第38話-魔槍-
私たちは知らせを受けた後、駐留していた都市――カーコルカスターの北にある丘に急いで陣取ったの。ここからストワ川の方に目を向けると、向こう岸である北岸から、こちら側の南岸へと次々に渡ってくる集団が微かに見えたわ。
「あれが、『半魚種』」
奴らは水に入ると両足が魚のヒレのように変化するらしく、何の苦労もなしに次々と川を渡ってくる。
「あれは……何を言っても止まりそうにないわね」
奴らは何の布告も前触れもなしに3国を同時に奇襲した連中だから、対話でどうにかすることは不可能なんだろうな……とは思っていた。実際に渡ってくるところを見ると、それは確信へと変わったわ。奴らは間違いなく狂戦士よ。
「射撃用意」
私は敢えて何の感情も込めず、ただただ冷静に指示を出す。
「撃て」
精鋭の射撃兵10人が、私の合図で次々に貫通魔法を発動した。
各々の手の平や杖の先で展開された魔法陣が、発動の度に光り輝く。
「止め。何人殺した?」
10秒ほど自由に射撃をさせた後、私は1度それを止めさせた。戦果を確認するためよ。
「30人ほどです」
望遠魔法を使える侍従の子が、そう私に報告してくれた。なかなか上出来ね。
魔力をそのまま撃ち出す「貫通魔法」という攻撃は、普通の投擲武器と違って風や不可視動力の影響を全く受けない。どれだけ距離が離れていても、魔力が減衰しきって威力を失うまではひたすら真っ直ぐに飛んでいく。その性質ゆえに、命中率は弓矢なんかと比べるまでもない。
「射撃用意……撃て」
私は再び射撃を命じた。
私たちは攻撃の手を緩めない。敵の反撃を許さない圧倒的な距離で、私たちは一方的に敵を殺していく。
……その筈だったわ。
最初、私は敵の方に何か影が見えたような気がしたの。望遠魔法で視野が狭くなっている射撃兵たちには、その影が見えていなかった。
黒い点だった「それ」が次第にハッキリと見えるようになってきたことで、私は気づいた。「何か」が、物凄い速さでこちらに飛んで来ている。
「防御魔法展開、急いで!」
私は慌てて支援部隊に命じた。けど、間に合わないッ!
「何よ……これ……」
飛んできた「それ」は、射撃兵1人の胸を的確に貫いた。見た目はただのシンプルな槍。でも、膨大な魔力を纏っている。
その槍は自らが貫いた躯から抜け出し、防御魔法の壁をあっさりと貫通して敵の方へ戻っていった。
ありえない。敵集団と私たちの間は、魔法を使ったって投げた槍が届く距離じゃない。それに、高低差や風だってあるわ。とてもじゃないけど、こんな的確に当たりっこない。
それに、あの槍はまるで意志を持っているかのように戻っていったわ。そんな、普通じゃ考えられない代物……私の知っている中では、たった1つしか存在しない。
ドレイツ教の精霊の中で最高位に位置する「4魔獣」の1柱――「魔狼フェルニール」が宿るとされている槍。
「『魔槍ゲボルガ』……まさか、そんなものが実在していたなんて……」
いや、呆けている場合じゃないわ私。あれの対処法を急いで考えないと犠牲者が増えてしまう。
「あれが本当に魔槍ゲボルガだとして、1人ずつしか貫けないのならまだ俺たちに利があると思いませんか」
焦りで思考が纏まらない私に対して、そう声をかけてくれたのはエゼルドだったわ。
「俺たちに突撃の許可をください、『当主様』。必ずや、魔槍の使い手を討ち取って見せましょう」
「覚悟はできてるのね」
「はい」
ここからだと距離が遠すぎて、私の10人ぽっちの白刃部隊を向かわせたって、敵の元へと辿り着く前には全滅してしまう。でも、妖精種で構成された千人規模のエゼルドの軍勢なら……きっと、滑空することで素早く辿り着き、問題なく戦えるでしょうね。
ただし、接近戦を行えば多くの犠牲は避けられない。もちろん、彼にだってそんなことは分かっている。
きっとこれは、彼なりに考えた――私の信頼を勝ち得るための態度。
「行ってきなさい、エゼルド」
私は、彼を敵地へと送ってあげることに決めた。
「ありがとうございます。『アリス様』」
そう言っている間にも、私の射撃兵1人が防御魔法ごとあの槍に貫かれる。
あの槍に対して防御魔法は全くの無意味らしい。
「全員、伏せて!」
効果があるかは分からない。けど、全身を晒すよりはきっとマシ。私は兵士や侍従たちに、体を丘の稜線で隠すよう指示した。
しかし、射撃のために頭だけを出していた兵1人が、正確にその頭部を貫かれてしまう。
「攻撃止め! 絶対に顔を出さないで」
私が考えるに、槍を投げている者の狙いは射撃時に出る魔法陣の光。なぜなら、敵と私たちの距離が遠すぎて、望遠魔法無しにこちらに狙いをつけるのは不可能だから。その証拠に、これまでに死んだ3人は全員射撃兵だった。
これはつまり、私たちにとっての手詰まりを意味していた。
「絶対に『魔槍ゲボルガ』を奪い取るぞ! 俺に続け!」
彼の軍勢は次々と空中へ飛び上がっていく。滑空することで速度を上げた彼らは、数人が魔槍に貫かれながらも敵の集団に向かって突撃していった。
「あいつに任せるしかないのは癪ね」
私の部隊で何とかできないこの状態がもどかしい。待つことしかできないのは……嫌だ。
「当主様。エゼルド閣下はきっと、魔槍の使い手を打ち倒してくださるはずです」
私の感情が表情に出ていたのか、侍従の子が私に声をかけてくれる。
部下に心配されるだなんて、情けないわね。
「ええ、そうね」
私たちはエゼルドを信じて、丘の裏に身を伏せながら勝利の時を待ったわ。
しばらく経った後、望遠魔法で戦いを見ていた射撃兵や侍従から歓声が上がった。
「エゼルド閣下が魔槍を掲げておられます!」
その報告に私は飛び上がる。
「いよっしゃああああ!」
いや、喜んでいるだけじゃ駄目ね。ここからは私の部隊も戦えるんだから。
「射撃用意、撃て!」
もう魔槍の脅威はない。当初のやり方通り、私たちは一方的に敵を殺すだけでいいの。
「エゼルドの兵士に当てちゃダメだからね」
私の部隊による一斉射撃で、敵の数はみるみるうちに減っていく。
本来の力が発揮できるようになったことで、私たちは見事に敵を蹂躙した。全滅させた。勝った――心の底からそう思ったわ。
エゼルドが放った槍で、新たに1人の射撃兵が死ぬまでは。




