第39話-背信-
ドレイツ教の説話内でよく語られる最高位精霊――「4魔獣」。それらの話によると、4魔獣は人間に対して悪事を働いた結果、勇者一行によってそれぞれ4つの「魔具」に封印されてしまった。
その後いろいろあって、4魔獣は大陸北方に暮らしていた4人種の守護魔獣になったとされているわ。
半魚種の守護魔獣は「魔鮭フィオンタム」。それが封印されているのは「魔石バーロン」。半魚種を統べる「覇者」の資格がある者に語りかけ、あらゆる知恵を授けてくれるという。
短身種の守護魔獣は「魔猪トゥーク・トゥイス」。それが封印されているのは「魔釜デイグダ」。魔力を込めれば望んだ食べ物が出てくるという。
妖精種の守護魔獣は「魔竜フォルモイア」。それが封印されているのは「魔剣グレイム」。妖精種を統べる「覇者」の資格がある者だけが引き抜くことができ、どんなものでも切れるという。
最後に、長耳種の守護魔獣が「魔狼フェルニール」。それが封印されているのが「魔槍ゲボルガ」。投げれば狙った対象に必ず命中し、投げた者の元へと帰ってくるという。
私は、これらの全てを空想上の産物だと思っていた。
たぶん、アトゥス教の学院で学んでいた影響もあるのかもしれないわね。比較的新しく分かりやすい宗教であるアトゥス教に対して、ドレイツ教の教えや説話、寓話は古臭いもの、転じて信じるに値しないものという認識になっていたのかもしれない。
でも、その認識は覆された。なぜなら、その「実物」が私の目の前に現れたんだから。
――――――――――
「あいつ……何してるの」
エゼルドの放った槍で、私の射撃兵が1人死んだ。
ああ、そうか。裏切られたんだ。少しでも信用したのが間違いだったわ。
「殺しなさい」
「当主様……?」
「こちらの兵を殺した以上、あいつはもう賊よ」
私の言葉に射撃兵たちは再び攻撃の準備を始める。
それにしても、どうして私を最初に狙わなかったんだろう。……そうだわ、あいつにも遠すぎてこちらを狙えないんだわ。
「待って、魔法を発動しなければ攻撃されることは――」
「当主様! 奴の軍勢がこちらに向かってきます!」
少し安心したのも束の間、絶望的な報告が私を襲う。
「あいつを殺さなければ、私たちが殺される……。なら、あいつを殺すしかない。殺せ……あいつを殺せッ!」
私から出た声は悲鳴に近かった。射撃兵は一斉に貫通魔法を放つ。しかし、1人、また1人と頭を貫かれて死んでいく。
「どうなっているの!?」
「当主様、攻撃が奴に当たっていません。全て避けられています!」
「そんなこと……」
確かに1発や2発なら偶然避けることはできるかもしれない。けれど、これだけの貫通魔法の一斉射撃を全て避けるだなんて……人間じゃない。
「て、撤退――」
「いけません!」
「どうして!?」
「地の利は奴らにあります。今撤退しても、いずれ追いつかれます!」
つまり、上を取っている今のうちに、エゼルドを――あいつを殺すしかないってこと。
「い、1発でも当てればこちらの勝ちよ! 絶対に殺してッ!!」
私は精霊に、神に祈りながら叫ぶ。それでも1人、また1人と死んでいく。
10人連れてきた射撃兵の内、既に8人が死んだ。防御魔法は貫かれる。射撃の密度は低くなっていく一方。
「もう、私が『あの魔法』を使うしか……」
またあの槍が飛んできた。このままでは全滅してしまう――本気でそう思った。しかし、その槍は後方から飛んできた「光り輝くナイフ」によって弾かれる。
「え?」
「間に合いましたね、『当主様』!」
私は、ナイフを投げて戦う者を1人しか知らない。
「イーヴ……」
その後ろにはカルロと、ウェスーク国軍部隊と、妖精種の集団……もしかして、サスーク属領軍!?
「どうして、魔槍を弾くことができたの?」
「私の中に残された天使パワー……とでも言いましょうか。そんな感じです」
どうやら彼女に教えてくれる気はないらしい。
「当主サマ、泣いてる暇ァないぜ」
私は、いつの間にか泣いていたらしい。
「――今ァどういう状況だ」
「エス・リーア国のエゼルドを従わせて、裏切られた」
「殺しちまっていいのか」
「むしろ、殺さないと厄介」
私の言葉を聞いたカルロは張り切って叫ぶ。
「当主サマは敵の殲滅がお望みだ!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
カルロの声に呼応し、後ろに控える大軍団も雄叫びを上げる。
「サスークの妖精ども、お前らは囮だ。ひたすらに突撃しやがれ! 戻ってくる奴ァ後ろから撃つ!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
「射撃兵は同士討ちを恐れるな! 全力で撃て!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
「白刃兵は俺に続け! 遅れるんじゃねぇぞ!」
「「「おおおおおおおおおお!!」」」
「いざ、突撃!!」
「「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」
こうして、カルロ指揮下の大軍団による攻撃が始まった。
「あの槍を受けられるのは私だけです。私にも行かせてください」
「イーヴ、お願い」
私が許可が出すのと同時に、イーヴも射撃兵陣地の前方へと飛び出した。
堕天使だから少し輝きは鈍いけど、それでも、彼女の羽ばたきはとても美しい。
状況が好転したことで緊張の糸が解けた私は、崩れ落ち、尻餅をついてしまう。
「当主様、大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ……それより、今のうちに死んだ者を1箇所に集めなさい」
私の真横で精鋭射撃兵が8人も死んだ。彼らは皆、ウェスーク復国戦争をルーナ隊員として戦い抜いた者たちだったわ。
前を見ると、今も射撃兵が魔槍の標的にされ、それをイーヴが防いでいる。カルロがエゼルドを殺し、魔槍を取り上げるまでこの戦いは続く。
「『あんたの決断に必ず報いる』って決めてたのに……どうしてよ。どうしてなのよ! エゼルド……」
私はあいつのことは嫌いじゃなかった。復国式典後の晩餐会での出来事は今でも覚えている。
そんなあいつに裏切られたことが腹立たしくて、悔しくて……涙が溢れてくる。
「当主様、カルロ将軍がエゼルドを討ち取りました!」
しばらくして、私は侍従の子から報告を受けた。私たちはこの戦闘に勝利した。
これで、あいつの真意は闇の中に消えたわ。裏切った理由を知る術はもうない。
「……」
この時の私は声を出すことができなくて、呼吸をするのがやっとで、何の言葉も返せなかった。
イーヴが急いで戻ってきて、大きな羽で私を抱きしめてくれる。私はイーヴの温もりに包まれ、そのまま気を失った。




