間にある町――クリャウリーで調印されることが決定したわ。その名も――「クリャウリー条約」よ!




